65話 幼子の記憶
幼子と茶に興じて、何が楽しいのか疑問だった。
だが、すでに意味を見出しつつある。
生まれて数年の子供だが、この王宮を実に観察していたらしい。
「あのね、この間はメイドがね、わたくしに舌打ちをしたのよ」
「ほう、なぜだ」
「わからないわ。でも『がいこくはらの子』って言われたの。『赤髪のアンナさえ消えればわたしが』とか。なんのことかしら?」
「聞こえていながら、意味が分からないか。よくそこまで詳細に覚えているものだな」
「おとうさま、難しい言葉をつかわないで。だって、きこえるんだもの。おかあさまもよく聞こえるって」
「そうか、お前は実に濃くヴァルカンティアの血をひいたらしい」
「だからね、おかあさまはいつもおそばにいる使用人以外は、用心しなさいってわたくしにいうのよ」
つたない言葉、理解の足りない頭。
そしてヴァルカンティア人特有の鋭い五感。
5歳にして、この王宮の悪意を察知するか。
アンナが危惧した理由が見えてきた。
王宮内の使用人は、貴族出身の者と庶民から雇用している者の2種類。
貴族の中には、我の妾や王妃に収まろうと画策するものも多くいる。
王族に近づける使用人は、格好の立場だろう。
どうやら、使用人の質は変わっていないらしい。
子供に、勝手な都合を押し付けて不機嫌のはけ口にする。
正式な王妃の子ではない我にも、覚えのあることだ。
「まさか、鞭を持たせたのはその理由か?」
「これはね、おかあさまがいかく?をしなさいって。なめられるなって言われたけれど、わたくしはおいしくないのに、おかしなことを言うのよ」
「そうか。どうやら、アンナは実によい教育をしているらしい。その鞭が好きか」
「大きい音がするからすき!!でも、メイド長にはおこられるわ。はしたないっていわれるけれど、はしたないってどういうこと?」
「よい、言わせておけ。この王宮では、ただ黙る王族は利用されて終わる」
幼子の戯言。
そう聞き流すには、ディアーナの声音は説得力がある。
裏取りはアンナが戻ってからするとして、上からは見えない使用人共の状況把握ができるとはな。
アンナが、この我にディアーナを託した意味。
鞭を持たせた理由。
以前よりも言葉遣いが上に立つものらしく成長している。
どうやら、知らずディアーナはこの魔窟で生きる術を習っていたらしい。
父親が不甲斐なくとも、子は育つ。
教育次第で、この国を善政に導く名君にもなるだろう。
会話内容を覚える記憶力。
鞭を5歳で扱う身体能力。
我を前にして怖気づかない胆力。
蘇生の呪いが蔓延る王冠を、継がせる気など毛頭ないが。
「ねぇおとうさま」
「なんだ」
「たのしいのかしら?おかおが笑っているわ」
「戯言を言うな」
「ざ……?むずかしいことばつかわないでって、さっき言ったわ!!」
「囀るな。菓子をくれてやる」
「ほんとう?やったぁ」
実に単純だ。
我は甘いものを好かない。
それを横流ししただけだというのに。
目を吊り上げた顔が、途端に緩む。
アンナに似たのだろうか。
表情の作成が、どこか引っかかる。
アンナの穏やかな笑みよりも、破顔という表現の似合うもの。
普通の人間であれば、不義を疑うところだ。
だが、ディアーナが我の子であることは出生時に確かになっている。
ならば、この表情は誰に似たのだろう。
この子は、瞳の色以外我に似た場所などないはず。
……くだらない。
どうでもいいことに時間を割きすぎた。
まだ目を通すものが山ほどある、仕事に戻るか。
「おとうさま、むずかしいおかお。わたくし、なにかしてしまったのかしら」
「何もない。我は執務に戻る、ゆっくり食べろ」
「はぁい。しつむって、おしごと?」
「そうだ」
「わたくしもやるの?」
「……さぁな」
次代に、王冠は残すものか。
血を絶やすことは、すでに望めない。
蘇生を望む者たちを、蘇生を知る者たちを排除し、蘇生を二度とさせないようにするほかない。
そのための、仕事だ。
「じゃあ、おかあさまといっしょね。おかあさまも、今日おしごとっていっていたもの」
「仕事だと。……アンナは、何と言っていた」
「ええっと、街の空き家に行くって。がっこうってものをつくるっていってたわ、ねぇがっこうってなにかしら」
「学校、なぜそんなものを……まさか」
「おとうさま?」
学校、空き家、そして自分の専属使用人4、5人と共に向かった。
護衛はいない、なぜか?
アンナが強いのは言うまでもないが、それにしても妙だ。
なにか、とんでもないことを見過ごしたのではないか。
行動力と、突飛な思想、それを実現する統率力。
彼女であれば、数人の人手をもってして何かを成すなど容易ではないか。
「ここにいろ。何があっても部屋から出るな」
「おとうさま、おかおがこわい。やめて、ごめんなさい。わたくし」
「ここに居ろと言っただけだ。泣くな」
「うわあぁあぁん」
椅子に座り、菓子を持ったまま泣かれた。
何もしていない、剣を振り上げることもない、叱責もしていない。
なぜ泣く。
この状態で、部屋を出られない。
使用人を呼ぶか、信頼できる者はどれほどいるか。
アンナは、わざわざここに連れてきた。
それは、ディアーナにとって安全な人間が我だけだったからではないか。
「チッ、せめてメイド長がいれば」
「では、やりましょうか?メイド長。ふくよかで声が低めなご婦人ですから、できなくはありませんが?」
その声は、扉から。
振り向けば、開け放たれたドアの前にメイド長がいた。
老齢ながらも伸びた背筋、厳めしい顔、清潔だが年季の入った服。
だが違う。
メイド長は一週間休養を取って、王宮を出ている。
何よりも馬鹿にするような話し方、メイド長そのもののような外見。
声音を変えているが、この手法はかかったことのある手だ。
ディアーナはそれに気が付かない。
椅子から降りて、走って足元に抱き着く。
それが、本物のメイド長であると疑いもせず。




