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33話 緑のドレス

王宮に入るのは、門を突破する必要がある。

ジークが入ってきたのは、大門という正規の使者や、賓客が使うもの。

そして、その他門は4つほどある。

ぐるりと王宮の敷地を囲む壁は、大の大人が5人並んでも届かぬほど高く、全長は数十km。


つまり、かなりの規模。

だというのに、来客はそれをものともせず、突然やってきた。

塀をぐるりと武装した兵士で囲み、襲撃でもするかのように。



「突然すまない!!私はヴァルカンティア宰相が娘、ヴァルカンティア軍少将のアンナという!!ディルクレウス王に謁見を申し込みに来た!!婚約者に門を開けてもらおうか!!」



報告によると、同じような大声を再度浴びた門番は、驚きからぎっくり腰をやったらしい。

なぜそうなるヴァルカンティア。


血がつながっていないというのに、なぜ宰相家はここまで騒がしいのだ。

こうまでされて、開けないという選択肢はない。


他の人間ならまだしも、アンナ嬢だ。

形の上で我の婚約者となっている以上、締め出したままでは印象が悪い。


もう無駄だとは思ったが、国書を開く。

王になったアランと、宰相であるハイネ殿の連名になっているそれ。

そこには長々と形式上のまどろっこしいことが書いてあった。

だが言いたいことは一言で済むだろう。


『アンナが武装してそっちに行ったから、どうか攻撃だと思わないでくれ』



「アランとハイネ殿は、よほどアンナ嬢が大事と見える」

「アンタ相手に言いたくないですけど、一応の姉なんで謝っときますね。手に負えないくらいのじゃじゃ馬ですみません」



手綱すら付けられない馬と知っているのであれば、国際問題になる前に止めてほしいものだが。


王宮はすぐに多くの使用人が入り乱れる大騒ぎだ。

扮していたとはいえ、ただの兵であるジークなら、まだ先ほどの対応で構わない。

だが今回は、正式に婚約者とされる他国の重要人物。


我が「しなくていい」と言ったところで、無駄だ。

すでに応接間にアンナとジークを通し、皆が準備を始めてしまった。



「今日の晩餐の品数を増やすぞ!!」

「陛下、お召替えを!!黒曜石をあしらった杖、いや今回はブローチがいいですかね!?」

「ききき、お妃さまが来たじゃと~!?バラはまだ咲いとらんぞ~!?」



使用人は晩餐の準備や、我の着替えに奔走している。

庭を横目で見れば、普段穏やかに選定を行う老庭師達も庭を駆け回っていた。


アンナ嬢は、そこまで気にしないと思うが。


だが仕方ない。

荒々しい訪問だが、兵たちは断じて攻撃はしてこなかった。

口を開かず、アンナ嬢の命令に忠実に従わせる様子は、立派な指揮官だ。


丁重にもてなすほかない。

久々の正装は、不要な装飾ばかりで動きづらいというのに。


だが不思議と、怒りは湧いてこなかった。



「なんで武装までさせて城を包囲したんです?帰ってから叱られても俺は知らないですから」

「ジーク、お前がアランと父様の国書を届けなければよかったんだ。私もここまでするつもりはなかったのに」

「アンナが気合い入れ過ぎてるのを見てたから国書は作られたんですよ。なんでそこ察せないんですか!?俺が先回りしてなかったら、あの王様に攻撃されてたかもってわかりますよね」

「婚約者に会いに行くのに、なぜそんなものが必要なんだ。これでも、いきなり戦地に現れなかっただけ良識がある。それに、なぜディルクレウスが私を攻撃するんだ」

「武装してるからですが!?それにまだ一人前じゃないでしょう、戦争なんてまだ早いって」

「武装はヴァルカンティアの正装みたいなものだ!!それにあれから一年だぞ!?ジークも父様も人が悪い!!」



使用人が茶を用意していたと聞いているが、突然の来訪で準備に時間がかかった。

すでに一時間が経過しているはずだが、まさかジークとアンナはずっとこの大声だったのだろうか。


使用人に目を向ければ、耳に綿を詰めていた。

どうやら、予想通りらしい。


応接室の前。

扉を開けていないが、二人の声は突き抜けてよく聞こえる。

まだヴァルカンティアとディオメシアは同盟を完全に結んだわけではない。

形式の上で婚約者とはいえ、たった二人で他国の中枢にやってきたというのに、この言い争いは何だ。


我のために拵えられた、正装の襟を正す。

そしてそのまま、扉を開けた。



「騒がしいぞ。ここが安全ではないともわからないのか」

「ディルクレウス!!よかった、会いたかったぞ。なぜ一度も手紙も寄こさない!?」



応接室の対面ソファには、二人が腰かけていた。


このまま、二人を晩餐室まで連れていき、会談とするのが使用人達が作成した流れ。

この二人だけではない、外交上の要人たちはこうしてもてなしてきた。

今回も変わらない、ただ慣れた動作を行えばいい。


そのはずなのだが。


ソファーから立ち上がり、我のすぐ近くまで寄ってきたアンナ嬢に、息をのんだ。



「アンナ嬢、その服装は」

「これか?先ほど使用人の女性が晩餐用に貸してくれたんだ。すっかりドレスの準備を失念していてな、少し色味は地味だが、悪くないだろう?」



目を疑った。

彼女が着ていたのは、深緑色の流れるようなドレス。

姉様達がしつらえたものの、袖を通すことなくおいて行かれてしまったもの。


それが、違和感なくアンナ嬢を飾り立てていた。

髪も化粧も施された彼女は、どこから見ても令嬢。

何より、髪に目が行く。


なるほど、確かに赤毛というには短絡だった。

光を受けて輝くそれは、赤銅色だろう。

瞳の色とも相まって、アンナ嬢のためにあるようなドレス。



「なんだ、やっぱり似合わないか?初めて会ったときも、こんな着慣れないドレスだったからな。ジークは先ほど一通り笑われたし、動きにくいし、私だって好きなわけでは」

「美しい……」



咄嗟に、手で口を塞ぐが遅かった。


今、何を言った。

信じがたい、軟派男のような物言いをしなかったか。

このようなこと、これまであっただろうか。


訂正をしなければ。

相手は、ハイネ殿仕込みの教育を受けているだろう二人。

考えなしに言った言葉のどこで、揚げ足をとられるかわからない。


だが、それはできなかった。



「おっ、うっ、そ、そうか?そうだろうか……」



口角が上がるのを何とか押しとどめ、顔を赤くし、目じりが下がるアンナ嬢。

嬉しがっているのではないかと、錯覚してしまう表情。

ドレスの裾を、落ち着きなく触る手。


そんな彼女に、訂正を入れることができなかった。

なぜ、だろう。

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