39話 予想外の攻撃
槍は我の顔に向けられていた。
それを無感動に切り捨てる。
この程度の攻撃、脅威にすらならん。
だが、背後の兵たちには十分だった。
我が槍の柄を切った途端、大きな声が耳をつく。
「かかれー!!」
「攻撃だ、攻撃されたぞー!!」
「お前らいくぞー!!」
「いけぇぇぇぇぇ!!!!」
アンナ嬢の指示通りというべきか。
兵たちは、勢いよく動き出した。
数メートル後ろにいたはずのヴァルカンティア兵士が、瞬きの間に我に刃を向けたステラディア兵を倒していく。
彼らは馬に乗っていない。
自分の足の跳躍力のみで、飛ぶように数メートルの距離を埋める。
決して油断はしていなかっただろう。
だが、ステラディア兵たちは、声を上げる間もなく倒れていく。
ヴァルカンティアの兵たちは拳のみであるのに、重装備の人間たちのほうが軽く地に伏せる。
動けずにいる我の後ろに、人間が乗る。
聞かずともわかる、こんなことができるのはジークしかいない。
「ちょっと、邪魔ですよ。下がってください、動線なんでそこ。さ、馬さん下がりますよ~」
「これは、本当に戦争か。ただの蹂躙ではないのか」
「うちの国民の力がおかしいのは知ってますよね?それ承知で同盟組んだのはそっちでしょう」
「だが、一方的だ。これほど明確な戦いは、見たことがない」
目を走らせれば、ソルディア側でも兵士たちの壁が動いているのがわずかに見える。
軍勢の数は、おそらく互角。
肉体の差が、ここまで現れている。
ヴァルカンティアは人間として肉体の耐久性も、筋力も桁違い。
一人一人が、他国であれば一騎当千の将となれただろう。
だが、ここまで蹂躙されている様子を見ても、何の感慨もない。
ステラディアに殺され続けた数年の恨みか、ようやく戦いを終われる安堵か。
それすら、ない。
「まさか、怖気づいてます?人間とは思えないほどの肉体を有したヴァルカンティアが戦争しないで同盟もなかなか組まない理由、教えてあげましょうか」
「我にそのような情緒はない。このような規格外の人間を動かせば、世界の脅威になることは必至。皮肉なものだ、力が強すぎるあまりに閉じざるを得ないとはな」
「それを、久しぶりにこじ開けて動かしたのはあんたですよ。は~、これのどこに惚れたんだか。アンナって男の趣味最悪すぎます」
この状況で、ヴァルカンティア人以外がでしゃばるのは邪魔だろう。
納得した、ディオメシアの兵たちも同じだったようで、武器を構えながら後退していき、死に損ないを捕獲するのみ。
これならば、あと一時間のうちに決着がつくはずだ。
好戦的、人間を外れた能力、明快な性格。
この人間たちを搾取されないよう、諸外国から目を付けられないよう守っているのがハイネ殿か。
「ディルクレウス!!よかった、無事だったんだな。ジークは全く連絡をよこさないから、心配してたんだぞ」
馬の走る音に目を向ければ、白馬に乗ったアンナ嬢が大旗を持ったまま近寄っていた。
二日ぶりの彼女は憔悴した様子もない。
元気そうに、戦場では似つかわしくない元気さだ。
彼女自身に怪我はなさそうだが、馬にはねている赤いものが見える。
アンナ嬢が屠ったのか、味方が殺した近くを通ったのか。
どちらにしても、見せたくない光景を見ただろう証拠だった。
「アンナ嬢、なぜここに」
「もうすぐ降伏の頃合いだと思ってな。まともな心があるなら、ここまで蹂躙されてそのままではいられない」
「兄弟国が、このまま終わると?」
「ヴァルカンティアとディオメシアが手を組んだことは、すぐにわかるだろう?降伏してきた敵の前で、私とディルクレウスがそれを受ければ名実ともに夫婦らしいじゃないか」
夫婦らしいといったか。
理解ができない、ここで重要なことはそれだろうか?
我の情緒がないことが悪いのだろうか、アンナ嬢が楽観的なことが悪いのだろうか。
戦場で、正しい判断などその場でわかるはずがない。
それでも、どんなに優勢だろうと、敵が落ちるまで油断はできないものなのだ。
「アンナ嬢、今すぐ戻れ。ソルディア側もどうなるかわからん」
「大丈夫だ。うちの指揮系統は何の問題もない」
「兄弟国がこのまま沈むとは思えん」
「現に、ここまで蹂躙しているんだぞ?ああ、殺さないように昏倒させろとは言っているから、恨みを買ったりもしない」
違う。
戦略、指揮、カリスマ性。
どれを取っても、アンナ嬢は素晴らしい将だ。
だが、知らないだろう。
理不尽なほどの力に晒された人間の、追い詰められた人間の、醜悪さを。
その地位を守るために、どんな非道も行う愚かさを。
「このまま落とせる相手であれば、ディオメシアは苦戦していない」
「えっ……」
「おい、なんだあれ!?」
「黒い煙が城のほうから!!」
ディオメシアの兵たちが、背後で叫んでいた。
ソルディア、ステラディアの城から、黒い煙が地面に向かって降りてくる。
煙であれば上に上るだろう。
だがそれは、意思を持っているように地面に向かって降りると、そのままゆっくり大地に広がった。
燃えている火は見えない。
見たこともない何かが、もたらされている。
「アンナ!!緊急事態だ、みんなが倒れてる!!」
「ジーク!?どういうこと」
「わかりませんよ!!でも、あの煙に近づいた奴から倒れてる。あれが何なのかもわからない!!」
黒い煙は薄く広く、戦っている兵たちを飲み込む。
例外なく、皆喉をかきむしって倒れる。
ここは後方の小高い丘。
煙が上る気配がない以上、ここまでは来ないだろう。
敵味方関係ない。
これは、無差別攻撃の毒か。
味方の兵士を犠牲にしてでも、敵を道連れにするとは。
「これだから、人間は醜い」
「ディルクレウス……これは、この場合はどうしたら」
「何も策はないのか」
「ない。まさか、敵が味方も殺すものを使うなんて誰が思う!!」
戦場は、そういう場だ。
幾重にも重ねた策が、予想外の行動で無駄になる。
味方の犠牲を顧みない戦法なら、アンナ嬢もしただろう。
自分がそれを向けられるとは、考えられなかったようだ。
「アンナ嬢、ここからは我が指揮をとろう。下がれ」
「いや、私がみんなに突撃なんて言ったから」
「それはどうでもいい。我が決着をつける」
手綱を握りしめ、背後にいるディオメシア兵たちを見る。
先ほどまでの気色はない、武器を握りしめてただ我を見ていた。
アンナ嬢に、すべての命を背負わせるなど、させてはいけない。
「これより、我が指揮を執る。死んでもいいものだけ我に続け。死んだら報奨金は弾んでやる」




