46話 初夜の求婚
式が終わった。
会食も終わった。
これで、正式にアンナ嬢と夫婦となってしまった。
なんだ、この重軽い胸のつかえは。
「浮かない顔をしないでくれないか。私が悪いことをしたみたいじゃないか」
「アランを投げ飛ばしたのは、アンナ嬢だろう」
「あれは本当に奴がおかしかったんだ。変な奴もいたし、目を覚まさせてやろうとしたら手が滑った」
「そんな人間、あの付近にいたら近衛兵が捕まえている」
「でも本当に居たんだ。黒い布を頭から被って、不審な……あれ、どんな顔だったか」
「疲れているなら部屋に戻れ」
「いやだ」
ソファーに腰掛けるアンナ嬢は、幼稚に返答した。
外は暗闇。
客室に泊まっている来賓もいるが、すでに静まり返った王宮内。
すでに重々しい正装を脱ぎ、着慣れた軽装に着替えてくつろいでいるとアンナ嬢がやってきた。
しかも寝間着で、素足。
それが悪いとは言わないが、彼女の足がみだりにほかの者の目に入るのは、よくない。
使用人に履くものを持ってこさせるため、自室に入れたら居つかれてしまった。
「アンナ嬢、もう夜だ。部屋は与えただろう、女性が一人で男の部屋に来るな」
「そのアンナ嬢ってどうにかならないのか?妻に使うものではないだろう」
「話を逸らすな」
「それに、なぜ来てはいけないんだ?私たちは、もう夫婦なのに」
「戻れ。履くものも与えただろう」
「新婚初夜に妻を放り出す夫がどこにいるんだ?」
矢継ぎ早に出てくる言葉のすべてが、正しいのだろう。
距離を縮めるアンナ嬢のほうが、夫婦としては最適なのかもしれない。
正常な夫婦というものを、アンナ嬢の両親しか知らないが。
アンナ嬢がここに来る前、側近は「必ず成功なさいますよう」だの、メイド長も「無理をさせてはいけませんよ」だの言っていたが、いらぬ心配だ。
「我はアンナ嬢を抱く気はない。部屋に戻れ」
「子供を望まないのは知ってるさ。でも夫婦同士の重要な交流の一つじゃないか」
「どこで学んだ。おぞましいことを言うな」
「我が両親だとも。何がおぞましいんだ」
「会話で十分だ。戻れ」
「い、や、だ。そもそも、私はルクの願いをかなり叶えているんだぞ?少しくらいこちらに譲歩してもいいじゃないか」
「頼んでいない。性欲処理が必要ならば愛人でも作ればいい」
あわよくばそれで孕んでほしいものだ。
そうすればあの側近も騙せるかもしれない。
……いや、慣習の中に『生まれた王の子を即座に殺し、蘇生を図る』というものがあったな。
うまいことごまかせるか?
あの側近たちのことだ、執念深く本物の祝福が働くかよく見るだろう。
妙な関係性だ。
国家運営において側近は必要だが、そのすべてが死とそれに伴う蘇生のためにある。
「すぐに抱いてくれというのも無理な話か。では、もう一つの願いをかなえてくれないか?」
「今度はなんだ」
「求婚してほしい」
冗談かとソファーを見る。
だが、アンナ嬢は全く笑っていなかった。
本気で、さっきの言葉を言ったらしい。
すでに結婚した夜に、おかしなことを言う。
「して何になる」
「私の思い出に残る。だめか?ただルクから言葉が欲しいんだ」
「なぜだ」
「恥ずかしいが……憧れだったんだ。プロポーズを受けて、好きな人と式を挙げるのが。小説に出てくるんだよ、それが夢の一つだ」
「あの時アランを選べばすべて叶った」
「本当にルクは鈍いな。ほら、それをしてくれたら今日のところは戻る!!だめか?」
何が恥ずかしいのか理解できない。
我の言葉にそれほど力があるとも思えない。
言葉のカリスマ性で言えば、アンナ嬢のほうが比類ないだろう。
だが、出て行ってくれるのならば従う。
それに、そういわれてしまうと、何故か要望を叶えたくなってしまう。
ハイネ殿か、アニータ殿、どちらに仕込まれたのかはわからないが。
凄まじい話術というべきだろう、外交の場で使用すれば、敵なしだ。
椅子から立ち上がり、アンナ嬢の座るソファの前に立って見下ろす。
期待しているのだろう、緑色の瞳が輝いていた。
「気の利いたことは言わない」
「承知の上だ。ルクの言葉で聞かせてくれ」
「『我と結婚しろ』。これでいいか」
「なんでそれでいいと思ったんだ」
「要望通り求婚したまでだ」
「それはただの事実だろう。もっとこう、どこが好きとか」
「政略結婚に求めるのが間違いだろう」
アンナ嬢は、ぐずぐずと粘る。
これ以上の言葉などないだろう。
そもそも、求婚という概念が分からない。
ヴァルカンティアに同盟代わりの政略結婚を持ち掛けたことが、求婚になるだろうか。
それがアンナ嬢の望み通りではないから、こうなっているのか。
「ルクは頭がいいのに、世界を知らないな」
「条件は満たした。早く戻れ」
「わかった。じゃあ来週また求婚してくれ」
「聞いていないぞ」
「あれを求婚とは認められない!!そうだ、欲しいロマンス小説があるんだが、使用人に頼んでもいいか?」
「……好きにしろ」
「そうするよ。じゃあおやすみ、ルク」
アンナ嬢はドアをわずかに開けると、足音もなく自室に戻った。
ようやく静かになった部屋で、息をつく。
だが、部屋の中にアンナ嬢の匂いがかすかにして落ち着かない。
その日、初めて香水を部屋に撒いて寝た。
安眠などできるはずもない。




