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50話 早すぎる遂行

あれから一週間が経った。

相変わらず執務に忙しい身だが、ここ数日は仕事が捗っていた。


理由は明白だ。

騒がしくする人間の出入りがない。

アンナ嬢が、構えと入ってこないせいだ。


ノックをされれば、すぐに扉を向いてしまう。

そして開いた先に立つのが、赤銅色髪の彼女ではないことの繰り返し。



「失礼いたします陛下。今月の取引について新規参入の商会のおはなしを」

「大臣か。許す、申せ」

「はっ。先月も多額の金が動くと持ち掛けてきたところなのですが」

「怪しげな薬草からできた薬を売ろうとした者たちか」

「はい。どうやら地下の裏カジノが噛んでいるようでして」



来る日も来る日も、アンナ嬢は来ない。

秘密を吐露したあの日から、夜も手合わせをしろとやってこない。


やはり、それほどまで彼女を追い詰めたか。

当然だろう、勇んで嫁いだ先の男が、情けなくも汚らわしいものならば。


不快、だったのだろう。

安心を誘って、秘密を引き出すとは。

スパイの素質があるのは、彼女もか


やはり、信じるべきではなかった。

なぜ、話してしまったのだろう。


この胸の痛みは、何をすれば消える。

刃で切り開けば、原因が見えるか?

開いたところで死なないのだから、一度くらいはやってみるのも一興か。



「……陛下?どうなさいました」

「いや。で、なんだ」

「ですから、いずれ国益に関わるのであれば裏カジノに踏み込むことが必要ですと」

「失礼する!!会話中すまないな!!」



大きな音を立てて、執務室の扉が開かれた。

勢いよく開けたのだろう、壁にぶつかるほどに乱暴。


この光景はどこかで見たことがある。

アランとは従兄妹だというのに、まるで兄弟のようにそっくりだ。



「静かに開けろ、アンナ嬢。大臣が先だ」

「すぐに済ませよう。ここで待っていてもいいか?」

「そうしろ。大臣、続きを」

「い、いえ。すぐに動かせる話ではありませんので、準備を整えてからまた」

「なぜ急ぐ」

「そ、側近の方々に、ご夫婦の邪魔をするなと……で、では、失礼いたします」



急いで出て行く大臣。

話は分からんが、また側近の奴らが根回しをしたらしい。


アンナ嬢に秘密を話して朝を迎えた日から、奴らは機嫌がいい。

『ようやくなされましたか』『早くお次を』『陛下がその気だ』と、放つ言葉が煩わしい。

期待される行動など、一度としてないのだが。


だが、ちょうどいいだろう。

彼女のほうから来たのなら、それでいい。



「何の用だ」

「ついにやったぞ。条件達成だ」

「話が見えん」

「ルクが言ったんだぞ、専属の使用人を作れと。あと根回しもだな」

「それを一週間で成したというのか」

「そうだ。みんな!!入ってくれ」



アンナ嬢の声とともに、5人の使用人が入ってくる。

訓練されたように彼女の背後に控え、輝きに満ちた瞳でこちらを向く。

全員働いて2、3年ほどの使用人だ、名簿は頭に入っている。


男女、年齢関係なく並んだ使用人の胸元には、ハンカチがあった。

ディオメシア王族の紋章が刻まれた、特別なもの。



「みんな、私と契約を結んだ専属使用人だ。ちゃんとメイド長にも許可は取ってる。本当は彼女も引き入れたかったんだが、メイド長は中立だからって断られてな」

「なにをした。専属契約は、王族への従属だぞ。短期間で結べるほど軽くはない。さては、ヴァルカンティアのものか」

「違うさ、みんな生まれも育ちもディオメシア。さすがに祖国の関係者で枠を埋めるのは、信頼得られないだろう?」



専属使用人たちは、親しげに彼女を見ていた。

アンナ嬢が嘘がつけないのは、知っている。

そうであれば、彼女は短期間で人生を預けるような契約を5人と交わしたことになる。


専属契約は重いもの。

ディオメシアにいる限り、その王族のものになる契約。


先の大戦といい、アンナ嬢は人を引き付けるカリスマ性がある。



「ちなみに、根回しもできてる。みんなが、一緒に大臣の家々を回ってくれたんだ」

「一人で王宮から出たのか。聞いていない、勝手をするな。危険だ」

「一人じゃない、ちゃんと6人で行ったし、私よりも強い人間はそうそういない」

「慢心だ。我の許可なしに王宮を出るなど」

「大臣の皆は感心していたぞ。彼らは話が分かる人間だ、側近よりもよほど私を見てくれる。移民の案に、全大臣の2/3は賛同してくれた」



アンナ嬢の背後にいる使用人の一人が、彼女に紙の束を手渡す。

丁寧に礼を言って受け取る彼女の持つそれには『移民政策の具体案』と書かれていた。


中を見せられたが、非の打ちどころのない資料だ。

まさか、激務の大臣たちとともに作り上げたのか。

そうでなければ、資料内の情報の正確さは保てない。


なるほど、まさかここまでとは。


当初、彼女であれば一か月かかると踏んだ。

ここまで短縮して、一週間ですべての条件を突破するなど誰が思うか。



「どうやって成した」

「知りたいか?大変だったんだ、たくさん聞いてほしいことがある」

「それを言えと言っている」

「じゃあ、言おう。今夜、お茶を用意しておいてくれ」

「何?」

「二人っきりでお茶会がしたいんだ。最近顔を見せられなかったから、拗ねてるんだろう?今夜はちゃんと一緒にいるさ」



アンナ嬢を理解できたと思う日は、まだ来ない。

その中でも、全く身に覚えのないことだ。


拗ねるだと。

それは幼児に使う言葉だ。

そのようなこと、した記憶はない。


なにより、勝手に来なかったのはそちらだ。

なぜそちらの好きなようにされなければならない。



「来るな。目障りだ、誰が用意するものか」

「じゃあ私のほうで用意する。茶菓子と茶葉も、いい目利きをするんだ。専属のみんなは」

「許可していない」

「あ、この施策はもう準備もできている。今日中に話を通してくれ」

「アンナ嬢、話を聞け」

「じゃあ、また今夜。ほら、次の大臣が待ってるぞ」



アンナ嬢が指さす扉のほうには、別の大臣が紙を持って立っている。

一つの案件に時間は長くかけられない。

すべて予測して、言い逃げをするまで手のひらの上か。


王妃というには、有能すぎる。


そのまま執務室を出た彼女の次にやってきた大臣からは、移民政策の話をされた。

まさか、直談判がうまくいかなかった場合の手も打ってあったとは。


完敗だ。



「陛下、どうなさいました?」

「いや……大事ない。その政策は、通さざるを得ないものだ」



ディオメシアの大きな利益を生み、問題点をすべて潰した提案だ。

すぐに動かせるとあっては、やらない理由はない。



「大臣たちと、側近も呼べ。これは戦争の後始末だ、今日から動かす」



胸の痛みが、少し和らいでいた。

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