表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/71

34話 アンナの清らかな覚悟

「アンナ嬢、口に合わなかっただろうか。要望があれば、料理長に作らせる」

「いいいい、いい!!大丈夫だ!!おいしくいただいている!!」

「アンナ、不必要に大声を出さないでください。使用人達の鼓膜を破りたいなら止めませんけど」



晩餐の時間、変装中のジークも同席させると宣言したアンナ嬢によって、3人での晩餐は進んでいた。

ジークは固辞していたが、アンナ嬢が手を握りつぶすほどに引けば断れなかったのだろう。


我としても、隠れて会話を聞かれるより気分がいい。

用意した料理に手を付けるアンナ嬢が、少し戸惑い気味であることを除けば問題はない。


このような場は慣れていないのだろう。

晩餐室にエスコートしようと手を握ったときも、小さく悲鳴を上げていた。



「す、すまない。だが、本当においしくいただいている。私のことは気にしないでくれ」

「それは無理がありますよアンナ」

「わかった。では話を進めるが、今回なぜ突然ディオメシアにやってきたのかだが」

「なんで額面通りにしか受け取らないんですかこの鉄仮面は……いっ!?」

「すまない、ジークは気にしないでくれ。ここからは外交だな」



ジークが言葉を発した一瞬の後に、アンナ嬢がジークに肘を入れていた。

使用人達は全く気が付かないほどに早い動作。

我でなければ見逃している。


念のためジークに声をかけようとしたが、ひと睨みの殺気で返された。

骨の音がしたが、アンナ嬢がいいというのならばいいのだろう。

骨折すら克服したとは、大した度胸だ。



「簡潔に聞こう。なぜ予告もなく大軍で来た」

「嫁入りの箔をつけるため、戦争を終わらせる以外に何がある」

「こちらは頼んでいない。問題になると思わなかったのか」

「それなら何も私に言わず去った一年前の自分を恨め。そもそも婚約者の国を助けるのに、わざわざ連絡をする意味が分からない」

「ハイネ殿の教育は、それほど杜撰だったのか。根回しの重要性は承知しているはずだろう」



突然の異国人の襲来に、国民からの苦情が来ている。

幸い、略奪や暴行といった荒事の報告は受けていない。


だが、彼女が行ったことは、国民をおびやかすことになる。

それを軽く許せば、ディオメシアはヴァルカンティアに下ったと思われてしまう。


それは認められない。

国の威信に執着はないが、君臨状態を保ちたい現状は、壊すことなど許せない。



「なぜだ。言え」

「……ソルディアから、使者が来た。『ディオメシアではなくソルディアに力を貸せ』、馬鹿げているだろう」

「何が悪い。ヴァルカンティアほどの武力を持つ国であれば、珍しくもない」

「相手は『今すぐ婚約者のアンナをよこせ』って言ったんだ。信じられるか?伝統も、武力も、誇りもすべて無視して。私を望んだんだよ」



アンナ嬢は、カトラリーのナイフを机に突き立てる。

銀製のそれは、瞬時に折れて後方に飛ぶ。

床に落ちる金属の音に、使用人が息を飲む声がした。


緑の目が燃えている。

彼女にあるのは、怒りだろうか。


アランが見せたような、誇りへの冒涜。

ジークが見せた、忠義を軽んじられた憤怒。

アニータ殿から食らった、怒りの鉄槌。

あの月夜に見せた、溢れるアンナ嬢の何か。


きっと、他の人間であればもっと細やかにわかるのだろう。



「それがなんだ。まさかそれで逃げてきたとでも」

「そのまさかだよ。父様に賭けの内容は全部聞いた、この戦争を私が終わらせれば話はまとまるだろう?そしてそのまま結婚。いいじゃないか簡単だ」

「穏便なものは考えているのか」

「叩き潰す以外ない。完膚なきまでに、この赤銅色を焼き付けてやる」



獣の目だ。

アランを思い出す。

アンナ嬢とは従妹の関係性だからか、とても良く似ている。


人間の皮を被った、獣。

それがドレスを着て、ソルディアではなくわざわざディオメシアを経由した。


そうか。

実に、愚かで理解しがたい。



「話にならない。覚悟がないならば帰れ」

「覚悟はある!!」

「ジーク、お前はこれで覚悟ができていると思うのか。なぜ止めなかった」

「なんでこの流れで俺に話振るんですかぁ?空気読んで黙ってる間、ずっと罵詈雑言考えてやってたのに」

「お前は人を殺したことがある。それに、命のやり取りもしたことがあるはずだ」



ジークの表情は変わらない。

だがそれでいい、否定されたところで釈明に割く時間が無駄だ。


これは勘でしかない。

戦いに出て、血に塗れたものは不思議とわかる。

これは祝福の効果でも何でもなく、戦場を見た人間ならば働く勘。


そして、アンナ嬢は対照的だ。

彼女は、まだ清らかな手をしている。



「自分の指示で兵が飛び込み、臓物をぶちまけて死ぬ。武闘会とは比べ物にならない、戦いだ」

「わかっている。だから私は」

「わかっていないからここまで来たのだろう。指揮官というものは、その肩にいくつもの命を負う。そして消えた分は、何としても保たねばならない」

「そうですよアンナ。それに、前線にも出るって言ってここまで飛び出したでしょう?だから反対だったんですよ武闘会だなんて。強ければ勝てるなんて、そんな甘い考えだと死ぬのが戦場です」



ジークが何をくぐってきたかまでは知らん。

だが、概ねその通りだ。


ここまでで止まり、後をハイネ殿に任せれば波風は立たない。

うまく誤魔化し、アンナ嬢を押しとどめれば彼女が戦場に立つこともない。


あのような地獄に、彼女が立つことなど考えただけで反吐が出る。

何度死に、何度蘇り、何人の死を負ったと思っている。

アンナ嬢が背負う必要など、もし未来で必要だとしても、今は許容できない。



「じゃあなんだ。お前たちは、私が人を殺したことがないから、帰れと言うんだな?私を道具みたいに言いやがった、ソルディアにつけとでも?」

「待てよアンナそこまでは」

「なら今ここで、誰を殺せばその許可が取れる?何十人殺せば、対等に私を見る」



アンナ嬢は立ち上がった。

そしてそのまま、一歩、大きく踏み込んだ。


強く風が吹きつける。

この風は、あの一ヵ月に何度か経験したものだ。

人間が、迫るときの風圧だった。


アンナ嬢は、何も持たず、眼前にいた。

鼻がつきそうなほど、近くに。



「舐めるなよ。私も、ついてきたみんなも、命捨てていいってやつだけが来たんだ」

「地獄を見たことがない女が何を言う」

「ディルクレウスの隣に立つのに、地獄も知らないで何になる」

「後悔するぞ。責任を、我が何とかできると思うな」



ここまで来たことも、戦いに行くことも、我に着いてくることも。

なぜそれがわからない?

なぜアンナ嬢は、離れてくれない。


離れてしまえばいい、離れろ、ツキの二の舞は二度とごめんだ。


利はないはずだ、なのにアンナ嬢は、好戦的に笑った。

ヴァルカンティアの、空のような笑顔だった。



「私が命の責任をとる。私が大罪人だ。だから、戦わせてくれ、ディルクレウス」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ