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43話 与えられた愛称

「では明日の段取りはこれで」

「明日いらっしゃる貴族の方の席は?」

「食事の下ごしらえは完璧です!!」

「アンナ様のドレスと宝石は?」

「宝石は明日陛下が発表されるまで保留よ」



自室に入り、横たわっても眠れない。

仕方なく王宮内を歩き回れば、使用人たちはまだ忙しく準備をしていた。


明日は多くの人間がやってくる。

結婚式など興味もなく、会食など苦痛でしかないが避けられまい。


まして、明日はヴァルカンティアからハイネ殿とアニータ殿も来る。

アランまで来ると連絡があったが、久方ぶりに会う暑苦しい彼がおとなしくしているのかは疑問だ。


使用人に見つからないよう、庭へ出た。

眠れないことは、今に始まったことではない。

素振りをすれば少しは落ち着くと、片手に愛剣を持ち歩いていくと先客がいた。



「アンナ嬢、なぜここに」

「……悪かったな。結婚したくもない女が、勝手に庭を歩いて」

「庭を歩くのに、許可が必要なのか」

「それを私に聞くな。ここの主人はお前だろう」



月の光だけが照らす東屋で、彼女は一人空を眺めていた。

淑女らしくもない、寝間着に素足の様子はヴァルカンティアにいたころと何ら変わらない。


随分と、言葉を交わすのは久しぶりだ。

蘇生した地下教会以降、一か月が経つが、彼女は事務的なこと以外で口を開かなかった。


あの日の涙も、その弁解も、できないまま。

それでも彼女はあれから一か月ヴァルカンティアに帰らず、側近の言うがまま王宮に居続けている。


それが我慢ならないと、何度側近を縊り殺しそうになったか。

式の前で忙しい時期でなければ、切っていたところだ。



「なぜ、祖国に戻らなかった。ハイネ殿からの書簡は届いただろう、心配しているとあった。望むならば、側近はいつでも排除しよう」

「追い出したいならそう言え。でも残念だったな、私はディルクレウスの隣から退く気はないんだ」

「明日になれば、正式に婚姻を結ぶことになる。簡単に戻れないぞ」

「私の逃げ勝ちだな!!指揮官として成長して、戦争を終わらせたんだ。これ以上、王様でも口出しできないだろう?」



アンナ嬢の言うことは、間違っていない。

我は、ハイネ殿との賭けに負けたのだ。


もとより、同盟のための政略結婚。

すでに敵は属国になった以上、順序が逆だが今後も関係を続けるためだ。


問題は、アンナ嬢の自由を我が奪っていくことにある。


東屋に入っても、アンナ嬢は動かない。

対面に座っても、こちらを見ずに月を眺めていた。



「わかったはずだ。我と契ることは、不幸しか生まない。ヴァルカンティアにいたほうが、よほど自由だっただろう」

「自由は確かに。でも、私はちっとも後悔してない」

「我が、子供を望まないとわかってもか」



アンナ嬢の視線が、初めてこちらを向いた。

射貫くような、驚きは感じられないまなざし。


まるでハイネ殿のような眼をする。

やはり、父娘なのだ。



「それは、ディオメシア王族唯一の人間として許可されてるのか?というか、それならなぜ政略結婚なんて持ち掛けたんだ」

「これまで誰にも言ったことはない。我が欲しかったのは、何を言われても従順に耐えるお飾りの王妃だ。もとより生殖など望んでいない」

「なぜ望まない?子供が嫌いでも上に立つ以上仕方ないだろう」

「祝福を、我で最後にしたい」



不思議と、手が震える。

寒い気候ではないというのに、呼吸が浅くなる。

拳に力を入れても、震えは止まらず指先が冷えるばかり。


おかしなものだ、毒の類は盛られていないはずだが。


アンナ嬢の顔を見る。

いつの間にか、彼女はこちらに向き直って正面からこちらを見ていた。



「祝福の詳細は聞いている。危惧しているのは、生まれる子供が蘇生の対象になることか?そもそも、死なないということは紛れもなく『祝福』だろう。なぜそこまで嫌うんだ」

「我は、ハイネ殿ではない」

「何を当然のことを。父様は父様だろう」

「我は父を、知らない。あの愚王は父でも何でもなく、ただ子供を回復する手駒にしか考えていない男だった。母も生まれてすぐに死んだ、我は親を知らない」

「それが何と関係がある」

「同じ人間を作るのならば、この血も王座も、すべて絶やしたほうがいい」



このような人間を逸脱した血など、あるだけで不幸だ。

狂った人間が、犠牲になった命がこの王家には多いのだ。


兄様姉様だけではなく、我を生んだ女も、過去を遡り同じ目にあった王族たちも。

何が祝福なものか。

これは呪いだ。


誰が、なぜ、こんなものを。



「アンナ嬢を道連れにできない。どこにいるかは知らないが、ジークたちに協力を仰いで逃げたほうがいい」

「なんだ、そんなことか」



アンナ嬢は、こちらに寄ってきた。

無防備に、構えの一つすら見せずに。


なぜ彼女はこうなのだろう。

動きの一つ一つが、何かを払拭していく。

見下ろす視線一つすら、希望が含まれているようでならない。



「じゃ、協力してやろう。私と、王政廃止でもするか。二人ならきっとできる」

「何を言う。今我が述べたのは、君に不利益しかないものだ」

「いいや利益だね。私は、ディルクレウスが進む道の隣にいたいんだ。うん、王と王の子に祝福が降りかかるならば、王というものを形式的になくせばいいのではという話だろう?」

「君はそこまで馬鹿だったか?この間は泣いて叩いただろう」

「失礼な、馬鹿はそっちだ。ちゃんと説明してくれればいいものを、あんな言い方までして」



なぜだろう、あからさまにアンナ嬢の機嫌が良くなった。

女というものは、本当に意味が分からない。


先ほどまでの不機嫌はどこに行った。

彼女を理解できないのは、年がいくつか離れているせいか?

不利益の説明をしたというのに、なぜ話す前よりも笑顔なんだ。



「では、私は寝る。明日は飛び上がるほどに美しいからな、しっかり誉め言葉を考えておけ」

「待て、まだ話は終わってないぞ」

「終わったよ。少なくとも、私は納得した。間違っても誰にも言わないから安心してくれ」

「我は何もわからない」

「じゃあ夫婦になってから知っていこう。でぃるくれ……そういえば、名前長すぎないか?毎回舌を噛みそうだ」



相変わらずの性格だ。

こちらを置いて行ってしまう。


ヴァルカンティアでも何度もあったことだ。

それなのに、つかみきれない。


こちらの止める声を無視した彼女は、東屋を出てからこちらを振り返る。



「ルクだ!!いいな、省略すれば呼びやすい。これからはそう呼ぶからな、おやすみ。ルク」



あまりに楽しそうに、愛称を呼ぶアンナ嬢。

その顔を前にして、なぜかやめろとは言えない。


この可憐な人が、妻になるのだと。

それを自覚すると、心臓が握られたように苦しかった。

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