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54話 アンナの提案

「見てくれルク!!これ、子供たちが書いてくれたんだ。上手だろう?」



アンナは、日が暮れる前に王宮へ戻る。

夕方の帰還報告を兵士から我へする間、律儀に精密な報告書を書く。


それを夜に自室で見ていると、当の本人がやってくる。

これが、毎夜の習慣になっていた。

身綺麗にして寝間着の彼女は、我を好きだという割に、無防備に近寄ってくる。


兵や、ほかの男にも同じことをしていないかが、疑わしい。



「なんだ、それは。黒い丸と線だ」

「私を書いてくれたんだ。赤いインクは貴重だからな、白黒だがこれはこれで味がある」

「取っておいて何になる」

「私の、心の支えになる。これを書いてくれたこの親を、死なせてしまったのは私でもあるからな」

「命に潰されるな。きりがない」

「そのお茶はなんだ?嗅いだことのない香りだ」

「話を聞いていたのか」

「聞いていたが、そっちの茶のほうが気になった。そんなもの、飲んでいたか?」



アンナとの会話は、すぐに切り替わる。

湿っぽいのが苦手なのだという彼女は、興味の移り変わりもよくあることだった。


蒸し返してもいいが、アンナを追い詰めることはしたくない。

仕事はこなしている、これ以上言うことはないだろう。


アンナの前で、この茶を飲むのは初めてだ。

今日の発作はしつこく、悪寒と心臓の痛みがまだ残る。

茶のポットを部屋まで運ばせたが、まさか興味を惹かれるか。



「飲むか」

「いいのか?じゃあもらおう」

「使用人にカップをもう一つ持ってこさせよう」

「いらないよ。ルクのを一口くれればいい」



アンナはそういうと、置いたカップを手に取って一口飲んだ。

純粋な、からかいもなにもない目だ。

毎回、彼女の無邪気な面を見るたびに思う。


なぜ、目が離せなくなるのだろう。


だが、アンナはカップから口を離すと渋い顔をした。

独特な味の茶だ、特段うまくはない。



「なんだ、これは。ルクの趣味か」

「だったらなんだ」

「……この茶、同じじゃないが飲んだ覚えがある。おばあさまが生きてた頃、飲んでた味に少し似てる」

「偶然だ」

「いや、あれはたしか、流れの薬草屋が調合したものだったんだ。心臓が痛むって、よく眠れないからって。ルク、どこか悪いのか」

「……さてな」



どこが悪いのか、こちらが知りたい。

多少茶で和らぐとはいえ、原因不明の苦痛だ。

これをアンナに言ったところで、解決はしない。


だが、それで良しとしないのが彼女だ。

煙に撒こうとしたが、ずっと対面で口うるさく喋りだす。



「絶対に悪い。どこだ、心臓か?医者は?どこが痛む」

「しつこいぞ。夜だ、黙れ」

「いいや黙れない。悪いところをそのままにすると、苦しいだけなんだ。診てもらったか?診断は?茶は誰からもらった?」

「言う筋合いはない。関係のないことだ」

「なんで言ってくれないんだ?そんなに私は頼りないか」



言えるはずがない。

アンナの行動で発作が始まったと、アンナがいるときは発作が起きないと。


笑い話にもならない。

王が、このような弱みを抱えているなど誰にも言える。

王妃に、ここまで振り回されているなど。

認めたくもないことだ。



「必要がない、それだけだ」

「私じゃだめなら、ジークに聞くぞ。私より薬草には詳しいからな、話せば教えてくれるはずだ」

「ジークだと?奴はヴァルカンティアだろう」

「私も詳しくは知らないが、父様が式の時に『困ったらいつでも名を呼んでやれ』と言っていたからな。ディオメシアのどこかに潜入しててもおかしくない」

「追い出せ。もし呪いについて知られたら、奴も」

「大丈夫だ。この部屋だって、いつも私が聞き耳を立ててる。私の聴力をなめるな」

「だが」

「わかった。わからないが……とにかく、詳しく言ってくれないんだろう?しかも、外部に頼りたくもない」

「勝手に話を進めるな。このままでいい」

「いやだ。夫が苦しんでいるのに、妻が何もしないなど無理だ」



ディオメシア内での影響力が増しているとはいえ、アンナは王宮内に外部の人間を入れる勝手ができない。

アンナ自身が何か犠牲になる案は承服できない。

側近にもし発作が知られて、利用されることがあれば、我が何をするかわからない。


現状維持が最も安全。

だが、それに首を縦に振らない。


挙句、何かを思いついたと言わんばかりに両手を握ってくる。


なぜアンナは、こんなにも触れてくるのだ。



「気分転換だ。外に行こうルク!!二人だけで、遊びに行かないか」

「無理だ。側近がしつこく追ってくるぞ」

「一日だけだ。それに、側近は私たちを急かしている。二人きりになりたいからといえば、何とかしてくれるんじゃないか?」

「何をするつもりだ。ディオメシア国外に出るのは、さすがに無理だぞ」

「いい場所を見つけたんだ。ルクにも見せたくて」

「どこだ」

「行ってのお楽しみだ。大丈夫、側近は引き離してみせるさ」

「執務はどうする、訓練は」

「一日抜けたところで壊れるならそれまでだ。そうだな、明後日にしよう!!明後日は私と一緒に遠乗りだ」



遠乗り。

いつ以来か、兄様たちを斬ったあの日以来だ。


今回は二人で、何をするかもどこへ行くかもわからない。

初めてだ。姉様たちとも、ツキともしたことがない。

興味が、そそられる。



「身一つで行こう。でも剣は持ったほうがいいな、護身のために」

「本当に行くのか」

「もちろん。そうと決まれば、側近をまず騙さなくては……部屋に戻って作戦を立てるよ。おやすみ、ルク」

「……ああ」

「ああ、じゃなくて。そこはおやすみって返すものだぞ」

「早く戻れ」



いつも、アンナはめげない。

我にそのような返答ができるはずもないが、根気強く続ける。


物好きな妻だ。

いつまで続くか、見ものだが。


翌日、夕方ごろ執務室にやってきた側近は、妙に機嫌が良かった。

いつもの嫌味もなく、妙にこちらを伺うような視線が鬱陶しく、こう言ったのだ。



「陛下、明日は楽しみになさいませ。王妃も、あれでなかなか大胆ではないですか」

「何の話だ」

「おっと陛下には秘密とのことですので。では、お励みなさいませ。一日といわず、一泊されてはいかがですかな」

「貴様と離れられれば、なんでもいい」

「はい、はい!!お二人ともお強くていらっしゃいますからね、見られていては集中できないとあらば、退散いたしましょう」



普段とは別の理由で鳥肌が立つ。

何もわからぬまま、アンナとの遠乗りの日はやってきた。

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