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67話 見えないヒビ

「ケガ人、他にいないか!!手当は皆行き渡ったか?」

「おぅい王妃さん、こっち来てくれ。爺さまが足悪いんだ」

「王妃さん、子供たちがお腹すかせていて」

「一度に言わないでくれるか!!体の不調がある人はこの家に、空腹なら向こうで食事を用意した。他には!?私は早く帰る必要があるんだ!!」



日が暮れかけている

アンナは、黒髪の裏カジノの民と思われる人々を相手に、声を張り上げていた。


数十件の家の中に、数件明かりが灯っている。

目を凝らせば、中にいるのはアンナの専属使用人たちが絶えず動いていた。

手当をするもの、食事を作るもの、子供を相手するもの、分担の上で大勢をまとめ上げている。


裏カジノ民と思われる人間は、優に二百を超えるだろう。

見えている範囲だけで、まだ人数はいるはずだ。


アンナは一体、何をしたというのか。


馬から降り、足早にアンナに近寄って手を取る。

暗くなる中で、気配がわからなかったのだろう。

誰が来たのかをようやく理解したアンナは、心底驚いた表情だった。



「ルクな、なんでここに。ディアーナは!?」

「何をした。この人数はなんだ、勝手に動くなど」

「せっかく任せたのに、なんで目を離すんだ!!」

「……ディアーナは、ジークに任せた。奴ならば、文句はないだろう」

「そうか、そうなのか……よかった」



この状況で、王妃という立場で、真っ先に浮かぶのが娘の心配か。

ジークを残してきたのは正解だった。

あのまま2人でここにきていたら、アンナは怒り狂っていたかもしれない。


それにしても、なぜ我が怒鳴られなくてはいけない。

迎えに来たのはこちらだ、何か大掛かりなものを許可なくなったのはアンナだ。

道理として考えれば、アンナにこちらを叱責する権利はあるのか?



「アンナ、立場をわかっているのか。我に隠し、裏カジノの民をなぜ集めた。クーデターでも起こすつもりだったか」

「そんなはずがないだろう!?これは、偶然が重なった不可抗力というやつで」

「なぜ我は怒鳴られた。隠し立てしたい何かがあったのか、さては我の行動を押しとどめるためにアンナを預けたか」

「策略のために、あの子を使うものか!!」

「勝手に、危ういことをした。それが何のためであろうが、許せると思うのか」



ディオメシア国内、ないしは地上にいる裏カジノの民を集めたのかと見まがうほどの人数。

賢すぎたがゆえに、どこにも行けず地下で暮らすことを選んだ民。


危険が蔓延るその世界と、アンナがもし関わることがあれば。

それは避けたかった、だがなぜ自分から進んでしまうのか。


安全でいてくれと望むことが、なぜわからないのだ。


アンナに一歩近寄る。

その時、見知らぬ影がアンナの前に立った。



「アンナ様を、怒らないでください」



それは、子供。

声音がまだ少女だが、背は高い。

両腕を広げ、立ちはだかる体躯はアンナと変わらない。

顔の造詣がディオメシアの民と違う、年齢がわかりづらいつくりをしていた。


だが、見ればわかる。

この子供も、ほかの裏カジノの人間と似た目をしていた。



「お前、暴力に慣れているな。裏カジノの民は、誰も我の剣に慄かない。殺気を浴びても、変りがない」

「アンナ様は、自分たちを外に出してくれた。恩人だ」

「コマチ、やめろ。……ルク、すまないがここを離れよう。みんなまだ気が立ってるみたいだ」

「そんな、嫌だ。アンナ様まだ行かないで!!」

「大丈夫だ、私の使用人は皆残る。心配しなくても、ちゃんと生活は整えるさ」

「おい、アンナ」

「いいから。……馬で来たんだろう?一緒に帰らせてくれ、お願いだルク」



アンナはそういうと、子供を退かせて我の手を握る。

手の平が固い、戦うことを知るアンナの温かな手。


何もわからないままだ。

無断で、長年断絶していた裏カジノから、多くの人間を引っ張り上げたのか。

この人数を、どうするつもりだ。

何が起きたのか。


このまま、不信を募らせてアンナを置き去りにすることは容易い。

日が暮れる中で、放置することもできる。

問い詰めることも、問題はない。


だが、わからない。

気が付けば我は、アンナの手を引いて二人、馬に乗っていた。


遠くなる気配、人通りの少ない街並み。

ディアーナが王宮にいることはわかっていたが、何故か馬を遠回りに進ませる。


我の前にアンナを座らせ、後ろから手綱を握った。

彼女は、一つも抵抗しない。



「どうしてそっちの道に行くんだ?こっちのほうが近いだろう」

「わからん」

「ルクが手綱を握っているのにか?早く帰ろう、ディアーナが待ってる」

「その前に、言うことがあるだろう。説明しろ、なぜ勝手をした」

「したくてしたんじゃない。ルク、怒ってるのか」



怒りかと問われると、それは当てはまらない。

父であった愚王への感情や、側近への悪感情が怒りだとする。

だが、それよりももっと胸に突くものがあった。


痛み、抉られるもの。

だが同時に、アンナの要望を叶えてしまった甘さがある。


どんなに痛もうが、あの愚王や側近のように消し去りたいとは一瞬も感じない。

この感情は毒のようだ。

解毒したいと思えない、頭蓋が甘く麻痺している。



「怒って、いるか?それとも、失望したか?」

「問うな。わかったなら、ここにはいない」

「じゃあ、どうして私を抱きしめるんだ」



言葉がのどに詰まる。

言い表す表現を、知らない。


縋りたいなど、陳腐なものではない。

離れるなと、束縛の類でもない。


感情に振り回されてしまう。

アンナが動くたびに、死んでいた感情を獲得する。

欲とも望みともつかないものが、呼吸を妨げる。



「……なぁルク、一つだけ今、言いたいことがあるんだ」

「説明はすべてしてもらうと言った」

「それもそうなんだけどな。一番知りたかったことだ、どうしたらいいのか一緒に考えてほしい」



日が沈んだ。

星が輝く中で、わずかな明かりを頼りに王宮へ馬を進める。


アンナの顔は見えない。

声音だけが、神妙な話なのだと察知させた。



「ツキさん、亡くなったそうだ」

「……そうか」



何も、話せなかった。

馬を歩かせ、時間をかけて門をくぐるまでアンナも何も話さない。


何も、考えることはできなかった。

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