61話 妻子の姿
「こらこらディアーナ。髪を引っ張るな」
「あー、うきゃー!」
「ははっ、今日はご機嫌だな。父様がいるからか?」
「あー、あーう!」
「その通りらしい。よかったなルク、久々の遠征帰りでも、娘は顔を覚えていたらしいぞ」
自室で鎧を脱ぎ、剣の手入れをしているとノックもなしにアンナが現れた。
腕には大きくなった子供を抱えて、勝手な解釈で喋る。
生まれてすぐ殺した娘は、不幸にも我の娘だった。
翌日には蘇生し、ここまで何事もなく育つ様に、アンナは疑いもしない。
乳母も拒否し、自分で娘を育てると言った彼女は実に母親だった。
「二か月王宮を空けていた男を、覚えるわけがない」
「私がいつでもルクの良さを言い聞かせていたからな。きっともうすぐ立つようになる、そうしたら歩くのもすぐだ」
「半年で人間は歩くのか」
「メイド長や専属使用人のみんなには早すぎると言われたよ。でも、ヴァルカンティアじゃそんなものだ。ディアーナのハイハイは、それはそれは早い」
アンナと同じ、赤銅色の髪はヴァルカンティア人らしい。
だがその瞳は灰色で、我と同一で忌まわしい。
あの日願ったように、娘は我々の未来の形となった。
それでも、成長する娘を見るたびに哀れに思う。
アンナの特徴だけをもって生まれればよかった。
ディアーナという名付けすらも、させたくはなかった。
『代々、王の子はDで始まる名前を付けるのが慣例です。始祖ディオメシウスにあやかってのこと』
『じゃあ、私がつけよう。構わないだろう?側近たちよ』
『王妃様が?いえここは陛下が。王妃は産後3日しか経っていないのですよ』
『見ろ、このルクの嫌そうな顔を。それに産後でも名前くらい考えられる、候補は考えてあるんだ!!書き物の準備を頼む』
兄様たちも姉様たちも、先代愚王も、そしてこの我も。
その名前は、呪いを背負う象徴だ。
それでも、蘇生した娘を抱いてアンナは楽しそうに名づけを行った。
感謝すべきだろう。
自分で名をつけていたら、我は娘の名を一生呼ばなかった。
『一年で夜が長い日に生まれたんだ。きっと月の加護がある、ヴァルカンティアで信じられている月女神の名を贈ろう』
『月、だと』
『ルクがその言葉に敏感なのはわかっているさ。でもこの子は違う、そのトラウマもきっと癒す月だ』
ただの赤子に、期待をかけすぎていた。
「で?遠征はどうだったんだ、ソルディアとステラディアに行ったんだろう?うまく交流できたか」
「聞いてどうする。まだ動くことは許さない」
「ヴァルカンティア人を舐めるなと何度言えばいい?出産だってすごく安産だったのに、あれから過保護すぎる」
「君は一度手を付ければ、ディオメシアを巻き込む大事になるまで止まらない。メイド長から報告を受けた、裏カジノについての情報を集めているらしいな」
「バレていたか。でもそれとこれとは話が違う」
「出産後一年は、活動するなと言った」
「普通の人間が弱いだけだ。ヴァルカンティア人は肉体からして違うんだぞ」
「ここはディオメシアだ。悪いが、こちらの慣習に従え」
「じゃあ動かないから、話だけでも。先の戦争の責任は私にもあるんだ、聞くのは当然だろう」
アンナの訴えを退けるのは簡単だ。
権力を振りかざし、彼女を王宮に閉じ込めたままにすることすら容易。
だが、彼女は普通の女ではない。
ここで話そうが、話すまいが、何故か情報を手に入れている。
別の勢力と手を組んでいるのか、協力者がいるのか。
懸念はあるが、アンナは約束は守る。
一年まであと数か月だが、おとなしくしている代わりに共有してもいい。
「兄弟国は、復興が追い付いていない。戦いで使った毒が土壌に残って苦労しているらしい」
「あれだけ強い毒をつかえばそうもなる。それで、後継ぎはどうなった?あそこは2国とも王政だっただろう。ステラディアは王子が死んだと聞いたが」
「ソルディアは問題ないが、ステラディアは末の王子を残してほかの子供が死んだらしい。どちらもまだ若い、教育に関与しろと詰められた」
「いいじゃないか。ならいっそ、このディオメシアに招くのはどうだろう?異国での学びが大きいのは、ルクも知っているはずだ」
「それはどうでもいい、まだ先だ。重要なのはもう一点」
思い出すのは、先の戦争。
体が強く、常人より毒が効きづらいはずのヴァルカンティア人を、何人も殺傷した強すぎる毒。
多くの犠牲を払い、現在も土壌を狂わせた凶器。
今回、兄弟国へ向かったのは視察だけではない。
その毒について、心当たりが正しいかを確認するためだった。
予想が外れていることを願ったが、つまらないほどに当たる。
「戦争の最後に使われた毒の出所がわかった。最悪の結果だ」
「それは、どういうことだ?結果に最低も何もないだろう」
「出所はディオメシアの付近、流通経路は不明だが、毒の生成、複製、販売までをすべて行っているとわかった」
「ディオメシアはそんなもの作っていないし、近隣にもそんな技術も知識もないはずだ。そんな危険な場所、みんなが知らないわけはない」
「あるだろう、賢すぎた故に追いやられた地下の民。奴らは非合法賭博以外にも手を出しているということだ」
「まさか裏カジノ、か。ディオメシアの地下に住むっていう」
「あの場に、手を出すつもりはなかった。だが放置すれば、ディオメシアは火の粉を浴びる」
「手を出さない気か?どうしてだ、ルクはどこにでも果敢に行くだろう」
ディアーナがアンナの腕の中で、動き出す。
すでに布に包まれず、服を着て生きる娘。
お前が大きくなるまでに、王政を終わらせる。
自由を与えるために、向き合うべき問題。
それが、我が生きているべき理由。
それが、ツキに関する汚点だろうと。
「地下住民のほとんどが同一民族だと言われている。黒い髪に黒い目を持ち、顔立ちもディオメシアではほとんど見られない特有のもの」
「ただの特徴だ。まさか外見だけで差別する男じゃないだろうルクは」
「ツキの特徴と合致する。彼女の名前はディオメシアではとても珍しい、裏カジノに由来する言語のものだ」
裏カジノの人間が、ディオメシア(地上)へ上がることはほとんどない。
逆もまた然り。
もし、裏カジノに踏み込めば、最悪の再開が待っているだろう。
あの最悪な日の加害者である我が、彼女の故郷かもしれない場所に、自分の野望のため踏み込むのだ。
「王政を廃止するために、不確定要素は排除する」
悪だろうが善だろうが、邪魔になれば立ち向かう。
すべては、この祝福を根絶するために。




