64話 父と娘の数時間
時間だけが流れていく。
現在でも、裏カジノの勝手な暗躍を止められない。
裏カジノ以外にも、数多くの属国反乱を鎮圧し続ける必要がある。
国民感情を王政廃止に傾けることは難航しているが、属国は順調にディオメシアへの不信感を露わにしていた。
それでも、手が届かない。
時間、兵士、情報。
ジークの協力、側近どもの情報網、国民から寄せられる目撃情報。
すべてを駆使しても、裏カジノへの行き方はわからなかった。
「申し訳ございません陛下。我々側近一同、総力を挙げて裏カジノ民らしき人間を見つけたら尾行していたのですが、いつも忽然と消えまして」
「その有様か。死体集めがでなければ、士気が落ちるらしい」
「お言葉を返すようですが、我ら一族が回収するのは王族の方々のみ。他人の死体などいくら積まれようと興味がございません」
「すべて蘇生のためだろう」
「はい。あの魔法としか形容できない事象を見て、記録して、神秘なる種を保存し、王族を永久に存続させるのが我々の崇高なる使命……!!」
「もうよい、下がれ。情報を掴むまでは我の前に現れるな」
いっそ、その呪いをお前たちが被ればよかった。
恨むべきは、始祖ディオメシウスか。
悩ましいことばかりだ。
ディオメシアという国を滅ぼさず、王政のみを瓦解させるのは難しい。
いっそ国ごと滅ぼせば簡単だが、それをするにはこの国は百年の間に大きくなりすぎた。
思考を遮るように、執務室の扉がノックされた。
返事も聞かずに扉を開けたのはアンナ。
ドレスではなく、ヴァルカンティアで見たような軽快な服に身を包んでいる。
いや、ディオメシアの町の男と同じ服装だ。
髪が長くなければ、男と見紛うほど。
「その服はなんだ」
「ルク、頼みがある。今から、少し出かけてくるからディアーナを頼む」
「兵の訓練か」
「いいや、少し個人的な野暮用だ。専属の使用人たちと街に繰り出してくる。なに、すぐ戻るさ」
アンナからの申し出は、予想外だった。
結婚して数年、彼女が自分から王宮を出るときは訓練か、視察程度。
唯一の例外は、ディアーナが生まれる前に二人で向かった温泉の村のみ。
個人的な用事で外出など初めてのこと。
許可してやるべきだ。
わかっているが、快く許可は出せない。
「今はやめろ。裏カジノの動向が掴めない、王宮が最も安全だ」
「なんだ、その件まだルクが動いていたか。何かわかったか?ほら、ツキさんのこととか」
「なぜ、ツキだと」
「ここ最近、ひどい顔してる自覚はあるか?悪いとは思ったが、こちらも暇だから詳細に調べさせてもらった。彼女、十年以上行方不明らしいな。側近たちでも動向が掴めてない、それはおかしい」
「余計なことを。アンナは首を突っ込むな」
「余計?夫が過去の女にここまで憔悴してるのを見て、放っておけるほど心が広くないんだ」
「危険だ。奴らの薬物は平気だぞ」
「誰も戦うなんて言ってない!!手は出さないし、ただ街に行くだけだ」
真偽は定かではないが、アンナの主張通りであれば許可を出さないほうがおかしい。
ジークに、あのようなことを言われるほどアンナを閉じ込めていたのは、事実だ。
ヴァルカンティアには、里帰りさせられない。
後継を一人しか生まない王妃が、側近の判断で殺されでもしたら。
もしもアランと再会して、ディオメシアから去れば。
アンナが王宮にいないのであれば、このような忌むべき場所に戻る理由がない。
「日が沈むまでには戻る。だからその間、ディアーナをここで見てやってくれ」
「執務中だ。使用人に任せろ」
「今日はメイド長もいない、私の専属たちは出ていく。安全なのはルクの側だろう」
「なにもしないぞ。遊び方も知らん」
「そばで仕事を見せてやるだけでいい。それに、最近のディアーナを見ていないだろう?別にかわいくないと思ってるわけでもないだろうに」
「アンナの子だ。瞳さえ我に似なければ完璧だった」
「私とルクの子だ。何度言えばわかる」
問答を続けていれば、またもノックがあった。
許可を出せば、やってきたのはディアーナ。
もうすぐ生まれて5年になる体は、まだ小さい。
以前より足が良く動き、表情が豊かだが、この顔は妙に険しい。
成長過程をアンナから聞いていた。
だが、このような顔をするとは聞いていない。
剣すら握れない幼子の柔い手には、不釣り合いなものが握られていた。
「おい、なぜ鞭を持っている。誰が与えた」
「私だ。ヴァルカンティアでは3歳を越えたら武器を握る」
「ここはディオメシアだと何度言えばわかる」
「いろいろあるんだ。ディアーナ、母は少し出かけてくるから父様と仲良く待っててくれ」
「うん、わかったわ。おかあさま」
「おい、話は終わっていない」
「ではな!!すぐ戻る」
言うが早いか、アンナは風を巻き起こすほどの速さで執務室を出て行った。
あれは彼女の全力だろう、執務室の紙が何枚か宙を舞う。
どうやら、娘を一人で見なければならないらしい。
アンナに似た髪、顔立ち。
だが彼女ではない。
どのように扱えばいいのか、見当がつかない。
自分の幼少期を思い返すが、ディセル兄様に勉学をつけてもらった記憶のみ。
ディアーナを見つめていると、何も言わず幼い体は動きだす。
備え付けのソファに上り、座る。
しばらく静かだったが、ディアーナのほうから腹の鳴る音がした。
「腹が減っているのか」
「……はい」
「使用人に何か持ってこさせる。勝手に食べろ」
「おとうさま、あのね」
「不満か」
「いつもね、おかあさまとこの時間におちゃをするのよ。おとうさま」
「だから、なんだ」
「おかあさまが『お茶は一人でしてはいけないから』って」
赤銅色の髪が、揺れている。
ディアーナの顔は、何もわかっていない。
退屈なのか、鞭を床に向けて何度も振り上げる。
子供の力にしては、力強いその音。
急かすようで、戯れるような光景。
つまりは、早く一緒に茶に興じろと。
しばらく放っておいたが、絶えず床に鞭の音が響くのが煩わしくなった。
アンナにしてやられたというわけだ。
使用人には任せるな、そしてこの要求。
ベルで使用人を呼び、茶の準備を命じた。
二人分のティーセットが用意されたときには、ディアーナは笑顔だ。
「少しだけだ」
「はいっ」
親というものは、共に茶を飲むのだろうか。
アンナがやっていたのだから、踏襲すべきだ。
この時間に物を食べることはない。
茶菓子など、数年以上食べていない。
久方ぶりの用意された焼き菓子は、妙に甘く感じた。




