29話 男同士の密談
「ほら座ってくれディルクレウス。今ジークに茶を淹れさせよう」
「父様お待たせしました。こちら紅茶です、アクセントにトリカブトとベラドンナと水銀はいかがですかぁ?」
「気が利くな。君の分はすべて致死量入れてもいいかなディルクレウス。いや入れさせてくれディルクレウス」
堂々と毒を盛られようとしている。
あからさまに殺されようとしている。
なぜそこまで毒を所持しているのか。
武闘会後、簡単な診察を受けて宰相家に戻った我を待っていたのは、笑顔のハイネ殿とジークだった。
『ちょっと男だけで話をしようか。なに、怖いことはない』
『さぁさぁ行きますよ。クソ不本意の最悪でゲロ吐きそうですけどね』
『書斎に行こう。夜通し語ろうじゃないか、今日はアニータもアンナも城に泊まるというからな』
それがなぜ、このような状態になるのだろうか。
これもヴァルカンティアの風習か?
どれも猛毒ながら、これを口にするとは人間離れしている。
死なないとはいえ、毒はあまり好まない。
死ぬまでが長く、体調の悪化を極めた死因は後味が悪いのだ。
その情報は、おそらく死んだことのない二人にはわからないだろう。
「話とは何だろうか。今日は歩くだけでやっとなのだが」
「知っているよ、俺はすべての試合を見ていた。君がアランと戦ったときは面白かったよ、挑発させて体力切れを誘うとは」
「運がよかったのでな」
「それも知っているよ。君の実力では、まだアランに完全勝利などできるはずもない」
やはり、見抜いていたか。
あれは結果的に挑発になった、ただの妄言だ。
もう少しアランが保っていれば、負けたのは我だっただろう。
テーブルを挟んで、我とハイネ殿。
そしてジークが毒がおそらく入っていない紅茶を3人分給仕し、ハイネ殿の隣に座った。
さて、何が始まるのか。
いつになく表情や口調に違和感があるハイネ殿だ。
これから重要な話し合いになることは明白。
刃を持たない戦いとは、まさにこのことだろう。
緊張で、こめかみから汗が流れた。
「さて……本当にアンナでいいのか?本当に結婚するのか?結婚だぞ。考え直さないか」
「アンナ嬢が話を付けたと聞いていたが。なぜ我に聞く」
「頑張った娘の前で『やはり許さない』といえる親がいるのか?アンナは昨日から『私が勝ったら好きにさせてくれ』といっていたんだ」
「父様、紅茶飲んでくださいよ。あと親バカもそこまでにしないと話進まないんで、一回毒飲んで倒れときますか?ディルクレウスが」
「なぜ我が毒を飲まねばならない」
「本当に情緒も察する能力もないですよねぇ。この状況で何を言いたいかなんてわかるでしょう?ちなみに言うとここまで取り乱してる父様は俺も初めて見ました」
「ジーク、これが落ち着いていられるのか?戦争終結会談より、大規模軍勢撃退指揮より苦しいんだぞ?あの子はまだ子供なのに」
わからない。
何が言いたい?
アンナ嬢との結婚を考え直せと明示されたことはわかる。
だがなぜ我が毒を飲み、ハイネ殿が慌てる事態になるのだろう。
とにかく、毒殺は苦しいのでご遠慮願おう。
それに、我にも言いたいことはある。
どうやらここままだと、二人に巻き込まれて不利益を被りかねない。
「あなた方夫婦が結婚したのもそれくらいの歳だと聞いている。15歳は国益に関わる人間であれば十分婚姻可能だろう」
「でも他国だぞ、ディオメシアは遠い。すぐに帰っては来られないんだ」
「我の姉様達はもっと遠くに嫁いだ。もう戻ってくるなと先王は言っていたが」
「可愛い娘が結婚するのに、そんなことをいう親はいない」
「我が父親の言葉だが」
むしろ我が心配なのだと残ろうとした姉様達を、追い出すように政略結婚させたのだが。
それが何かおかしいだろうか?
ハイネ殿の言葉によれば、あの愚王は娘が可愛くなかったか、親ではないということになる。
王家の祝福があったという時点で、血の繋がりは保証されているのだが。
だが、ハイネ殿はそうではないらしい。
項垂れてしまった、なんとも忌々し気に我を見て紅茶を飲む。
まさか裏の権力者であり、この国を頭脳で支える彼のそのような姿が見られるとは。
「その、なんだ……ジーク、やっぱりお前が言ってくれ。俺はダメだ」
「嫌ですよ、なんで義弟の俺が言うんですか。おかしいでしょう」
「義弟など言うな。アンナの弟だろう?姉が嫁いでしまうんだぞ寂しくないか」
「年齢的には俺のほうが上だし、紛れもなく拾われっ子でしょう?まさか忘れました?」
「ボスの命令だ」
「それなら……って、こんなところで職権乱用します?まぁいいですけど」
すでに書斎に入ってから一時間が経過している。
仲のいい父と息子を見せつけたいだけならば、早く休みたい。
この期に及んで、宰相が言えないことなどあるものか?
それに、ボスとはなんだ?
職権乱用、宰相である彼がジーク相手に私的な用事を申し付けるには、妙に固い。
……そうだ、思い出した。
ジークの扱いについて、今こそハイネ殿を問い詰める好機ではないか?
アンナ嬢が我に言えないと言っていた、おそらく宰相家の秘密。
さては、この瞬間は宰相家、ひいてはヴァルカンティアとの同盟を優位に進められるまたとない機会なのか。
だとしたらよく考えて返答すべきだろう。
現在停戦中のソルディア・ステラディアとの戦争を終わらせるためにも。
「じゃあ、今から俺が、お前を、最悪な気分にするぞ。あくまでこれは提案だからな、断る権利は十分ある」
「ジーク、わかりやすく言え。何が望みだ」
「……結婚、破棄しないか?」
「願ってもない申し出だ」
「ええっ!?」
ハイネ殿の大声は、実に間抜けに聞こえた。
意外だな、ジークよりもあなたが驚くのか。
常に何手も先を読む男が、これを想定していなかったとでもいうのか?
「せ、政略結婚のために来たんだろう?」
「我はアンナ殿と結婚したくない。もとより我が勝っても権利は放棄するつもりだった」
「な、なぜ?アンナが何か不足かな?我が娘ながら実に賢く強く自慢で」
それはわかっている。
不足などあるはずもない、彼女であればいずれ良い婚姻に恵まれるだろう。
これはディオメシア側の問題だ。
それを開示するには、あまりにも無防備すぎる。
それならば、こちらが出す手はこれしかない。
「では、こちらの質問にも答えていただこう。貴殿の、ジークに対する過度な特訓について」




