表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/71

48話 突破口とトラウマ

専属使用人、というものがある。

名の通り、特定の王族の側仕えのみをする使用人。


王以外の王族は、自分で忠誠を誓わせるほどの信頼関係を築き、自分で専属使用人を得る。

命すら預けられる、自分だけの側近。



「で、話を持ち掛けて、相手が了承して、その証として王族の紋章が入った品を渡せば契約成立……まどろっこしいな。そんなの、物に何の意味があるん、だっ」

「王族の紋章はディオメシアにおいて認知の証。捨てることも売ることもできない、契約を結んだ者だと見てわかるものだ」

「それをっ!!自分で作れば!!いいんだな」

「っそうだ。そうすれば、いくらか……勝手が通る信頼になる」

「わか……っらぁ!!」



夜、すでに外は暗く、王宮の人気も少ない。

静かな王宮の中で、我の自室は実に騒がしかった。


寝間着を着たアンナ嬢との、手合わせ。

数日前からの恒例となりつつある、人目を忍んだ訓練。

こちらも寝間着の分、互いに防御のものはない。

武器は怪我をした時が面倒だから、使わずに。


拳を全力で繰り出すアンナ嬢の腕を避け、こちらも顔面に向かって拳を振り下ろす。

だがそれも避けられ、蹴りを繰り出そうとする足に気が付き立ち位置を変えて、軌道をずらす。


会話は小声で。

だが息遣いは荒くなっていく。


そしてアンナ嬢の手が我の首を掴んだ瞬間、手合せは終わった。



「はぁ……この時間が一番胸躍るよ。やはり動かないとなまるものだな」

「毎夜毎夜、つまらないとギリギリまで我の部屋で粘るな。手合わせは済んだだろう、部屋に戻れ」

「今は無理だ。廊下に人がいる、たぶん側近だな。このまま息が整うまで居させてくれ」

「なぜだ」

「顔を合わせれば『早く子を』『早く誘惑しろ』『王妃は不能なのか』といわれる私の身になってくれ。荒い息遣いだけで、勘違いしてくれるなら便利なんだ」



話し声のほうが聞こえる気もするが。

だが、それは名案だ。


奴らときたら、繁殖することしか頭にない。

いずれ毒でも盛られて動けないまま女をあてがわれたら、悪夢だ。

ならば、その状況を偽装したほうが、まだマシだろう。


アンナ嬢は息を切らせたまま、我のベッドに寝転んだ。

寝返りを打つと見えるふくらはぎが、やけに眩しい。


近づけない。

椅子に座って無意味に外を眺めていると、彼女の声がする。



「なんでそっちに座ってる?ルクのベッドだろう、好きに寝ればいいのに」

「アンナ嬢がいる寝台に入れと?」

「……あ、すまない。そういう意図はないんだ、ただ疲れただけで。何もしない、断じて」

「なぜそこに寝る。自分の部屋があるだろう」

「ルクの側が一番安心するんだ。自分の部屋は……なんだか、寒くて」

「暖炉に火を入れるよう、使用人に頼め」

「そうじゃないんだ。ただ、ちょっと……眠れなくてな」



アンナ嬢の弱った声は、なかなか聞いたことがない。

これまでも怒った声や、涙を浮かべる声は聞いたことがある。

だが、このように消え入りそうな弱弱しい声はなんだ。


太陽のような彼女らしくもない。

異国に嫁いでも、ヴァルカンティアにいたころと変わらぬ自由さがあった。

それでメイド長が何度怒声を上げただろう。


心臓が、握られた心地だ。

このまま、彼女を放っておいたら、本当に消えるのではないだろうか。


それは、不快だ。


椅子から立ち上がり、寝台に腰かける。

するとアンナ嬢は、すぐに起き上がってこちらを向いた。



「なんで……」

「ただ、疲れただけだ。我の寝台で何をしようと、アンナ嬢が口をはさむ権利はない」

「……ふははっ。ありがとう、ルク」

「礼を言われることなど、何もない」

「じゃあ、そのまま添い寝してくれないか?子供のころ、眠れないときはジークとよく一緒に寝てたんだ」

「……調子に乗るな。それに、添い寝など」

「ただ隣にいてくれればいいんだ。ここはまだ、私にとって寒い」



アンナ嬢の手は、我の手首を掴んでいた。

彼女の握力は、薪を握りつぶすことすら容易い。

そのまま、我を引き倒して寝かせることなど造作もないだろう。


その手が、ただ触れるほどの弱さで握るのだ。

意味は、まだ我にはわかりかねる。



「それは、側近の差し金か」

「私のわがままだ。どうしても嫌なら、部屋に戻る。嫌なら、ちゃんと言ってくれ」

「……指一本、触れる気はない」

「それでいい。嫌がることは、したくない」



振りほどくにも、それができればよかった。

力が込められていないというのに、手合わせで掴まれた腕を振り払うよりも、難しい。


胸が苦しい。

息が整わない。


アンナ嬢を悲しませることも、寂しい思いをさせることも、許されない。

今ここで、ただ隣で寝ればそれが癒されるなら、それがいいだろう。

彼女は、信じられる人間だ。

嫌がることは、おそらくしない。


嫌ではない、はずなのだ。

アンナ嬢が望むのならば、遂行できる。


なのになぜ、悪寒が止まらない。



「ルク?どうしたんだ」

「……なんだ」

「顔が真っ青だ、それに、なんで泣いてる」

「な、く?」



泣いているのか、この身が。

それを自覚してしまうと、記憶が蘇ってくる。


おぞましい、ステラディア国境での死。

動かないのをいいことに、ツキとともに弄ばれた記憶。

生々しい、あたたかさ、近さ。


好きだった人が、近くなるという意味を。



「あ、あぁぁぁ」

「ルク?大丈夫か、すまない嫌だったか。寝よう、私ももう出るから」

「ひっ、やめ、やめてくれ。ぼくは、そんな」

「どうしたディルクレウス。ほら、息をしっかり吸え」

「ごめ、ごめんなさ、ぼくが、つ、ツキ」

「様子が……側近を呼ぶぞ。待っててくれ」

「いやだ!!!!」



咄嗟に掴んだ腕は、細い。

誰の腕だ?

この腕は、誰がぼくに話しかけてる?


いやだ、あいつらだけは、やなんだ。

息ができなくても、死にそうでも、あいつらは呼ばないで。


よんだら、きみが、汚れてしまう。



「行かないで……おねがい、呼ばないで」



呼吸が苦しい、息が遠のく。

誰かのあたたかい手が、ずっと背中にある。


それだけをおぼえて、意識がぶつりと切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ