41話 体の限界と眼前での死
「ディルクレウス、ディルクレウス!!お前、なぜこんなところにいる!!」
勇ましい、高い声だった。
間違うはずのない、アンナ嬢の声。
体に触れるな、激しく揺さぶるな。
毒が、収まるまでは。
「終わった、戦争が終わったんだ!!さっき、ジークが降伏の国書を持ってきた!!何をした、いったいお前は、なぜあの中を生きている!?」
脅威……あの荷物の中に潜ませた、ヴァルカンティア特別スパイたちは、仕事を遂行したらしい。
実にいい結果を持ち帰ってきた。
目を開けると、仰向けの視界に泣いているアンナ嬢と、無感動に見下ろすジークがいた。
そこにいるのであれば、アンナ嬢を引き離してはくれないか。
そう言いたくても、喉が息を通すだけでひどく痛む。
「あーあ、毒で喉から焼かれてますね。なんでこれで生きてるんだか……よくもまあ囮なんか引き受けて、ご丁寧に運んでくれましたねえ」
「どういうことだジーク。やはり、毒なのか」
「はい。このかっこつけは、俺たちスパイに毒吸わせないように積み荷に偽装して、城内潜入させるために無茶しやがりました。おかげで、無条件降伏成立です。素晴らしく忌々しい」
「無条件ではないだろう!?いきなり意見を変えるなんて、なにかあったんだ。何をした」
「そういうのは聞くなよアンナ。……ほら、適材適所ですからね。汚れ仕事も」
見せつけるようにジークが、眼前に国書を突き付けた。
『ソルディア・ステラディアは、無条件で降伏する』
正式な王族の印も入っている。
間違いなく、これは本物の国書。
それで、戦争は終わったのか。
ようやく、これで戦わなくて済む。
あの愚王の起こしたものをすべて、清算できた。
「お、わ、った、か」
「終わった、終わったんだディルクレウス。すまない、すまなかった……結局、全部君の責任にしてしまった」
「それは後にしますよ。まずは帰還しましょう。何の毒か知りませんけど、さっさと治療させないと」
歓喜、とはこのことか。
ようやく、自分の好きにできる。
問題はすべて解決した、これで目標に向けてディオメシアを動かせる。
祝福を、なくすんだ。
王さえいなくなれば、きっとこの呪いは解ける。
王政を廃止して、民が幸せに生きる国にすれば。
我が、最後の祝福になれば。
兄様たちを、送ったことも、許されるだろうか。
死んだ後で、兄様たちは褒めてくださるだろうか。
「こんなところにおりましたか陛下。探しましたよ、瀕死ですか?それはちょうどいい」
耳についたのは、ジークでもアンナ嬢でもない声。
体を動かすことすら難しい今、予想はしていた人間のもの。
黒い、靡くような服に身を包み、王族の死体を漁るカラス。
側近一族の、男のものだった。
「その服、側近ですかね?俺見ましたよ。あんたみたいな男が、謁見の間でスパッと首切られたの」
「あの際にいらした兵でしたか。私は後任でして、ディオメシア王専属の側近です。離れてください、陛下の身柄を渡してもらいます」
「待て。毒で危うい状態なんだ、このままディオメシアまで帰るのはきっと持たない。ヴァルカンティアのほうが近いだろう?このまま任せてはくれないか」
「治療ですか?それを許すとでも?この方は我々の唯一の『至宝』ですので、結構です」
「死んでしまうぞ!?これから同盟を結んで、私はディオメシアに嫁ぐ身だ。信じられないとでも!?」
ついてくるだろうとは、思っていた。
だがまさか、あからさまに迎えに来るとは。
至宝などと笑わせる。
王位などどうでもいい、祝福だけを追い求める一族。
大方、このままでは死ぬと見込んで来たか。
喉がひどく痛む。
鉄の味を感じながら、声を絞り出した。
「はな、れろ。かえ、る」
「ほら、陛下もそのように仰せですから。部外者は適当に後処理お願いできますか?ああ、結婚のことについては後日席を設けますから」
「でも」
「ヴァルカンティアの娘だか知りませんけどね。これは王家の問題ですから」
お前のためではない。
アンナ嬢と、ジークのために。
祝福など、秘密が漏れてみろ。
側近たちは、殺すまで追うに決まっている。
そうだ、こいつら一族も少しずつ根絶やしにしなければ。
こいつらがいては、祝福の根絶などできはしないのに。
側近は、どこからかもう一人やってきて二人がかりで担ぐ。
抵抗など、できはしない。
少しずつ視界がぼやけていく。
この、何かが切れかける感覚は何度も経験した。
もうすぐ、一度死ぬのだろう。
なら、早く連れていけ。
二人に、死体をこれ以上見せるな。
「私が、関係ないだと?よく言えたな」
「何か文句でも?さあどいてください、ディオメシアまで連れていくので」
「私は、ディルクレウスの妻になる女だ。それなのに、隠し事か」
「やめましょうアンナ、ここは引きますよ。国の秘密は触れないほうがいい」
「ジークは引け。私は行く」
視界が消えた。
音だけが状況を伝えるのみ。
もう、もたないだろう。
アンナ嬢、来るな。
もし祝福に触れてしまえば、本当に君を縛ってしまう。
ジーク、早くアンナを連れて去れ。
この身では、もう何もできない。
音が消えた。
意識はまだある。
どうなったのか、全くわからない。
そのまま、我は、死んだ。




