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58話 一年後の冬の日

窓の外の木は、すべての葉を落としていた。

冬の風が冷たく、暖炉に火を入れなくては指先の関節が動かない。


国民の不満陳述書に目を通す。

半年ほど前、国民が王宮に上納する穀物の量を上げるよう指示した。

おかげで王族への不満や、王族排斥論も市井には出回ったと聞く。


その調子で、王族を排斥せんと国民が動き、王政廃止へと舵を切る画策をしていた。


だが、国民の反応は意外なものだった。



「陛下、陳述書はご覧になられましたか」

「見たが、大臣これは本当か。なぜ支持が大きく落ちていない。暴動を起こしかねないほどだと試算したのはお前だ」

「はい、はい。そうなのですが、その……思った以上に陛下と王妃様の人気が凄まじくてですね」

「我らは何もしていない」

「側近の方々が、国民にご夫婦仲睦まじい様子を宣伝されておりまして。もうご結婚されて二年になりますし、王妃様も時期ですから」

「……なるほど、側近の奴ら」



こちらの狙いをわかっているのか、王族の人気を確保して次世代をつなぐ役目のためか。

奴らの動きを聞くのが、近頃では一番の虫唾の種となっている。

悲願が成就するとあって、笑いが止まらないのだろう。


そこへ扉が3回ノックされる音。

こちらの返事も聞かずに中に入ってきたのは、見ずともわかる人間だった。



「ルク、今日の訓練終了だ!!今日はすごいぞ、200人以上での武闘会をしたんだ。無論賞品なんてないが、皆なかなかいい動きをするようになって」

「アンナ、何度も言っているだろう。訓練教官をするな、体に障る」

「そういわれても、ヴァルカンティアでは臨月だろうと女は動く。母様は陣痛の中、軍の指揮をしたと聞いているぞ」

「アニータ殿の話はしていない。それについては、ハイネ殿が何度もいさめたとも聞いている」

「暇なんだ。政治にも迂闊に手が出せない、勉強も飽きた、メイド長も我慢は体に良くないって言ったぞ」



得意げなアンナは、余裕のある大きな羽織に身を包んでいた。

王宮のどこかから見つけてきた、あたたかな毛皮。

だがそれを着ようと、彼女の腹が大きいのは明白だった。


いつ生まれてもおかしくないと言われているが、おとなしいところを見たことがない。

日に日に大きくなる腹と反比例して、アンナの専属使用人たちが心労でやせ細る。


王宮でのじゃじゃ馬さを、側近たちは隠して国民に伝えているのだろう。

アンナの素の性格は、ディオメシアの女性には受けづらい。


大臣がいなくなると、アンナは隣にやってきた。

陳述書を眺めては「効果は微妙だったんだな」と何も言わずとも察する。



「こんなところで側近たちの強さを知るとは思ってなかった。国民は、案外簡単に暴動を起こすと思っていたのに」

「大臣の言葉は一側面でしかない。この国には、側近以外にもディオメシアを支える勢力がある」

「そんなものがあるのか?私はほぼ国中の村も町も視察したが、そんなものはなかった」

「奴らは地上にはいない。居るのは『地下』だ」

「地下?なんだそいつら」

「『裏カジノ』……もとは戦争で追いやられた民族だが、どうやったのかディオメシアの地下すべてを根城としている犯罪者たち」



ディオメシア建国の折、始祖ディオメシウスに対抗する厄介な勢力が二つあった。

そのうち一つは、現在も手を出せない不可侵領域となるスラム特別保護区に。

そしてもう一つは、ディオメシアの地下に住み着いて裏カジノとなった。


大まかな説明はこれで足りる。

だが、裏カジノは質が悪い。



「頭が良く、あくどい方法で金を稼ぎ、ディオメシアの国民を食い物にしつつ、何故か貯めこんだ食料や金をばらまく」

「最後だけはいい奴らじゃないか?人気を落としたい私たちにとって、悪なだけに見える」

「そうして騙された人間が、国外に売られる事件もあった。王族や国としての関わりはすべて跳ね返される、どうしようもできない」

「へぇ~……それはまた、おもしろそうな」

「無事に出産してから一年は、何があっても関わるな」

「……わかったよ。ルクはしつこいからな」



アンナの出産、国民の不支持集め、不穏分子の動きを読む。

他国との交渉や、商人との商談。

国を破滅させる王としては、多忙を極めていた。


国をただ破滅させるだけなら、あの忌まわしい愚王のように欲におぼれて怠惰にすればいい。

むしろ、意図的に王政廃止をしたかったのだろうかと疑う。


それは、何があっても拒否する。

あの愚王と同じ轍を踏み、同じように生きる価値もなく、精をまき散らすだけの不死の怪物など。



「今日は休め。もう終わる」

「わかった。じゃあ、寝室にいる。隣は開けておくからな」

「構うな。寝ろ」

「そういうが、私がいないと熟睡できないだろう?」



勝ち誇ったようなアンナの顔は、不快ではない。

まるで変わらない彼女が、母親になるのか。

怪物である自分が、父になれるとはそれ以上に信じがたい。


彼女が執務室を去ったあと、しばらくして黒衣の側近が現れた。

今夜は女の若い側近だ。


女で年が近ければ、殺さないとでも思ったか。

それとも、手を出すとでも思われたか。

性別年齢が変わったところで、奴らの王族に対する考えは変わらない。



「陛下、本日の執務は以上になります」

「そうか、消えろ」

「その前に一ついいでしょうか」

「内容次第では殺す」

「なぜ、王妃様と子を成す気になったんですか」

「話す理由はない」

「好きだからですか?側近のご老体たちは妾の選定を進めています。お好みがあればお申し付けを」

「死にたくなければすぐ消えろ。剣はいつでも腰にある」

「では一つだけ。『初めの儀』は必ず行いますよう」



側近の女は、執務室を出て行った。

初めの儀などと、知らない言葉を説明もしない。


国家運営、大臣との折衝、国民への支持。

側近一族が、ディオメシアにもたらす利益が大きいのは否定できない。


だが、我への対応は最悪だ。

話しているだけで、虫唾ばかりが走る。


ため息をついて、執務室を出た。

夜も更けている、睡眠がなければ明日の執務に支障が出る。

寝室に入れば、アンナが横たわっていた。


片側をあけているのは、夫婦関係が二年目に突入した今、珍しくもない。


彼女の息遣いがおかしい以外は、何も変りがなかった。



「アンナ?」



こちらの問いかけに、何かに耐えるような表情のアンナ。

何も返さず、彼女は使用人を呼ぶベルを強い力で鳴らした。


真夜中の王宮が、騒がしくなる。

アンナの専属使用人が、すぐに寝室へなだれ込んできた。

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