38話 闇夜の子供と夜明け
夜。
ジークと別行動をとっていた。
問題はない。
奴が『お前と2人きりで過ごすと酸素薄くなるんで、違うとこ行きます。明日は夜が明けたら中枢襲撃ですんで、寝過ごして間抜け面さらせばいいです』というから。
よくわからないが、律儀なジークは朝には戻るだろう。
もうすぐ兄弟国の中枢だ。
ほとんど隣り合っているソルディア王族の住む居城と、ステラディア王族の住む居城は、ここからも見えている。
ここまで切った敵も、我に手傷を負わせるほどではなかった。
あっけないものだ。
何年も攻めあぐねたものが、わずか一日でここまで侵攻できてしまう。
「我の数年は、アンナ嬢の一日に等しいか」
独り言に、馬の呼吸音だけが返された。
焚火を付けるのも面倒だから、月光のみで夜を明かす。
馬は共に来ていたが、すでに隣で眠った。
眠れないのは、我だけということだ。
今頃味方の兵はどこにいるのか。
アンナ嬢の安否は。
明日本当に決着がつくのか。
このような戦いは初めてだ。
側近もどこかで撒けたらしく、見られている気配もない。
監視の目がないとは、やはり良い。
だが、静かな空間はすぐに破られた。
「お早く、こちらです」
「坊ちゃま方、ばあやの裾を離さないように」
「くらいよぅ……レオぉ……」
「だまれルシアン。敵に気づかれたら皆殺しなんだぞ」
「だって、にぃさまたちがぁぁ」
道すがら拾った果実をかじっていると、話し声が聞こえる。
どうやら、この垣根の向こうに人間がいるらしい。
足音と声からして、2人の女性と2人の子供か。
坊ちゃま、という呼び名からして、高貴な身分だろう。
当然だが兄弟国にも民がいて、身分がある。
我々の、戦争を終わらせるための戦争は、いい迷惑だろう。
ディオメシアを引き継いだ我にとっても、目障りな戦いだが。
「敵の気配はありません。このまま進みましょう」
「あしいたいぃ」
「文句言うなよ」
「でもばあやだって足悪いのに」
「だいじょうぶですよ。ばあやが2人とも守りますからねぇ」
木の葉の擦れる音がする。
我ら侵略者から逃げるためとすれば、ほぼ無謀だ。
この先に何人、何十人兵がいるか。
……そうだな、無謀なのであれば、これくらいの気まぐれを働かせてもいい。
ただ夜を過ごすのは無為だ。
わずかに、何かを貸すことは、賭けとしていいだろう。
静かに馬に着けていた紋章を外す。
そして馬を立たせ、わざと4人の足音のほうに向かわせた。
「賭けごとは、強くないが」
あの馬は賢い。
朝になれば、離れていても我の元へ戻るだろう。
ハイネ殿の、賭けの結果が決まる前の、運試し。
あの子供らが死のうが生きようがどうでもいい。
ただ、自分の気まぐれで何かが変わるかを見たかった。
「……よくもどったな」
朝日の上る前、白み始めた空の下。
我が愛馬は戻ってきた。
どこにも怪我無く、変わらない姿で。
喜びも悲しみも、我同様にわからない馬は、気にせず接することができる相手だ。
紋章をつけようと近寄れば、鞍に何かが挟まっていた。
なんということはない、名前すら知らない野花。
「お前が乗せた地点までは、生きたようだ」
「ブルルルッ」
「行くか。そろそろ、動く音が聞こえる」
我を難なく乗せた馬は、中枢に向かって歩き始めた。
近づくたびに、重い足音が増えていく。
道すがら、味方の兵士たちが次々に我の後ろをついてくる。
白む空の中、我の後ろには静かな軍勢がただ命令を待っていた。
「おはようございます、なんで大勢引き連れてるんですか?目立つんですけど」
「ジーク。どこに行っていた」
「こっちの質問には答えない、と。いいですけどね別に……昨夜、入れるところまで城二つ見に行きました。籠城してますね、兵士も王族たちもいる。長期戦の構え」
「そうか。アンナ嬢は」
「知っているとでも?まだ連絡来てないんですよ。でも、何とかなってるんじゃないですか?俺の同僚からの緊急の狼煙はないですし」
「お前に同僚がいたのか」
「機密なんでこれ以上は言いませんよ。というか、アンナ嬢のほうが大切なのに、ボス……宰相直属の部下がついてないはずないでしょう」
やはり、ハイネ殿は抜け目がない。
ジークをこちらにつけることをアンナ嬢が指示したのか、ハイネ殿が指示したのかはわからない。
だが、今回ヴァルカンティア側はこの戦争を『アンナ嬢の箔をつけるための戦い』と見ているだろう。
我に、勝手に動かないようジークをつけたことが、何よりの証拠だ。
「あ、見えましたよ。だいたい一キロ先、アンナの軍来てます」
「アンナ嬢は無事か?」
「もちろん。ソルディアとステラディアの城、近いから2国の兵士が壁みたいに包囲してるんですよねぇ。これは総力戦、一気に中枢にすべてを注ぎ込む、ということはここ落とせば一件落着ってわけで」
「アンナ嬢は海側からソルディア城を攻めるのか」
「さすがのあんたでもその辺の推測はできるんですね。その通り、俺たちは山側から来たんで、そのままステラディア城を落とします」
「兵たちに作戦伝達を」
「大体できてますよ。アンナが『最終日に籠城になった場合、向こうから何か仕掛けてきたら容赦なく正面突破』って言ってたんでヴァルカンティアは動けます。たぶん、うちの兵たちからあんたの兵にも情報はいってますよ」
背後を見れば、好戦的に目を光らせているヴァルカンティアの兵士たち。
その中に埋もれたディオメシアの兵たちも、影響されてか闘志がある。
どうやら、アンナ嬢は我に仕事をさせない気だ。
すべて背負う気か。
ディオメシアの愚王が起こした戦争の責任も、この戦いの犠牲も、向けられるだろう恨みも。
それはあまりに、過ぎたことだ。
今更何ができるとも思わない、戦う以外に和平も望めないだろう。
アンナ嬢の責任を軽くするために我ができることは一つだ。
「ジーク。先陣は我が切る、だが皆には前に出るなと伝えろ」
「何するつもりですか?」
「ステラディア側に最後の勧告を行う。これに乗れば、無傷で戦争を終えられるだろう」
「死にたがりみたいに突進する王様が、そんなこと言うんですか?意外過ぎる、今日はパンの雨が降りますね」
ジークの声を聞きながら、我は馬を前に進める。
一人進み出て、城を囲う兵士の前に立つ。
向けられた無数の武器に、恐怖は一つもない。
かつて、我を死に至らしめた武器が混ざっているだろうが興味はない。
これはお前たちのためではなく、アンナ嬢のための譲歩なのだから。
「王を連れてこい。降伏するなら、命までは取らない」
返答は、言葉ではなかった。
我の目の前にいた兵士が、槍を勢いよくこちらに突き出す。
その目には、明確な殺意があった。




