28話 幻聴の結婚宣言
「見ていましたか!?私は、すべての男たちを倒して頂点に立ちました!!」
「見ていたとも愛しい娘よ!最後の戦いは、少し不満だがね。」
「母様、それでも勝ちは勝ち。父様も、文句はないでしょう」
「ああ、ないとも。これを成し遂げたのは歴史を見てもお前くらいだろう。アニータを越えたな」
「私だって、ハイネじゃなかったら勝っていたさ。必死だったのはそっちだろう?」
大勢の民衆が要るにもかかわらず、朗らかな会話だ。
誰も止めない、誰も遮らない。
この家族の中に、どう入れというのだ。
話が見えない中、ただ衆目にさらされる我の隣にジークが来た。
我が気に食わないと言いたげな表情に、安堵を覚える日がこようとは。
それでも彼は口角が上がっている。
舌打ちをして悪態をつく様子だが、どうも気分がいいらしいことだけがわかった。
小声で我に向けて囁く様子は、愉快以外の何物でもない。
「よぉ、頑張ったんじゃないですか?でも残念、結婚はなしです。アンナが優勝したんですから、望まない結婚は無効ですねぇ~?どんな気分ですか?悔しい?悔しいですか?」
「そちらも負けているだろう。我に聞くということは、悔しいのか?」
「は?……チッ、こいつ無意識に煽るから質悪い」
「武闘会参加者は男性だけだろう、これは有効なのか」
当然の疑問だ。
アンナ嬢の参戦など知らない、にもかかわらず皆受け入れている。
彼女の婿取りのための武闘会。
それに本人が出場するなど、想像もしていない。
だがジークはこともなげに頭をかいていた。
貴賓席に立ち、注目を浴びているというのに堂々たる姿だ。
最も、注目を一番に浴びているのはアンナ嬢と宰相夫妻だろうが。
「誰も『男だけ参加可能』なんか言ってないですよ?アンナが欲しけりゃ女でも戦えばいい。勝った奴が正義ですし」
「本人が参加してもか。忖度はないのか。お前は気を使ったのか」
ジークの眉が吊り上がっていく、目も険しくなっていく。
これは失敗した。
アランの時のように、激昂させてしまう。
すでに肉体の疲労が凄まじい中で、ハイネ殿仕込みの弁が立つ彼相手に戦いたくはない。
口以外の筋肉を動かすことすら億劫だというのに。
「訂正しよう、そのようなことをする人間ではない」
「わかればいいんですよ……問題ありません、でもこれ普通は勝てないんですけどねぇ?ヴァルカンティアたるもの手抜きもご法度、全力で向かってくる男相手に女が勝てるとでも?」
「アンナ嬢はそれをやり遂げたと」
「しかも母様でもできなかった偉業。噂じゃ、決勝まで行って父様に負けたらしい」
「この武闘会はどうなる」
「どうもしない、勝者が本人ならこのまま挨拶してお開きです。あとは勝手に飲んだくれたり、宴になったり、戦い足りなきゃ手合わせですね」
喜ぶ娘と、称える両親。
それを見つめる民衆。
なるほど、これ以上ない好事だ。
ならばこのまま挨拶を終えるのを待とう。
我の疑問など、実に些末なこと。
アンナ嬢が望まぬ婚姻を結ばないで済むのであれば、もう興味はない。
だが一つだけ解決しなくてはならないものがある。
なぜ我は、この席まで引きずられなければならない?
「アンナ嬢」
「なんだ?ディルクレウス。君も私を褒めてくれるのか?」
「なぜ我はここに居る。用がないのであれば医者に向かいたい」
「ある。なんせ決勝まで来た男だし何より、君じゃなければできないことだ」
アンナ嬢は宰相夫妻と、黙って眺めていた国王夫妻を見つめて頷く。
それを見て2組の夫婦は笑顔で頷き返していたが、何があったのか全く分からない。
ヴァルカンティアの文化だろうか?
それとも元々決まっていた物だろうか?
我が何かを聞き逃してしまったのだろうか?
ここまで混乱したのはいつ以来か。
だが我の心根など知るはずもなく、アンナ嬢は民衆に向けて声を張っていた。
「皆、此度の武闘会への参加、実に見事だった!!勝者は私だが、各々素晴らしい腕試しとなっただろう!!」
男たちの雄叫び、いつの間にか増えていた非参加者の女子供たちの歓声。
戦勝の時でもここまでにぎやかではない。
勝者への称賛は惜しみなく。
力強く公正で、誇り高い民族。
滞在中何度と考えていたが、この民族たちは何と素晴らしいのか。
ディオメシアに帰るのが惜しい。
だが、目的のためには仕方あるまい。
「決勝、私と戦ったのはディルクレウスだ!!皆、彼に大きな拍手を!!」
「やめろ、我は負けた。それに他国の人間だ」
「そして皆に宣言しよう!!私は、自由であると!!私は、誰の商品にもならないと!!」
聞こえていない。
まだ肩を借りている状態で、民衆には届かずともアンナ嬢には聞こえているはずだ。
無視されている。
だが、気を悪くするという幼稚なことはしない。
我は負けたのだから。
かつて側近たちや父王にされたことと比べれば、かすり傷にもならない屈辱だ。
挨拶が終わるまでは、ただ黙っていよう。
すでに抗議するほどの大声も出ないのだから。
「そして聞いてほしい!!国王陛下、そして宰相殿下とは話がついた。私は、私の意志で!!私の望みで!!このディルクレウスと結婚するぞ!!!!」
「……は?」
声が掻き消えた。
今日もっとも大きな歓声が、いや怒号か?はたまた悲鳴か。
分類などできようはずがない。
声が入り混じりすぎて、判別など不可能だ。
さては、疲労は脳にまで達したのか?
幻聴など、死の間際にしか経験したことがない。
疲労で死ぬとは未経験だ。
アンナ嬢を見る。
自分より大きな我をずっと支えるその腕を、そしてこれ以上なく晴れやかな笑顔を。
それは、見間違いでなければ実在していた。
「勝者が正義だ、私と生きろ。ディルクレウス」
どうやら、死など無くとも幻聴も幻覚も起こるらしい。




