63話 閉じ込めた自分
「ヴァルカンティアは、医療でも薬でも、もちろん毒でも膨大な知識と技術があります。でも最近、それを上回るブツが出たんですよ」
ジークが椅子に座ったまま、こちらの机に投げたのは紙に包まれた粉。
小麦の粉に似ているが、触感に違和感。
紙越しに匂いを嗅ぐと、花のような香り。
中を直接見ようとすれば、ジークは真剣な声音で止めてきた。
「直接触らないほうがいいですよ。最悪、死ぬより面倒なことになりますから」
「お前でもか」
「ただの猛毒なら俺だって止めませんし、そのままくたばれって思いますよ。でもそれは毒でも薬でもない、使い方を間違えると『気持ちよくなりすぎる』異質なモンでした」
「それをなぜ持ってきた」
「ディオメシアの近辺の裏カジノって闇組織が、最近開発したって近隣に触れ回ってるものです。まだ大っぴらじゃないが、放っておけばとんでもないものになる」
裏カジノの奴らの商品が、他国に渡っているのは事実だった。
先の戦争のような猛毒を扱うことも知っている。
だが、この粉は初めてだ。
無害そうなこの粉が、世界の混乱を招きかねない。
それを、ディオメシアよりも技術が進んでいるヴァルカンティアが言うか。
これは、想像以上に早期の対応が求められる。
「しかも一度使うと次が欲しくなって、恋しくて焦がれて、また使って廃人確定。ボスもアラン王も心配して、何とか治療薬が作れないかって医者たちも大忙し。責任取ってくださいよ、どこだかはわかりませんけどディオメシアの近くなんでしょう?」
「生憎、行き方を知らない場所だ」
「近隣なのにそんなウソが通じると?少し会わないうちに、うちのボスの教育が抜け落ちたようで」
「嘘ではない。行き方がわかれば、こちらも手を打っている」
ジークに、この国の地下に救う裏カジノという民族の説明をする。
信じられないと何度も言うジークだが、嘘をつく利点がない。
どう考えても、地下に大勢の人間が住んでいるのに、行き方だけはわからない。
昔、地面を深く掘ったことがあると聞いたが、それでも行けなかったと聞く。
「じゃあなんですか?まさか魔法みたいな何かがあって、それで裏カジノの人間しか行けないようにしてるとでも?寝言は寝てから言いましょうよ、ジョークの才能皆無ですね」
「そのようなものがないと、考えるか」
「当然でしょう。魔法があれば、世の中もっと面白いはずですし」
王家の呪いも、魔法としか形容できないものだ。
必然、我もアンナも裏カジノには何かの力が働いていると予想している。
ジークはそれをすべて否定した。
アンナは、本当にヴァルカンティア側の人間には呪いを伝えていないらしい。
義理堅い女だ。
「それなら、俺がいれば百人力でしょう。ちょっと数日、滞在させてくださいよ。アンナも暇してるでしょうし、二人で軽く情報収集しますから」
「それはできない。アンナを動かすな」
「またまたぁ、冗談がお好きですね。聞いてますよ、もう娘が3歳になったのに自由に動けないって。何のおつもりで?あいつが室内に収まる器じゃないのは知ってるでしょう」
「産後だ、わきまえろ」
「とっくに動けるって知ってますから。ああ、そうか!!やはりおまえ、ビビってますか?武闘会でアンナに負けたくせに、妻になった途端籠の中に閉じ込め放題って?」
「勝手な憶測だ」
「じゃなんでヴァルカンティアに一度も帰らせないんですか?アンナが望まなくっても、孫の顔くらいは見せに行くべきでしょう。そこまで嫉妬深い王様だったとは、このジーク感服しました。あのころとは比べ物にならないほど感情的だ!!」
ジークにはわからないだろう。
我自身も分からない感情だ。
ディアーナを産み落とした日のアンナが、どれだけ危うかったか。
アンナが消える可能性が、どれだけ絶望をもたらすか。
アンナが王宮に居れば、ディアーナは安全だ。
アンナさえいれば、完璧に育つ。
手をかけた父親は、居るべきではない。
早く王政を廃止しなければいけない。
皆に嫌われるよう、嫌悪に中途半端な歯止めをかける裏カジノは排除する。
悪感情を掻き立てるよう、戦いを挑み続ける。
これが正しいのか、すでにわからなくなっていた。
「……だんまりですか?相変わらずの変な奴」
「黙れ。アンナを調査に連れ出さないなら勝手にしろ、こちらからできる協力はする」
「そんなんでよく国民から愛されてますね。プロパガンダがよほどうまくいってるらしい、家臣が優秀なんですねえ」
「裏カジノは3年調べたがほとんど情報が出てこない。侮るな」
「あからさまに話題逸らすじゃないですか。それより短い期間で糸口見つけてやりますよ。じゃ、俺はこの辺で」
どこから出ていくのかと目で追えば、窓から光のない外へ飛び降りた。
この執務室から地上まではかなりあるが、ジークなら問題ないだろう。
気配がなくなると、汗が大量に流れ出る。
呼吸が浅くなる、心臓が激しい訓練の後のように脈打つ。
久しぶりの発作は、視界が白むほどだった。
頭痛の中で、声が聞こえる。
『あの愚王に似てきたな』
『女への執着、国民を煽るような政治、まるで生き写し』
『子殺しの怪物』
それはすべて、聞きなれた自分の声だった。
耐えかねて、蠟燭も消さぬまま執務室を出る。
足早に入ったのは、アンナの部屋。
気配に敏感な彼女は、すぐに起き上がった。
それを見てようやく呼吸が戻る。
「違う、あいつとなど、似ていない」
「どうしたルク、こんな時間まで仕事か」
「我は、守る。アンナ、君を」
そのために、何ができるか。
危険から遠ざけなければ。
傷つかないように、ディアーナとともに。
その目的のためならば、なんでもできる。
過去の幻影に、打ち勝てるはずだ。
我は、奴とは違う。
あの頃の、情けない子供ではない。
冷酷な王、ディルクレウスなのだから。




