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37話 国境の突破

翌日、雲がかり、太陽は隠れる。

雨が降りそうな天候の中、再度突撃をすると言ったのはアンナ嬢だった。


突撃前、国に帰れと何度言おうが、言うことを聞かないアンナ嬢。

彼女は目を吊り上げ、こう言い放った。


『ディルクレウスの力がなくとも、誇りにかけて私が攻め落とす』


その言葉と共に出された提案によって、ディオメシアの兵たち半分以上が戦場を去った。


『本当に残りたいもの以外は国に帰れ。少ないが、ここまで頑張った褒章は私とディルクレウスが用意しよう』


こうして残ったのは昨日よりも少ない手勢。

1/3はヴァルカンティアの兵だろう、恐ろしいほどの忠誠心。

いや、ヴァルカンティアでは報奨金が多く支給されるのだろうか。



「で、あんたここに残るんですねぇ。別に、いなくったって結果は変わりませんよぉ?さては、自分がいなきゃ士気に関わるとか自意識過剰してます!?」

「ジーク貴様、また我に付き纏うのか」

「そうですよ。俺の仕事は戦いの遊撃、それとアンナの婚約者の護衛。しょうがないでしょう?アンナだけじゃなく、父様と母様からも頼まれてるんですし」

「何のつもりだ。不要な世話を」

「危ういんですって。ほら行きますよ、ちゃんと後方に居てくださいって」



またもジークに馬上にて拘束される。

一年前はここまで技術がなかったはずだ。


どんなに力を込めても、その腕が外れる気配はない。

純粋な戦闘であれば、まだ我が強いだろう。

だが不意を突いたジークは、我を意のままにする。


逃げられないまま、兵たちは突撃し始めた。

昨日と同じ、3方向からの分散作戦。


ただ見るしかできない。

これは体を燃やされるほどの苦痛だ。



「ほら、今日はひっくり返りますよ。昨日俺すっごい頑張ったんでね」

「昨日だと?……貴様、昨夜はどこにいた」

「その答え合わせが始まるんですって。さぁ陽動部隊をよく見といてください」



陽動部隊が突撃をしていく。

また先陣を切るのはアンナ嬢だ。

右手に大旗、左手に長剣。

彼女自身が、すでに戦いの女神のようだった。


昨日数十人が屍になった山の中。

また弓に射られ、苦しみ、何物も通さないステラディアの国境で死んでいく。

また死体が積み上がる。


そのはずだった。



「3,2,1……ボカーン!!」



ジークの明るい声と共に、山で異変が起きた。

山が、衝撃音の直後『へこんだ』のだ。


土の崩れる音、木々が倒れる音、人間の悲鳴。

それらが一体となって、ステラディア兵たちがいた地点を綺麗に『落とした』。



「なんだ、あれは。あのようなものは聞いていない」

「アンナの特別な作戦ですよ。昨日死んだ兵士の中の半分は死んだふり。そのまま死体は山に置き去りにされるから、夜のうちに全力で穴を掘れってね」

「不可能だ。第一、なぜこんなにも都合よく敵のいる場所を抉る!!」



敵がいるのは何キロにも及ぶ長い距離。

そこが地中に埋まるために、どれほどの空洞が必要か。

なにより、聞いたことのない衝撃音。

それらを一晩で。


ジークは自らの着ている黒い装束に触れると、一本の子筒を見せてきた。

そしてその中身を手に出す。

真っ黒な砂のようなものが、風にわずか攫われる。



「火薬って言うんですよ。夜通し死体役のみんなと、力づくでトンネル掘って仕掛けました。地中に直接入れると、期待した程の威力にならないんで」

「初めから考えていたのか。昨日の犠牲も」

「当たり前でしょう。アンナは初めからわかってたから、弱いのを守れって言ったんですって。おもしろかったですよぉ、そうとも知らずにきつく当たるところ!!」

「ならなぜ、我に言わない」



今回、共同戦線という形で手を組んだ。

立場としては対等だというのに、この作戦の欠片すら耳に入っていない。


ヴァルカンティアの間でのみ遂行されたとみていいだろう。

ディオメシアは初めからあてにしていなかったと。


なんということだ。

我は、アンナ嬢を汚したくないとあれだけ思考していた。

そのすべては、彼女にとって邪魔でしかないらしい。


……いいや、そうであるべきだろう。

何を考えているディルクレウス。



「信頼してないんじゃないですかぁ?そうですよね、あなただってアンナの実力も頭脳も見くびってましたよね武闘会で負けたのに!!」

「そう、だな」

「……え、気色悪い……なに受け入れてるんですか、しおらしい」

「驕っていたのは、我だ」



気高い彼女を、見誤った。

戦場の経験がないからと遠ざけたことも、何と愚かしい。

アンナ嬢は、すべて承知で作戦を立て、すべてを背負って旗を振っている。


母国ヴァルカンティアではなく、我のディオメシアのものを。


まだ知らなかったことが山ほどあった。

血に塗れているのに、なぜここまで美しいのだろう。


自覚した。

我にはしかと、あの愚王の愚かしさすら引き継がれているのか。



「そろそろ国境全体は無防備ですかね。行きますかぁ、国内戦」

「何をする」

「ここからは本当に臨機応変のごり押しなんですって。加勢に行きますよ~」

「我が行こうが、不要だろう」

「あ??何拗ねてんだ、お得意の突進かまし遊ばせやがってください!!」



ジークは馬を全力で走らせ、あれほど攻略できなかった国境を越えた。


達成感は微塵もない。

ただ木の影に、かつて死んだ自分が見えた。


思い出す。

初めて自覚した死は、ここだった。

忌まわしい、始まりの記憶だ。



「ここからは俺達は兄弟国の中枢に向けて走りますよ。兵たちも散開して向かってます」

「杜撰だな」

「国の地図すらないのに無茶言わないでくれます!?」

「アンナ嬢は」

「半分の兵引き連れて海目指して行きました。ソルディア側から逃げられるのを防ぐとか」

「徹底的だな。相当な怒りを買ったと見える」



彼女をただの女と見くびれば、痛い仕打ちを受ける。

我も、ソルディアも。


眼前に敵兵が見えた。

こちらに弓を向け、剣を持ち、投擲するような見たこともない武器を構える。

ここからは、未知の戦いだ。


だが、敵は殺せば死ぬだろう。

それならば、得意だ。


剣を抜いた。

なじんだ冷たさに、ようやく息ができる。



「馬を動かせ」

「命令しないでくださいって」

「一瞬だ、ついてこい」

「わかってますよ!!」



鐙を踏んで立つ。

高い視界から見える敵の国は、ただの土地でしかなかった。

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