48話 突破口とトラウマ
専属使用人、というものがある。
名の通り、特定の王族の側仕えのみをする使用人。
王以外の王族は、自分で忠誠を誓わせるほどの信頼関係を築き、自分で専属使用人を得る。
命すら預けられる、自分だけの側近。
「で、話を持ち掛けて、相手が了承して、その証として王族の紋章が入った品を渡せば契約成立……まどろっこしいな。そんなの、物に何の意味があるん、だっ」
「王族の紋章はディオメシアにおいて認知の証。捨てることも売ることもできない、契約を結んだ者だと見てわかるものだ」
「それをっ!!自分で作れば!!いいんだな」
「っそうだ。そうすれば、いくらか……勝手が通る信頼になる」
「わか……っらぁ!!」
夜、すでに外は暗く、王宮の人気も少ない。
静かな王宮の中で、我の自室は実に騒がしかった。
寝間着を着たアンナ嬢との、手合わせ。
数日前からの恒例となりつつある、人目を忍んだ訓練。
こちらも寝間着の分、互いに防御のものはない。
武器は怪我をした時が面倒だから、使わずに。
拳を全力で繰り出すアンナ嬢の腕を避け、こちらも顔面に向かって拳を振り下ろす。
だがそれも避けられ、蹴りを繰り出そうとする足に気が付き立ち位置を変えて、軌道をずらす。
会話は小声で。
だが息遣いは荒くなっていく。
そしてアンナ嬢の手が我の首を掴んだ瞬間、手合せは終わった。
「はぁ……この時間が一番胸躍るよ。やはり動かないとなまるものだな」
「毎夜毎夜、つまらないとギリギリまで我の部屋で粘るな。手合わせは済んだだろう、部屋に戻れ」
「今は無理だ。廊下に人がいる、たぶん側近だな。このまま息が整うまで居させてくれ」
「なぜだ」
「顔を合わせれば『早く子を』『早く誘惑しろ』『王妃は不能なのか』といわれる私の身になってくれ。荒い息遣いだけで、勘違いしてくれるなら便利なんだ」
話し声のほうが聞こえる気もするが。
だが、それは名案だ。
奴らときたら、繁殖することしか頭にない。
いずれ毒でも盛られて動けないまま女をあてがわれたら、悪夢だ。
ならば、その状況を偽装したほうが、まだマシだろう。
アンナ嬢は息を切らせたまま、我のベッドに寝転んだ。
寝返りを打つと見えるふくらはぎが、やけに眩しい。
近づけない。
椅子に座って無意味に外を眺めていると、彼女の声がする。
「なんでそっちに座ってる?ルクのベッドだろう、好きに寝ればいいのに」
「アンナ嬢がいる寝台に入れと?」
「……あ、すまない。そういう意図はないんだ、ただ疲れただけで。何もしない、断じて」
「なぜそこに寝る。自分の部屋があるだろう」
「ルクの側が一番安心するんだ。自分の部屋は……なんだか、寒くて」
「暖炉に火を入れるよう、使用人に頼め」
「そうじゃないんだ。ただ、ちょっと……眠れなくてな」
アンナ嬢の弱った声は、なかなか聞いたことがない。
これまでも怒った声や、涙を浮かべる声は聞いたことがある。
だが、このように消え入りそうな弱弱しい声はなんだ。
太陽のような彼女らしくもない。
異国に嫁いでも、ヴァルカンティアにいたころと変わらぬ自由さがあった。
それでメイド長が何度怒声を上げただろう。
心臓が、握られた心地だ。
このまま、彼女を放っておいたら、本当に消えるのではないだろうか。
それは、不快だ。
椅子から立ち上がり、寝台に腰かける。
するとアンナ嬢は、すぐに起き上がってこちらを向いた。
「なんで……」
「ただ、疲れただけだ。我の寝台で何をしようと、アンナ嬢が口をはさむ権利はない」
「……ふははっ。ありがとう、ルク」
「礼を言われることなど、何もない」
「じゃあ、そのまま添い寝してくれないか?子供のころ、眠れないときはジークとよく一緒に寝てたんだ」
「……調子に乗るな。それに、添い寝など」
「ただ隣にいてくれればいいんだ。ここはまだ、私にとって寒い」
アンナ嬢の手は、我の手首を掴んでいた。
彼女の握力は、薪を握りつぶすことすら容易い。
そのまま、我を引き倒して寝かせることなど造作もないだろう。
その手が、ただ触れるほどの弱さで握るのだ。
意味は、まだ我にはわかりかねる。
「それは、側近の差し金か」
「私のわがままだ。どうしても嫌なら、部屋に戻る。嫌なら、ちゃんと言ってくれ」
「……指一本、触れる気はない」
「それでいい。嫌がることは、したくない」
振りほどくにも、それができればよかった。
力が込められていないというのに、手合わせで掴まれた腕を振り払うよりも、難しい。
胸が苦しい。
息が整わない。
アンナ嬢を悲しませることも、寂しい思いをさせることも、許されない。
今ここで、ただ隣で寝ればそれが癒されるなら、それがいいだろう。
彼女は、信じられる人間だ。
嫌がることは、おそらくしない。
嫌ではない、はずなのだ。
アンナ嬢が望むのならば、遂行できる。
なのになぜ、悪寒が止まらない。
「ルク?どうしたんだ」
「……なんだ」
「顔が真っ青だ、それに、なんで泣いてる」
「な、く?」
泣いているのか、この身が。
それを自覚してしまうと、記憶が蘇ってくる。
おぞましい、ステラディア国境での死。
動かないのをいいことに、ツキとともに弄ばれた記憶。
生々しい、あたたかさ、近さ。
好きだった人が、近くなるという意味を。
「あ、あぁぁぁ」
「ルク?大丈夫か、すまない嫌だったか。寝よう、私ももう出るから」
「ひっ、やめ、やめてくれ。ぼくは、そんな」
「どうしたディルクレウス。ほら、息をしっかり吸え」
「ごめ、ごめんなさ、ぼくが、つ、ツキ」
「様子が……側近を呼ぶぞ。待っててくれ」
「いやだ!!!!」
咄嗟に掴んだ腕は、細い。
誰の腕だ?
この腕は、誰がぼくに話しかけてる?
いやだ、あいつらだけは、やなんだ。
息ができなくても、死にそうでも、あいつらは呼ばないで。
よんだら、きみが、汚れてしまう。
「行かないで……おねがい、呼ばないで」
呼吸が苦しい、息が遠のく。
誰かのあたたかい手が、ずっと背中にある。
それだけをおぼえて、意識がぶつりと切れた。




