30話 答え合わせの夜
ジークに対する特訓は、異常だ。
ヴァルカンティアでは薄れつつある、服毒の訓練。
まだ10代だというのにどの国民よりも、ひょっとするとアンナよりも手をかけて育てている理由。
優秀だから拾ったというが、どんな意図があったのか?
「あなた方家族は、実に仲が良くふるまうのがうまい。だがその実、子に過度な訓練を施している」
「まだそれ引きずるんですか?あの時のは恥ずかしいから忘れてくださいよ」
「つまり何だい?君は、俺やアニータが子供たちを虐待していると言いたいのか」
ハイネ殿の目が細くなる。
言いようのない威圧、貫禄、そして静かな怒りだろうか。
思い出す、あの愚王を。
奴は自分に逆らうものがいたときはこのような顔だった。
思い通りにいかず、不機嫌のままに黙りこむ。
そして腹いせのように、身勝手を繰り返す。
「訂正があればすればいい。責める気など微塵もないからな」
「違うに決まってる、これは」
「ジーク、静かに。……なぜ責めない?君は、それを許すと?心の広さで俺は落とせないぞ」
「許す?なぜ許す必要がある。我は知りたいだけだ、宰相家が隠している『秘密』を」
「誰が秘密だと?」
「アンナ嬢が。ジークに対する扱いを問い詰めたら我には言えないと」
「聞いてどうする。国内外に言いふらすか?そうなれば、信頼はがた落ちだろう。それが狙いか?子を傷つける悪魔のような親だという『秘密』が」
話が早い。
そうなれば、こちらの話に乗らざるを得なくなる。
秘密を知る我に有利なように、事が運ぶ可能性は大いにあるだろう。
だが、ひとつだけ引っ掛かる。
ハイネ殿は博識かつ経験豊富。
情報がどれほど重要化も理解しているだろう。
この家の滞在中、何度となく彼から座学を教わった。
だが、それを集めてもわからないことがある。
「それは秘密ではないだろう。なるとすれば、なぜそこまでジークを育てるのかの理由だ。傷つくなどはどうでもいい」
「……どうでもいい?本気で言っているのか」
「すべての親はそうする。何か問題があるか」
「子に毒を飲ませ、死ぬような思いをさせるのが親だと?どこでそんな考えが浮かぶ。正気か貴様」
「怒っているのか?すまないが、毒は勘弁願おう。あまりうまいものではない」
これは安堵だ。
やはり、心地の良い親など存在しない。
ハイネ殿とアニータ殿が見せていた笑顔も、言葉も、すべては幻想。
子は、親の願望や指示を遂行するために育てられ、消費されるものなのだ。
そして、それを突かれればなぜか怒るものなのだ。
ようやく、宰相殿が人間らしく見えてきた。
ハイネ殿は黙りこみ、深く息をつく。
不思議なものだ。今なら彼に躊躇なく話すことができる。
「教えんか。ならばこちらも答える理由は」
「ジークは特殊スパイだ。俺直属の、ヴァルカンティアのために働く最上級の強さを持つ特別な部隊。その一人」
「ちょ、父様それ極秘じゃ!?」
「薄々特殊部隊の存在に気づいている者もいる。存在がわかったところで、正体も動きも負えないさ。俺が育てたんだ、全員そんな柔ではない」
「必死に隠そうとしてた俺とアンナがバカみたいなんですけど?」
「お前がちゃんと油断しないで隠せてたらよかったんだ。今度からは、もっと気を付けるように」
「毒が強かったのが悪いですよね?」
「お前が追加でやるって言ったんだぞ?それに、即死の毒を食らったらあの比ではないさ」
なぜだ、なぜ不満そうに答えるジークの頭を撫でる。
叩くのではないのか、殴るのではないのか?
それとも、それすら目に入れずに命令だけするのではないのか?
特殊部隊とは、かなりの秘密だ。
だがそれを軽く開示してなおこの余裕。
何のつもりだこの男。
底が見えない、理解が及ばない。
「で?次は君の番だぞディルクレウス。虐待などと勘違いをして、訓練を侮辱したんだ。相応の答えがあるのだろう」
「……それが、秘密だと?納得できない」
「ああ、できないだろうな。君にはそれが丸ごと欠けているし、聞きたいことはそうではないはずだ」
「我が欠けているだと」
「そしてその理由らしきものも、察することができる。それを踏まえてもう一度問うぞ?なぜ、アンナと結婚しない?同盟を結びたいんだろう」
「アンナを嫁に出したくないのに聞いてること逆じゃないです?」
「おまえは黙っていなさいジーク」
刃がこちらを向いた。
もちろん、ここに剣はない。
だがなぜかハイネ殿に見据えられると、突きつけられた刃が見える。
ジーク相手に、朗らかに話しているというのに。
先ほどまで、感じなかった明確な何かがある。
答えなければならない。
口に出して、伝えなければいけない。
誤魔化しはすぐに見破られるだろう。
嘘も、彼の前でどれだけ機能するか。
だが沈黙も悪手、いつまでも続かない。
考えはずっとある。
明確で、言葉にすれば数秒で済むもの。
だというのに、なぜここまで言いづらいのだろうか。
「アンナ嬢は、ふさわしくない」
「アンナでは君を幸せにできないと?」
「違う。アンナ嬢が、幸せになれない」
「腑抜けた答えで、俺が満足すると思うのか?」
「それでいい。我は彼女に負ける弱い男だ、幸福になどできるものか」
王家の祝福も、血を残す定めも、彼女に背負わせてはいけない。
それは口外できないが、そうでなくてもふさわしくない。
わかってくれなど微塵も思わない。
この血を絶やすために、我が欲するのは言いなりになる女だ。
間違っても、太陽の下の彼女ではない。
ハイネ殿は、また大きくため息をついた。
だが次には、大きな声で笑いだす。
部屋が震えるほどに大きく、ジークも驚いて飛びのくほどに。
「はははは!!そうかそうか、我が娘ながら似てしまったな。君が選ばれた理由がわかった、確かに幸せにはなれない」
「ならばアンナ嬢に言えばいい」
「それじゃつまらないだろう?だから、賭けをしようかディルクレウス」
いきなりそう持ち掛けたハイネ殿は、やはり笑っていた。
刃のない、ただの笑み。
夕食時の、角のない表情。
それが向けられている。
なぜだか、鳥肌が立つ。
その顔が、恐ろしい。




