51話 不機嫌な夜のお茶会
「ごきげんようルク。いい夜だな、お茶しに来たぞ」
「呼んでいない。その台はなんだ」
「茶と茶菓子だ。入れてくれ」
「使用人は」
「ルクとのお茶会なのに、二人きりは不満か?」
晩餐の後、王宮内を歩く人間が減った夜。
以前のように、アンナ嬢は何でもないような顔で現れた。
移動式の台の上には、焼き菓子と紅茶。
ポットの中には、まだ熱い茶が入っているのだろう。
放っておくと、窓辺に置かれた机に自ら茶と茶菓子を置いていく。
手つきは不器用だが、配置は悪くない。
「使用人のみんなに教わったんだ。おいしい茶の入れ方、簡単だが、焼き菓子も私が作った」
「側近に見つかれば嫌味を言われるぞ」
「『夜に二人っきりで食べるため』と言ったら、不気味なほど笑って材料を優遇してくれたさ。おかげでおいしいのができた、食べてくれ」
甘いものは、あまり好まない。
だが、無駄にしては印象も悪いだろう。
食べ物を無駄にすることは、したくない。
焼き菓子を口に運ぶ。
少々歯ごたえが強いそれは、想像よりも甘くはなかった。
素朴な味がする。
このようなもの、久しぶりに食べた。
「悪くない」
「おいしいだろう?ルクは甘いもの好きじゃないからな、調整したんだ」
「言った覚えはない」
「何回も一緒に食事すれば、反応くらいわかる」
対面に座ったアンナ嬢は、自分も茶菓子を食べると「少し生地を混ぜすぎた」とつぶやいていた。
この、菓子をつまむ指が作り上げたのか。
剣を握り、筆を握り、兵を従えたその手で。
我の手とは明らかに違う。
壊すだけのこの手と、作り出せる彼女の手は天地の差だ。
彼女の手に、できないことはないのではないか。
アンナ嬢は一口カップに口をつけてから、こちらを見る。
そして、目を伏せた。
「まず謝る。あれから一週間、何も言わずに顔を出せなくてすまなかった」
「逃げたいのなら、手配はするといったが」
「そんなつもりはない。ルクの経験したことも、側近たちがどれだけのことをしてきたのかも、王族たちが何を背負ってきたのかも。私も背負う覚悟ができた」
「なら、なにをしていた」
「ルクの隣に在れる王妃に、なりたかったんだ」
表情は暗いと言える。
常より快活なアンナ嬢には似合わない。
何より、彼女が気を落とす理由がわからない。
隣に在るというが、すでに王妃の席は彼女のものだ。
同盟という後ろ盾がある以上、ディオメシアのどんな貴族だろうが排斥できない。
人は、よくわからないところで気を病む。
アンナ嬢も、そんな一面があるのか。
我が汚れていることも、ツキを汚してしまったことも、あの時動けなかったことも。
何一つ、アンナ嬢が暗くなる要因はない。
「理解できない。なぜそこまで我にこだわる」
「それは……好きだから、とか」
「その感情があったとして、発生する要因がない。アンナ嬢は、我を糾弾していい立場にある。それだけ、汚れた男だ」
「そんなことはない!!不可抗力じゃないか。悪いのは側近で、ルクがあれだけ憎んでも国のために排除できないのも分かる。ルクは」
「ならなぜだ。武闘会では負け、戦争ではヴァルカンティアの助けなくして勝てず、呪われた血を持つ男だ」
何一つ、アンナ嬢に渡すことのできない男だ。
何度も言っているのに、その度彼女は立ち向かってくる。
それでほだされるほど、この呪いは甘くない。
彼女の好むような物語では、愛で呪いは解けるのだろう。
だがそんなことで解けるのであれば、この王家は誰も狂わなかった。
そういっても、アンナ嬢は正面から立ち向かってくるのだろうが。
「……わかった。そうだな、ルクは……最悪だ」
「……ようやく理解したか」
「理解したよ。ルクは、私の思いを全部勘違いだって言いたいんだ。それに、私が不幸になると信じて疑わない。何度私が否定しても、聞く耳はない」
「事実だ。正しいこと以外言ったつもりはない」
「君のそういうところ、だいっきらいだ」
窓の外は、暗い。
風が強いのか、木々が揺れている。
アンナ嬢の顔は、見る気にならなかった。
嫌い、きらいか。
ようやく安堵できる。
これが正しい。
我のことをアンナ嬢が好いているらしいなどという、現実はない。
目が覚めたようで、よいことだ。
だが、不可解だ。
なぜ、寒々しいのか。
心臓が潰された時のような違和感。
「アンナ嬢、毒でも盛ったか」
「するはずがないだろう。ヴァルカンティア式の毒訓練など、もうしない」
「心臓がおかしい。殺そうが、我は死なない。殺すことで、不満が晴れるのであれば構わないが」
「……ディルクレウス。ひょっとして、胸が寒いのか?潰れそうになるというか、不快というか」
すべて当てはまるものだ。
効果を明確に知っているということは、やはり毒。
ヴァルカンティアは医学が進んでいた国。
毒の作成も盛んだったはずだ。
胸にのみ効く効果とは、珍しい。
「やはり毒か。丁寧に説明をするとはな」
「……ルク、私は、君のそういう卑屈すぎるところ、嫌いだ」
「くっ……妙な毒だ。言葉で増幅するだと?」
「……私の言葉を信じないで、なんで好きなのかも聞いてくれない。私ではなく、過去の女に縛られてるところも、気に入らない!!」
言葉が棘となって、差し込まれている感覚。
久方ぶりに感じる痛みだ。
心臓が、不可視の血を流すような苦痛。
最後にこれを感じたのは、いつだったか。
兄様たちを、姉様たちを排除した時だったか。
だが、アンナ嬢の言葉を止める気にならない。
いくらでも、甘んじて請け負おう。
こうなると予期していて、すべての力を用いて嫁入りを阻止しなかったのは、この我だ。
「刺せ、もっと言え」
「……なぜやめろと言わない?嫌じゃないのか、こんなに嫌いだと言ってるのに」
「当然の報いだ。逃げる権利はない」
「報い?何も悪いことなど」
「君を、迎えたいと願った。それは、罪だ」
胸がつぶれる、とはこの感覚か。
呼吸が苦しい、だが死の気配が遠い。
なんだこの毒は。
殺すものではなく、苦しめるためのものか。
下を向き、息をしようと試みていた。
らしくもなく、気配の察知をしていなかった。
アンナ嬢が何をしているか、行動されるまで理解ができなかった。
背中に、温かい温度が張り付いているのを感じるまでは。
彼女が立ち上がり、後ろから抱きしめているなど。




