44話 紅白の花嫁
雲一つない空だった。
青く、自分には似つかわしくない天気だ。
暦の上では、最も太陽に愛された日。
身に纏う白の装束は、どこか他人事に感じられる。
使用人たちが朝から整えた外見は、鎧がないせいか物足りない。
王冠が邪魔で取ろうとすると、年嵩のメイド長に怒られてしまった。
「陛下、いけませんよ。それは王の正装なんですから」
「マント、王冠、宝石の多い杖。無駄ばかりだ」
「すべて始祖ディオメシウスから受け継がれているものなのですよ。文句はなしです!!本当にあなた様はいくつになってもわがままですね。これでは離れるのが不安ですよ」
「アンナ嬢はさらにわがままだが」
「何をおっしゃいますか!あの方はもっといい子ですよ。それに、夫婦なのにいつまでそう呼ぶんです?」
使用人は若いものばかりではない。
このメイドは、兄様姉様たちが子供のころから仕えているメイドだ。
幼いころを知っている人間は、いつまでもそれに浸りたがる。
彼女以上に、信頼のおける使用人もいない。
だからこそ、この年嵩のメイド長は結婚後、アンナ嬢につくように指示したというのに。
「アンナ嬢は」
「もうお待ちですよ。お部屋にいらっしゃるでしょうね、早く見てきてはいかがです?」
「なぜ見る必要がある。教会で会うだろう」
「ま~ロマンが分からない殿方になりましたわね陛下。ほら、こっそり行ってらっしゃいませ!!そのまま馬車に乗って教会までエスコートするのですよ」
「なぜだ。それぞれで向かえばいい、教会は王宮内にあるのだから」
「減らず口は言わないものです!!さあ、さあ!!」
メイド長に、部屋から追い出された。
すでに腰も曲がっているというのに、生きがいい。
なぜ叱られた?
ロマンも何も、わかるわけがないだろう。
女というものは、いきなり機嫌が良くなったり悪くなったりする。
その理由くらい、明示してほしいものだ。
仕方ないので、アンナ嬢の部屋へ向かう。
歩いて数十歩の、すぐ近い距離。
新しく片付けたその部屋をノックすると、すぐにアンナ嬢の返事があった。
そして扉を開けば、そこには純白に身を包んだアンナ嬢が鏡の前に座っている。
こちらを向いて、妙に機嫌が良さそうだ。
「美しいか?ふふん、使用人の女性たちと支度で盛り上がってしまってな。随分とふわふわなもので動きづらいが、ウェディングドレスというものはこういうものなのだろう?」
「知らん、結婚式など見たこともない。行くぞ、教会に」
「急ぎすぎだ、そんなに早く結婚したいのか?」
「我は結婚したくないと何度言えばわかる」
「じゃあ聞かせてくれ。私は今回、美しくないのか?」
脈絡もない質問だ。
からかい交じりに言葉を発したかと思うと、途端に心配そうに見上げてくる。
賢いアンナ嬢であれば、昨夜の会話もこれまでのやり取りも覚えているだろう。
読めない女だ。
一つも思い通りになってはくれない。
「前は言ってくれただろう?それとも、私がこんな豪華な服を着るのは、見苦しいか」
「アンナ嬢が美しくない時など、あるのか?」
「……そういうところだぞ、ルク」
「その呼び方はやめろ、かゆくなる」
「いやだ。はぁ~、ふふふ、悪いな。これでもひどく浮かれているんだ」
楽しそうに、目尻を下げて表情が緩んでいる。
奇特な人間だ。
この地獄に嫁ぐというのに。
彼女の赤銅色の髪が、日差しで輝く。
首回りには何もアクセサリーがなく、胸元の健康的な肌が妙にまぶしくて目をそらした。
「首は、どうにかならなかったのか」
「ここには、教会でルクが私を表す宝石の首飾りをくれるんだろう?ディオメシア王家の習わしだと聞いたぞ」
「目のやり場に困る」
「私には何が似合うんだ?王様が決めるんだろう?楽しみだ、ルクからの贈り物か。君は黒曜石なんだろう?目と髪の色と同じなんだな」
「逃げられない王族の証だ。それに、あの愚王が勝手に当てはめただけのもの」
「それでも、今日からルクの家族になる証だ」
「物好きが」
「そっちこそ」
このままでは埒が明かない。
よく喋るアンナ嬢のそばに寄り、椅子に座る彼女をそのまま抱き上げた。
ドレスは掴みどころがないが、彼女は咄嗟に我の首に腕を回す。
思ったよりも軽い。
この体が、恐るべき力と強さを持っているとは想像もできないだろう。
アンナ嬢は、顔を赤らめて笑っていた。
「教会は、あの地下教会の真上だ。馬車で数分、いくぞ」
「このままでか!?」
「メイド長にロマンが分からないと言われた。以前、アンナ嬢が見せたロマンス小説と同じことをすれば、文句はあるまい」
「なんで……あの本は一度しか読んでないはず」
「一度読めば覚える。黙っていくぞ」
アンナ嬢が黙り込んだので、ちょうどいい。
そのまま馬車まで抱えていき、二人で乗る。
教会までの数分、教会についてからも彼女は顔を赤くして黙ったままだった。
先に教会に入れば参加者が皆、我を見ていた。
この国の貴族は当然だが、来る客人の顔は皆把握している。
前のほうに、ヴァルカンティア宰相夫妻の姿があった。
他、参加者も予定通りだろう。
だが、知った顔が一人いない。
「おい、側近。どうせいるだろう」
「はいここに。いかがなさいましたか」
「アランはどうした。ヴァルカンティアの王だろう、来ると聞いている」
「……おかしいですね、先ほどまでいらっしゃったんですが」
「貴様、何か謀っているか?」
「誓ってございません。今回の宝石授与とそれに伴う結婚式は、王家の存続に非常に、非常~に大事な行事ゆえ。一族総出で準備いたしました」
側近たちは有能だが、そのすべてが祝福のためだと思うと消し去りたくなる。
まぁいい。
アンナ嬢をいつまでも待たせてはおけない。
我はそのまま注目の集まるステンドグラスの下へ行く。
ディオメシア王家の結婚の儀は特殊だ。
先に宝石授与の儀……王族の証となる宝石を明示する宣言を行う。
そのあとに結婚の誓いを交わす式だ。
「皆、本日はお集まりいただき感謝する。今日、我は王妃を迎えることとなった」
静まり返った教会の中、自分の声だけが響く。
謁見の間ではやかましい貴族どもも、今日は静かだ。
教会の扉が開かれる。
そこには、純白に身を包んだアンナ嬢が立っていた。
堂々と、先ほどの赤面はどこにもない。
多くの視線にさらされても、緊張などしていないようだ。
ゆっくりと、一歩を踏み出す。
その時だった。
「その結婚、ちょっと待ったー!!」
大きな声が、耳を震わせるほどにはっきりと響く。
それは、アンナ嬢のすぐ後ろから。
アンナ嬢の手を掴み、掲げるその男。
赤銅色の、アンナ嬢と同じ髪色がまぶしい、太陽そのもののような男がそこにいた。




