5話 国境での死
痛い、痛い、熱い、あつい。
体が動かない。
ぼくの兵は?
起き上がってくれ、腕が立つんだろう。
どうして3人とも倒れたまま動かないんだ?
背中が、痛い。
頭が切れて、目に垂れた血で前が見えにくい。
何が起こった?
ぼくたちは、ディオメシアの特使のはずなのに。
どうして、ステラディアの兵士が攻撃をする?
「命中。弓兵隊やめ!!」
「全滅か?」
「いや、女と黒服の男二人逃がした」
「あのガキが女庇わなけりゃ、全滅だったよ。国境線は危ないって習わなかったのかね」
「他国の少年なのが惜しいな。平民にしちゃいい男だ」
「お~い、城からなんか通達来てるか?」
「来てるぜ、ソルディアでうまいエビが大漁だってよ!!」
「じゃあ今夜の肴はエビか‼豪勢じゃないか」
息がうまくできない。
背中に、邪魔なものがたくさん生えてる。
どうして?
ぼくは王子なのに。
ステラディアの案内役が来るんじゃなかったのか。
話が違う。
少しずつ足音がなくなっていく。
楽しそうな男たちの声が。
ぼくは、死んでしまうかもしれないのに。
嫌だ、まだ死ねない。
認めてもらうんだ、ぼくも戦いの役に立てるって。
そうだ、会談。
これは伝達ミスだ、きっとそうだ。
そうでなければ。
「まだ生きていますか?末子殿」
「邪魔ですね。お背中失礼いたします」
声が、男の声がする。
ぼくをそう呼ぶ男たちの声。
黒衣の、側近2人だ。
ステラディアの国境付近に来た途端、どこか消えてしまった二人だ。
ぼくの護衛のはずなのに、兵3人はぼくを守って死んだのに。
ツキは?ツキは無事か。
渡すんだ、ブローチを。
まだ好きだって言えてないんだ。
側近の一人がうつ伏せのぼくの背中に触れる。
息が苦しい、どうにかして。
安心したとき、背中に走ったのは、さらなる痛みだった。
「ひっ、あ“あ”あ“」
「矢を抜いていますからね。そのままでは運ぶのも邪魔ですし」
「声を出せるほどには元気なようだ。よかったな、これなら抵抗もされないし、搾り取れるはずだ」
言っている意味が分からない。
助けて、たすけてよ。
何本も刺さった矢が、抜けてるのかもしれない。
痛くてよくわからない。
意識が朦朧としてきたとき、ぼくは仰向けに寝かされた。
森の緑がよく見えて、空が青くて。
側近がぼくを見下ろしていた。
そして、近くに。
ツキが、いた。
目がぼうっとしていて、へたり込んで、側近に腕を掴まれて。
さっきまで、そんなじゃなかったのに。
「……き、つ……き」
「いや……やめて……」
「あなたに望まれた役割でしょう。地下のモグラ共も喜ぶ」
「こちらとしても望ましいですからね。他の王子たちはどうも隙がなくて……しまった、末子殿に薬を嗅がせていなかったか」
ツキの腕を掴んでいない側近が、何か瓶を取り出した。
みたことがない、赤い瓶。
それをぼくの鼻に近づけたとき、世界が回った。
血が巡る音がする。
体の隅々まで行き渡る。
心臓が、痛い。
何を嗅がされた?
体が動かない、なのに感覚は鋭くなっていく。
死んでしまう。
側近がツキを持ち上げるのが、見えた。
・
・
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『蘇り給え』
『奇跡をここに』
『王と王の子であるならば』
声がした。
知らない声だ。
体は、ちっとも動かない。
目も開かない。
耳だけは、よく聞こえる。
誰の声なんだ。
兄様達でもない、もう嫁いでいってしまった姉様たちでもない。
ぼくは、死んだんじゃなかったか。
「どうだ?」
「修復されている。やはり『王家の祝福』が効いているな」
「おお……この奇跡のためだけに我ら一族はあるというもの」
「今回の記録は?」
「ああ、弟から受け取っている。これでまた奇跡が集まった」
「今回は女も連れて行ったんだろう?それにしても、まだ子供なのにひどいもんだ」
「でも、こんなに背も高くて体躯もいい。到底見えないがな」
女?女……ツキ。
あ、あああああ。
いやだ、だめだ。
あいつら、側近の。
ぼくとツキを、好き勝手にして。
ツキはどうした?
どこへやった?
体が動かない、どうして!!
「失礼いたします。叔父上、女を見ていませんか」
「あれだろう?地下のモグラの、あれがどうした」
「消えました。見張りはつけていたはずなんですが」
「さすが現裏カジノボスの娘か。……構わん、我らには損はなし」
「では、適当にステラディア兵に殺されたとでもしましょう。この辺りは我々の独断ですし」
扉が開く音、響く声、声以外に音のない場所。
ぼくが聞いているとも知らずに、べらべらと。
側近たちめ、まさかぼくを陥れたのか?
訳の分からない薬まで嗅がせて、ツキまで巻き込んで。
覚えたぞお前たちの声。
目が覚めたら父王に進言して一族郎党痛い目を見ればいい!!
「それにしても、陛下も策士だな。他の王子がいない隙を狙って行かせるとは」
「大義名分が必要だからな。王子たちは皆、死なないのだから」
「末子の王子など、それくらいしか役割はあるまい」
「変に武功をあげられても困るからな」
耳を疑った。
だって、それが本当なら。
ぼくの、期待された働きは。
戦争を始める火種じゃないか。
「庶民の女が王の子を孕んだと聞いた時は、どうなるかと思ったが」
「王と王の子に祝福は現れるからな。思わぬ収穫だった」
「だが出産ですぐ死んだのは惜しかったな。生きていたらあと何人か望めただろうに」
「女はしょうがないですが、まだ王子が5人いる。それにこれから兄弟国との戦争も始まるでしょう」
「忙しくなるぞ、また王子たちを何度も運ばねば」
ぐるぐる世界が回る。
側近たちの明るい声が止まない。
目が開かなくても、自分が回っている感覚が止まらない。
聞きたくない、知りたくない、考えたくない。
それなのに、頭の中をたくさんの記憶が巡っていく。
『王子なのに前線に配置される兄様達』
『戦いから戻った後に姿を見せてくれないこと』
『兄様の部屋が血まみれだったこと』
『戦いに関する事柄を、兄様姉様がぼくから遠ざけたこと』
叫び出したい。
信じられないと泣き喚きたい。
答えを教えてほしい。
永遠に教えないでほしい。
ぼくたちは、何者なの。




