66話 アンナの思惑
「貴様、何のつもりだ」
「し~……ディアーナ様、お迎えに上がりましたよ。もうお昼寝のお時間ですからね、ほら、ご安心ください」
「ひっく、ひっく……うう~」
「怖くないですよ。陛下は怒っておりませんから」
偽物はディアーナを抱き上げると、アンナが良くするようにあやす。
泣いていたディアーナは、すぐに静かになった。
寝ているのだろう、寝息が聞こえる。
しばらくしてから奴が「もういいですよ」と自身の声音で話すまで、動くことができなかった。
横を通り過ぎればよかったが、奴の目がとんでもなく睨みつけてくる。
器用な奴だ。
容姿、声音、雰囲気までを模倣しながら、視線に殺気を混ぜる。
ソファにディアーナを寝かせ、部屋を出て扉を閉めるまでその視線は変わらなかった。
「ジーク、何してる。不在の人間に成りすますな、混乱が起きる」
「そこは狂喜乱舞して娘を寝かせたことを感謝するべきでは?娘の不機嫌一つ直せない父親ってどうなんです?」
「話を逸らすな、なぜここに」
「たまに潜入してます。アンナがヴァルカンティアに帰らないんで、仕方ないでしょう」
「アンナからの指令か。貴様、何を吹き込んだ」
「はぁ?いや普通に親としてボスが……ってなんですか人聞きの悪い。第一、アンナどこです?王宮中探してもいやしない」
「お前たちが焚きつけたのか。ディオメシアの問題に、介入するとはな」
廊下には誰もいない。
ジークもそれをわかっている。
変装の名人、潜入と戦闘をこなすヴァルカンティア秘密スパイ。
早く疑うべきだった。
ハイネ殿直属のジークが、アンナからの頼みを断るとは思えない。
我がアンナに共有していない情報も、ジーク経由で得たとしたら。
アンナであれば、何をしでかすかわからない。
単身、自分の婿決め武闘会に紛れ込み、頂点に立った女。
大軍を率い、侵入すらできなかったスタラディア領へ突入した知略。
何か月もかかる想定だった施策を、脅威の速さで実行に移させた精神性。
「はい!?アンナ少数でどこ行ったんですか!!」
「裏カジノ、だろうな」
「なんでそう言えるんです。証拠は」
「やけに最近は裏カジノのことを気にしていた。そして、街中の空き家を学校にする考えらしい」
「それだけ?そんなの何の根拠にもなってないですよ、寝不足でしたらさっさとベッドで眠ってくださいできたら永久に」
「裏カジノ出身者は、ディオメシアの民と常識から違う。知能は高いが、日の下で生きる考えをしていない」
「へぇ、初めて聞きましたけど。どこ情報ですか」
「昔、我の近くにメイド長から教育を受けた裏カジノの使用人がいた。それを聞いたのだろう」
紛れもなくツキのことだ。
あの時期、街中でも王宮でもツキのような容姿の者はいなかった。
そのはず、もはや裏社会の国と言える裏カジノで生まれ育った人間は、太陽の下であるディオメシアに順応できない。
裏カジノに生まれたら、そのまま地下で暮らしていく。
そう教育されている、それが普通らしい。
だが例外もいる。
それを、アンナはメイド長から聞いたのだろう。
「何がしたいんですかアンナ!!まさか慈善活動!?望まれなかった民に手を差し伸べますって?安全な地下で暮らせるのに、わざわざディオメシアに引っ張り込むつもりですか!?ありがた迷惑千万満員御礼、俺ならそんなことで仲間と別れさせられたら殺しますよ」
「騒ぐな。とにかく街へ出る、空き家を探すぞ」
「わかりましたけど!!あああうざったいなこの体」
ジークが床にすべて落としていく。
顔を引っ張ればメイド長の顔がジークの顔に。
メイド服を脱げば、ふくよかだった体が、引き締まった筋肉を覆う戦闘服に。
妙技だ。
この王宮の誰であれ、今後はジークの可能性があると考えたほうがいいか。
「貴様、なぜ変装を解く」
「一緒にアンナを探すんですよね?」
「共に来いと我が言ったか?ここに残れ、ディアーナを見ていろ」
「はぁ!!!!?お前も馬鹿ですか!?人手が足りるわけねーでしょう、アンナは危ないかもしれないのに」
「ディアーナをあやせるのはお前だ。早くメイド長に戻れ」
「なんで言うこと聞かなきゃいけないんです?俺も行きますから」
「アンナが失望するとは思わないのか。まさか、一時の感情でメイド長のふりをしたのか。貴様はずいぶんと退化したようだ、目覚めたディアーナの感情がわからないか」
「お、お前がそれ言います?気遣い何一つできなかったお前が?」
我がアンナを追う。
これは、ディオメシアの問題だ。
勝手に介入されては困る。
もし裏カジノとヴァルカンティアが混乱に乗じて、良好な関係を築きでもすればどうなる。
ハイネ殿であれば、ディオメシアのために有効活用を考えるはずだ。
それは許容できない。
裏カジノは、国益にならない程度に衰退してもらわなくては困る。
そうでなくては、王政排除の邪魔だ。
「アンナは日が沈むまでには戻ると言った。約束は違えない」
「確かに、昔から戻るって言ったら必ず戻ります。もしかすると、もう近くにいるかもですけどねぇ。変なとこで律儀なんですよ」
「逃げるな、ディアーナを頼む」
「え、本気なんですね。王女の耳元でお前の悪口言いまくってやりますから」
「すべてをうまく誤魔化せ。我の分も頼むぞ」
「それはさすがに嫌なんですけど……ああ、行きましたか」
ジークを置き去りにして、廊下を進む。
空はすでに赤みが差していた。
すべては憶測だ。
すべて外れている、推測失敗、無駄足すべてあり得る。
最近裏カジノに固執していたことしか、確固たる要因がない。
後はすべて憶測だ。
辻褄もあっていないが、らしくもなく直観に頼ってしまう。
アンナは出る前にこう言った。
『誰も戦うなんて言ってない!!手は出さないし、ただ街に行くだけだ』
戦うとは言っていない。
だが、乗り込まないとも言っていない。
手は出さないと言ったが、足を出すとも言っていない。
ただ街に行くだけというが、街から裏カジノへの行き方を探し当てたとしたら。
すべてを一人で片付けようとする癖は、変わっていないだろう。
裏カジノを、我々が思わぬ方向から壊す方法を見つけたとしたら。
我はアンナに、何といえばいいのか。
馬に乗り、城門をくぐる。
じきに日が沈む。
その前に、アンナを見つける。
馬を走らせて向かったのは、何年か前に水害で数十件が立ち退いた地域。
城に近く、それでいて人目を避けられる場所。
そこに、多くの人間の気配があった。
夜が近寄ってくる空の中、彼らの髪と瞳は、闇のように黒い。
剣を抜き、馬上から声をかける。
だが、その民族は誰一人怯えた目をしていなかった。
「我は、ディオメシアの王。王妃は、どこだ」
彼らが指さす先。
そこには、一件の家。
レンガ造りのその家が、ちょうど開く。
それは、見慣れた赤銅色髪だった。




