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31話 さらばヴァルカンティア

「どういうことだ!?おのれ、どこにいったディルクレウス!!」



元気な声が聞こえる。

よく通る高すぎない声に、走り回っているだろう足音。


今しがた扉を閉めた屋敷の中で、何が起こっているか。想像に難くない。

おそらく、初めて出会ったときのように人を探して駆け回り、捕獲しようとしている。


違うのは、それがジークではなく我だということだろう。



「ほんとにいいんですね?アンナに会わなくて。年単位で会えないと思いますけど」

「なぜだ?アンナ嬢に会う理由などない。ハイネ殿との約束だ」

「武闘会から一回も顔合わせないようにって……徹底しすぎてアンナのストレス溜まってるんですよ、俺帰ったら関節いくつか外されるかも。なんて可哀そうなんでしょうか俺」

「実に大義であった。助けがなければ、こうはいかない。ヴァルカンティアを出るまで頼む」

「勘違いしないでくれます?こっちは命令通りに動いてるだけで、あんたのためとか一切ないんですよ」

「知っているが。勘違いする箇所があったのか」

「お前の解読しないでいいと思うとせいせいするんで、さっさと出ていけください」



嫌そうに我の荷物を持っているのは、使用人に扮したジーク。

隠密や変装に優れている特殊部隊だと聞いていたが、まさかここまでうまくいくとは。


多くの人がいるはずの町中を、陰に隠れながら走る。

ひたすらに、ヴァルカンティアを出るまで。

誰にも見られないように。


『ディオメシアが今必要なのは、ソルディアとステラディアに勝てる力だろう?そのための同盟だ』

『そのための力は貸そう。だが、数年待ってくれ』

『アンナはまだ指揮官としては未熟。それに、ディルクレウスに熱を上げているだけかもしれない』

『そのうえで、これは賭けだ』


あの日、ハイネ殿の賭けをするといった。

簡単な、その場で済むものではない長期の賭け。

ディオメシアもヴァルカンティアも、無事では済まない賭けを。



「もうすぐ一番近い国境です。本当にいいんですね?あんたが入るときに使った大門の方じゃなくて」

「どうせ結果は変わらない。側近が一時間もしないうち探し当てる」

「家臣の手煩わせんじゃねぇですよ。大門行った方がよかったですね」

「あんなものは、家臣ではない。それより早く進め」

「なんで俺に命令できると思ってらっしゃる?ヴァルカンティア離れるごとに人間性が削れていく呪いなら面倒なんでさっさと出てってください」



祝福を見たいがためだけに、百年もそばにいる気のおかしな連中だ。

奴らは王家の祝福を継続させるためなら何でもする。

武力は持たないが、死体回収と次代の作成への執着は反吐が出るほど理解した。


多少違う方向から国境を越えたところで、大した嫌がらせにはならない。

それは知っている。


それでも、ジークと歩むこの木と大地と、ここまで残るようなヴァルカンティア国民の温度が忘れがたい。

ディオメシアにはあまりない岩だらけの立地、監視されない歩み、悪態をつく人間に、気を緩めてもいい環境。


それを、一人で感じられるのであれば。

それが長く続かないとしても。



「ほら、あの岩場越えたら国境です。どうせ余裕でしょう、手取り足取り甲斐甲斐しくお子様のようなお手伝いは要ります?武闘会2位様が」

「不要だ、ここまででいい。世話になった」

「ちっとも感情伝わってこない感謝ですよねぇ。もう会わないことを願いますけど、まずもって無理でしょう」

「すべては、アンナ嬢次第だ。我に願うとは、内容を忘れたのか」

「そういうところ死ぬほど嫌いなんで一回死にません?軽く、二回くらい」



あの夜、ハイネ殿と約束したことが3つある。

・今日以降、アンナに会わないこと

・アンナが上に立つものとしての教育を終えるまでは、ディオメシアだけで戦争を終結させる努力をすること


会わないことは、さして問題ではない。

ハイネ殿には駆け落ち防止といわれたが、そのような非現実的な行動をとる理由もない。

物語の中に憧れるアンナ嬢なら、あり得るだろうが。


アンナ嬢の教育と、それに伴う我の努力も変わらない。

元より、アンナ嬢自身はアニータ殿のような司令官になる夢があったという。

ソルディアステラディア共に現在停戦中であるし、穏やかな会談すら望めないが、求められていることはこれまでと変わらない。


だが、最後だけが問題だった。



「じゃあ、ここでおさらばです。どうか安らかに野垂れ死んでいますように」

「ではな、ジーク」

「なんか言い返せよな。空気読めない奴」



ひとり、岩場を進む。

美しく、爽やかで、輝くような日々だった。

人も、国も、学びも、笑顔も、受け取るには熱がありすぎる。


もしも、祝福がなかったら。

もしも、すべてを終わらせる願いさえなかったら。

もしも、我がただ明るく、強く、優しさを持つ男であれば。


最後の約束は、不要だっただろう。



「困ります陛下。わかりづらいところからの出国など、我々がすぐに察知したから良かったものの」

「なんだ、まだ今回は死んでいないぞ。残念だったな」



一人の時間は、国境を越えて十数分でなくなる。

相変わらずの黒づくめ姿が、死肉を食いに来るカラスに似ていた。

どうして、側近一族は別人のはずなのに皆ここまで執念深いのか。



「あなたはたった一人の祝福の王なのですよ?もっと自覚してください……で、嫁はどうなったんです?我々としましては、王の子が生まれるのであれば胎は何だってかまいませんが」

「宰相と約定を交わした。それに従い、しかるべき時に事は起こる」

「精通は済んでいるのですから、お早く子を」

「貴様、国民が妃を娶らず産ませた子を王の子と認めると?嫁ぐまで待て」

「そんな、ならいつになったら妃を娶られるんです!?すでにあなた以外、ディオメシアに王族はいないんですよ!?」



最後の約束、それこそが賭け。

ハイネ殿は、我の心が読めているのかと想像した。

単に、愛人や正式な妃の椅子を確保したかっただけかもしれない。

それでも、賭けと称されたそれが不本意ながら我を守る。


感謝してもしきれないとはこのことか。

兄様姉様以外に、まさか信じられそうな人間がいたとは。



「『3年以内に妃候補が先陣に立ち、戦争を終わらせたら結婚する』。そういう約定だ」

「承服できません!!3年あれば、何人産ませられるか」

「思い上がるな。我はディオメシアの王、貴様をここで殺しても構わんのだぞ」



期限は3年。

それまでにアンナが指揮官として完成しなければ、俺自ら指揮を執り戦争を終わらせよう。

そうなれば、結婚も無効だ。武闘会で優勝しようが戦いに出て、勝てなければ名折れでしかない。


ハイネ殿の言葉を、信じた。

少なくとも3年は、我も守られる。

軍事大国ヴァルカンティアの嫁取りを蹴るということがどういうことか、側近たちもわかるはずだ。


ああ、風が冷たい。

歩いていくうちに木が増えて、忌々しい祖国へ近づいているのがわかる。

それでも、戻らねばならない。

それでなければ、野望は達成されないのだから。


さらばヴァルカンティア。

どうか3年が経ち、ハイネ殿が出てくることを願う。


空は、雲一つなかった。

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