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36話 再会の夜

夜、野営地は焚火に照らされた人間ばかりがいる。


ディオメシアとヴァルカンティア、双方が和気あいあいと火を囲み、語り合う。

負傷した者、地に倒れ治療を受けるもの。


そしてもう、ここにはいないもの。



「お?お前さんディルクレウスじゃないか。陽動って聞いてたのに姿が見えねえから、心配したぞ」

「あんた、勝手に話しかけちゃ悪いよ。ここは国外なんだから」

「なぁに、治療した患者さんだろう?おい、何辛気臭い顔してるんだ、王様なのに」



兵たちから離れ、火に照らされることもない木の下。

一人座る我に声をかけたのは、ヴァルカンティア兵士だった。


男は大柄で、女は細身。

2人とも赤銅色の髪。

覚えがあった。

彼らは、武闘会の時に、救護に来た医師の……。



「まさか、お前たちも来たのか。命を捨てていい奇特な奴らとは聞いていたが」

「覚えてたか。別に死にに来たんじゃないさ、なぁ?」

「そうよ。戦えて、治療ができる医師は少ないの。あなた怪我は……うん、今日はないみたいね」

「お前たちのアンナ嬢が、ジークをけしかけて拘束したのでな。度し難い、なぜバカバカしい戦いに来た」



ヴァルカンティア人は、いい民族だ。

だからこそわからないことは、多くあった。


なぜ、わざわざ死ぬだろうとわかっている戦いに、同行している。

現に、今ここに居ない人間は皆死んだというのに。

今も、ステラディアの山中には、ディオメシア兵とヴァルカンティアの兵の死体が数十体は転がっている。


いくら体が頑丈だろうと、死ぬ。

それが戦争だ。



「そりゃあ……表向きは『誇れる自分』でいたいから、だな。戦うのは苦手だけど、実力を証明するのは好きだ」

「表向きだと。本心があるのか」

「そりゃもちろん。一番は金と、安全だよ。戦争は嫌いだが、儲かるし出世のチャンスだ」

「ヴァルカンティアはね。死んでも、生きて帰ってきても、お金が出る。でもね、わたしたちは絶対に死なないわ。これを見て」



女のほうが取り出したのは、絵だった。

折りたたまれた紙に、書きなぐられた黒い線。

不格好な丸と、書かれた点が三つ。それが2つ。

暗号かと見続けていれば、二人に笑われた。


何がおかしい。

見ろと言ったのはお前たちだぞ。

真剣に解読しようとしてなにが面白い。



「ふふっ、随分真剣に見てくれるのね。それ、よく描けているでしょう」

「ただの線だ」

「いーや。これ、おれたちの娘が書いてくれた絵だよ。戦いの前にって俺達を書いてくれたんだ」

「娘?お前たちは番いなのか」

「随分面白い言い回しするなぁ。だが、そうだな。もう連れ添って十年になる。この子を残して、死ねるかってな」



この男女は、夫婦だったらしい。

しかも娘がいるのか。

どうも結びつかない。

戦いと、番いは遠いもののはずだ。


それに、こんな紙がなにになる。

矢すら退けず、ただ朽ちるだけの変哲もない紙。


それをこの二人は、恭しくまた懐に入れる。

何がそこまで大切にする理由になるのか。



「戦いは大変だけどな、アンナちゃんを見てやってくれよ。あの子本当に頑張り屋でな、一年間休まないで、たくさん頑張ってここまできたんだ」

「政略結婚のために、血に塗れることを選ぶ女だ。そこについてくる奴らも大概だが」

「そうしてもいいって、思えるから来たの。誇りも大事だけど、アテナのためにいっぱい稼がなきゃ」

「アテナ。妙な名だ」

「そういうなよ。戦いの女神さまの名前さ!!かわいいんだからな、うちのこ」



夫婦はそのまま、離れていった。

焚火の近くにいる仲間に合流しに行ったのだろう。


まさか、わざわざ戦い終わりの体で話す内容が子供の自慢とは。

ヴァルカンティアはずいぶんと平和なようだな。


子供自慢など、ディオメシアの王宮に住んでいて一度も聞いたことがない。

あの愚王は、そのような人間ではなかった。


これまでもこれからも、我には無縁の話だろう。



「なぜ、みんなに混ざらない。兵と交流するのも、戦いだろう?」



こちらこそ問いたい言葉だ。

わざと人間を避けるためにこの闇を選んだのに、なぜ声をかける。


それに、独断専行をしておいてなぜ姿を見せられる。

君は先ほどまで、焚火のそばで兵士たちと会話を楽しんでいた。



「しゃべるな。不快だ」

「怒っているな?指示通り動かなかったことは謝ろう。でも、ちゃんと一発目の攻撃はうまくいったさ」

「死者が出ている。3方向からの攻撃をもってしても、突破はできなかった。指揮官を降りろ、アンナ嬢には無理だ」

「ディオメシアは過去、あの山で今日以上に死人を出しただろう。それに比べれば犠牲は少なかった。ヴァルカンティア兵の力はすごいだろう?」

「話を逸らすな。ここからは我が指揮を執る、兵を連れて帰れ」

「そっちこそ話を逸らすな。なんだ、そんなに戦いたかったのか?」

「ああ」



アンナ嬢が、こんなバカげた戦争のために手を汚す。

それが止められるとあれば、何度でも戦って、死ぬ。


どうせ側近一族はついてきている、蘇生もすぐだ。

そうでなくても、死の突撃は希望ですらある。


次の死は、終わりではないか。

どう死ねば終われるか。

戦場は、すでに死ぬための場所だ。


ひっそり死のうとしても、生き返るむなしさばかりが付きまとうだけ。



「勝てると思えん。何年ディオメシアが手を焼いたと思っている」

「勝てる。明日、私たちはあの山を突破するぞ」

「無謀だな」

「希望だ。認めてもらうぞディルクレウス、私がふさわしいとな」



笑わせる。

人間の死が重なる場所に、希望などない。


アンナ嬢の服についた血が忌々しい。

あの先陣にあって、誰一人殺さずに帰れたわけがない。


ジークもいつの間にか消えた。

ここまで弄ばれた戦いは、初めてだ。



「三日だ。三日でこの兄弟国を落とす。手は煩わせない」



自信のあるだろう声だけが、耳についた。

聞くに堪えない、アンナ嬢の声をこれ以上聞くことが堪えがたい。


立ち上がり、そのままアンナ嬢を通り過ぎた。

夜の闇の中、彼女は腕を握ってくることはない。

ヴァルカンティアでは、幾度となく捕まえられたというのに。


風が冷たい。


おかしい。

どうしてしまったのだ、この体は。

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