47話 国を動かす提案
王の仕事は忙しい。
自国の民が飢えていないか、作物の実りは十分か、外商の輸入品は適正か。
そのほかにも、軍備や水の整備、民衆の陳情を聞いて改善。
ディオメシアのことだけでも忙しいが、その上多くの属国を抱えている。
貴族の中から仕事ができるものを大臣として登用してはいるが、すべての決定権や確認を行わなくてはいけない。
唯一あの愚王が成した善いことは、仕事をしていなかった点だ。
王が頼りないと、登用に値する者たちはよく働く。
だが、最近の悩みの種は執務ではない。
「素晴らしいな。ディオメシアの貴族社会は面倒だが、任命されたものはそれをかなぐり捨てて仕事をする。父様とは違うやり方だが、すごいじゃないかルク」
「アンナ嬢、なぜここにいる。今は昼間だ」
「この王宮はもう私の家でもある。居たい場所に居て何が悪い?」
「執務中だ。自室に戻れ、気が散る」
「私は何もしていないぞ?そんなに忙しいなら、私にもやることを分けてほしいものだ。暇で暇で死にそうなんだよ」
執務室に設置された椅子に腰かけ、窓辺で本を読んでいるアンナ嬢は不機嫌だった。
夫婦になってから数日は、物珍しさが勝ったのか王宮内を散策していたはずだ。
だが、この一週間以上は昼間は我の執務室、夜も我の自室に居座っている。
そして、日に日にため息の数が増えていた。
すでに彼女にねだられて手に入れた本は、数十冊以上。
我は王妃の生活というものを知らない。
だが、彼女の世話をしているメイド長がいるのだから、一般的な王妃らしい生活をさせているはずだ。
「だって武器を握れば『女性なのにはしたない』、こっそり兵士の訓練に混ざったのに一瞬でバレて怒られる、自室が広いから体術の訓練を一人でしただけなのに『危ないです』と止められる」
「メイド長は礼節やマナーに厳しい。彼女の指示通り過ごしていれば、民衆からも貴族からも非難の出ない王妃になるだろう」
「その前に体がなまって動かなくなってしまうぞ。仕事をくれ、やることがないとつまらない。この執務室にはルクしかいないから忙しいんじゃないのか?私が手伝ったほうが早く終わるぞ」
一人だから忙しい、ということはない。
別室で大臣たちも仕事をしているし、憎たらしい側近一族もそれに加わっている。
ただ、今ここでは一人であるだけ。
必要な時以外、この執務室には入らないように命じている。
特別な理由などない。
一人のほうが、余計なものがないだけだ。
「我が好きでやっていることだ。暇であれば、それなりの仕事を用意しよう、兵士の育成であれば枠はいくらでも作れる」
「それだって悪くないが……せっかくディオメシアの王妃になったんだ。この国を良くするために、武力以外のことをしてみたい。差し当たって、提案があるんだが」
「何?」
「ヴァルカンティアの移民を、ディオメシアでいくらか面倒みたい。もちろん同盟国として出資してもらえるように父様にも手紙を出す!!」
思わぬ提案だ。
まさか、アンナ嬢の口から国家運営に踏み込む発言があるとは。
本を置き、机に向かう我の前に立つアンナ嬢の顔は、こわばって見えた。
移民の受け入れか。
ディオメシアの利点は、労働力の確保だろうか。
だが、それを面倒みる資金や教育の手間、住む場所や、国民との軋轢を生みかねない。
なにより、ディオメシアはヴァルカンティアよりも戦いに慣れていない。
我が国民も穏やかではあるが、ヴァルカンティアの晴れたような人間性を皆が持つわけではないのだ。
「なぜ必要なんだ。ヴァルカンティアのことはそちらでやればいい」
「それはわかっている。でも……これは、私のわがままだ。それは十分理解している」
「だったらなぜ進言した。ただの要望にすぐ応えられるほど、国の運営は甘くないとハイネ殿に教わらなかったのか」
「……罪滅ぼしだ。私のせいで、先の戦いでは多くのヴァルカンティア人を死なせた。孤児になった者も、伴侶を失ったものも、子を失った老人もいる」
「それをディオメシアに負わせる意味がない。ヴァルカンティアで何とかしろ」
「あの戦いで国境を越えられたのも、毒の霧に真っ先に立ち向かったのも、最後に王族を捕らえたのもヴァルカンティアだ!!遺されたものの面倒を見るくらい、考えてほしい!!」
アンナ嬢は、感情で動きやすい。
そのあたりは、アランに似ているのだろう。
アンナ嬢の言うことにも一理ある。
ヴァルカンティア兵の身体能力と、異常な打たれ強さによってあの戦いは終結できた。
後始末も進行しているが、遺族の扱いは報奨金以外進んでいない。
「報奨金は出るだろうが、子供や老人はお金をうまく扱えない。それに、いきなり多くの人間を失ったヴァルカンティアはそこまで手が回らないんだ。だから希望者はこっちに呼んで、報奨金に充てる分を面倒を見るための資金にして……」
「王妃様、陛下の手を煩わせるのは、夜だけになさいませ」
ノックもなしに扉が開かれた。
この我に、立場のわかっていないような物言いをする人間は限られている。
黒いローブをまとった、カラスのような人間。
今日の側近は、我よりも年上らしい女性。
なぜ側近の一族は性別年齢関係なく、王族を人間扱いするような物言いをしないのか。
結婚してからほぼ一か月、一度も行為に及んだ形跡が見られないので焦れているのだろうが。
「言うことを聞く必要はありません。第一、外国からの人間で専属の使用人もいないのです。信頼も何もない」
「貴様は、そう思うのか」
「ええ。そのような時間があるならば、早く妊娠していただけませんか?二人きりにしたというのに、不毛な提案しかしない役立たずではありませんか」
「……ほう」
アンナ嬢は、側近を睨みつけていた。
拳を震わせて耐えているのは、褒めるべきだろう。
彼女の本気の張り手だけで、普通の人間であれば昏倒すらできるのだから。
側近の女の言うことは気に食わない。
頷ける部分もあるが、アンナ嬢をただの胎と見るのは気分が悪いな。
「アンナ嬢の提案は受けられない」
「ルク……」
「実にご英断です陛下。王妃様、邪魔ですので早くお戻りを」
「だが、条件を達成したら許可しよう」
「陛下!?」
側近の焦る顔は、いつ見ても気分がいい。
王族を祝福の道具としか見ないお前たちの言うとおりに、なるものか。
アンナ嬢の目には光がある。
提案も、妥当なもの。
これから先、彼女が王妃として立てるかは、彼女次第だ。
「信頼のおける専属使用人の確保、根回し、具体的な提案。そのすべてができれば検討する。重役の大臣たちを、黙らせてみろ」




