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42話 手加減された痛み

夢を見た。

死んでいる身で、夢など見れるはずもないのだが。

死んだときは、いつも見るものだ。

もう珍しくもない。


『アンナは死んだ。いつまでその話をする』

『しかし、再婚の相手が顔だけの平民女など、誰も納得しません!!』

『はっ!!我の出生を知っての言葉か?』

『ですが、これでは王女様はどうなるのです!?』

『皆の者、こやつをつまみ出せ。口が過ぎる、永遠に黙らせろ』


いつも、見たことのない人間を夢に見る。

今日は、知らない家臣らしき男が我に苦言を呈す様。


話の内容も、全く身に覚えのないもの。

だが一番反吐が出るのは、そのような言葉を発している声が、自分のものと同じということだ。

我が、平民の女相手に再婚だと?

バカバカしい、アンナ嬢を軽んじられるものか。


『陛下、属国に反乱の動きありとのことです』

『近衛隊を向かわせろ。そのまま制圧だ』

『陛下は、足を運ばれないのですか』

『我は王だ。それは仕事ではない』


この夢に登場する人間の視点は、気分が悪い。

毎回毎回、父とも思いたくない愚王のように振る舞う。


王位を得たいがために、私欲で兄様姉様を排除した。

ヴァルカンティアとの政略結婚後、国交のやり取りをないがしろにした。

自分では戦地に赴かず、無謀な要求ばかりを繰り返していたずらに兵を死なせた。

そして此度は、私欲で再婚相手に平民の女を選んだ、と。


ひどい悪夢だ。

だが、これに感謝をしている。

これが、我のゆくだろう未来を暗示しての悪夢であれば。


そうならないよう、己を律することができる。


我は、この夢の通りにはならない。

この祝福を終わらせるために、王を我だけで終わらせる。

そのために、この不死の体はいくらでも使える。

アンナをないがしろにして再婚など、するはずがない。



「……アンナ嬢」



そうだ、側近の奴らめ。

あいつら、あの後何をしたのだろう。

祝福を外部に漏らさないために、アンナ嬢を遠ざけただろうか。


死が近づいたときは、すべての感覚が遠くなる。

その状態で何をされても、我は抵抗できないとツキの件でよく知っていた。


祝福にかかわったら最期。

ディオメシアに縛るには、彼女は有望すぎた。

まだ詰めの甘さや冷徹さは足りない。

それでも、賢く強く、太陽の下が似合う女。


あの忌々しい王宮に、迎えてなどいけない。



「はやく、目覚めなければ」



思考しかできない部分から、何とか肉体の感覚を思い出す。

頭、眼球、口、喉、肩。


蘇生から目覚める時、いつも体が新しく作られる感覚がある。

これは、何十回も経験しても気持ちが悪い。

腕、指先、胸、心臓。


自分が、人間ではないのかと思い知らされる。

この感覚に、兄様たちも狂って病んでいったのだ。

もう、元の自分はどこにあるのだろう。

腹、腰、足、足先。


……そのような思考は、今は不要だ。

早く造れ、早く目覚めろ。

アンナ嬢が、どうなったかわからないだろう!!



「っはぁっ!!げほっ、ごほっ」



重たい瞼も、鎧よりも動かしにくい体も、簡単に動いた。

いきなり動いた代償に、肺が空気を取り込み損ねて咳が出る。

横たわった状態から、体を起こせば当然だ。


どうでもいい、ここはどこだ?

わかっている、王宮敷地内の蘇生用地下教会か。


アンナ嬢はどこへ行った。

彼女が祝福を知る前に、側近たちを黙らせる!!


だが、我に降ってきたのは沈黙ではなかった。

側近の誰かの、冷たい声でもない。

温かくも堅い掌と、涙声だった。



「ディルクレウス!!よかった、ほんとうに生き返った……よかった……!!」

「ア、ンナ、嬢。なぜ」

「なぜも何もあるか。私は君の妻だぞ、夫が危ないのに離れろと?」

「違う……違うだろう!?離れろ、今ならまだ見逃される!!側近なら我がすべて殺す、すぐに逃げ」

「もう遅い。ディルクレウス」



アンナ嬢は、我の手を強く握った。

手袋も防具もない、素手のままの手。

姉様たちにはなかった、強くなるために戦う人間の手だ。


なぜだ、なぜここにいる。

ここは祝福の中枢、祝福を持つ王族が一日で蘇生可能な唯一の場所。


入るには、側近のカギが必要だ。

そして今、人間の蘇生をその目で見てしまったのか。



「遅い、だと」

「すべて聞いた。王と、王の子にのみ受け継がれる不死の祝福のこと。懇切丁寧に教えてくれたぞ、あの側近たちは」

「馬鹿な。何を聞いたかわかっているのか。やつらは、知った人間を野放しにしない」

「承知の上でここまで一人できた。何度も念押しされたよ、側近たちに」

「ならばなぜ」

「わかっていて聞くのは、いじわるが過ぎないか?」



アンナ嬢を理解できたことなど、ほとんどない。

まして、彼女との交流はヴァルカンティア滞在一か月と、今回の戦いにおける三日間だけ。

手紙も、言葉を交わした回数も多くはない。


なぜ、いじわるだと言われるのか。

どうして、逃げてくれなかった。

なぜ、覚悟のこもった目で我を見るのか。


情けなくも、彼女に武闘会で負けた男だぞ。

以前見せてくれた、清いロマンス小説のような男ではない。


アンナ嬢が頬を赤らめる理由すら、判別ができないのだ。



「ディルクレウス。私と一緒にロマンス小説を見たなら、少しくらい察してくれ」

「無理だ」

「無理なものか。私たちはもう夫婦になることが決まって」

「我は君と結婚しない」



その瞬間、地下教会に破裂音が響いた。

武器によるものではない、もっと軽く、手加減をされたもの。


君が本気で殴ったら、吹き飛ぶのは知っている。

アニータ殿譲りの剛腕で、何度も人を伸しただろう。

だから、理解しがたい。


左頬が熱いこと、アンナ嬢が手のひらで我を打ったこと。

あの夜のように、目が潤んでいること。



「泣かないでくれ、アンナ嬢」

「誰が泣かせていると思ってるんだ」



一滴、涙が絨毯に吸われたが、妙に美しい。


その直後、入ってきた側近によって話が終わり、引き離される。

それから我はアンナ嬢に避けられ続けた。


結婚式の、前夜まで。

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