27話 武闘会の覇者
勝負は、一瞬だった。
あっけない、息を飲むほどの短さ。
戦いが始まって、一分も経っていないだろう。
全てを込めた一撃を、受け流すには難しいほどの力を込めて包帯人間に向けていた。
相手はそれを、双剣両方で受け止めて互角だったというのに。
一瞬の隙を突いて、奴は双剣を力ずくで『上へ放り投げた』のだ。
油断していたつもりはない。
それを視認していた。
わずかに、相手から目を逸らしてしまったのだから。
瞬きの間に体は仰向けに倒れる。
衝撃と共に、青空がよく見えた。
そして、投げた剣を危なげなく手にした包帯人間は、我に切っ先を向けた。
倒れている状態の我の首を、わずかに掠めて。
「そ、そんな」
「き……決まった~!!!!」
「投げた!!ディルクレウスを投げて倒した~!!」
「勝者、ジョン!!」
歓声が聞こえる。
今日で一番大きな、轟くような声が。
我の負けを、積まされる声だ。
包帯人間は、そのまま動かない。
歓声が聞こえていないかのように、我を見ているのだろう。
表情など読めない。
だが、喜びがないだろうとは予測できた。
青空と奴を目にしているのは、胃がせり上がる気分だ。
動きたいが、指一本動かない。
体はどうやら、限界を迎えてしまったようだ。
「お前は、何者だ。あのときの、女か」
問いかけに、奴は答えなかった。
決着はついた、だがまだ我の首を狙っている。
妙なやつだな、これ以上何を望む。
命であれば、早くとればいい。
無駄足だが。
「殺すなら、条件がある……結婚を、やめろ。アンナ嬢は、だめだ」
我は、何をしているのだろうか。
命乞いか?
命はどうでもいいが、何を言った?
何ということだ。
頭脳まで動かなくなっているらしい。
まだ剣を下げない奴には、戯言だろうに。
「なぜ、それを望む」
包帯が声を出した。
うめき声ひとつ出さなかった奴の声は、想像よりも軽い。
邪悪な低い声を想定していたが、あまりにも違う。
「おい、答えろ」
「な、ぜ……だ?」
「嫌がらせか?」
嫌がらせとは、何に対してか。
それにしても、誰なのだ。
この状況は、いつかあっただろうか。
嫌がらせ、なぜそれを言うのか。
嫌がること、結婚を白紙にできなかった。
先ほどから同じことばかりが頭を回っている。
不思議な感覚だ、死ぬわけでもないのに指すら動かない。
「幸せ、に。できるか、貴様」
「何の話だ」
「彼女、は。そうなるべき、だ。お前が、できると思うな」
「貴様なら幸せにできるとでも?無様に寝転んでいるだろう」
「それは、だめだ」
「なぜだ」
決まりきったことがわからないのか。
もう少しで何かがわかりそうだというのに、わからない。
引っ掛かる記憶に、答えがあるのに出ては来ない。
包帯が、ゆっくり剣を下ろす。
その動作が、この視界が、どこかで見たのだ。
遠い記憶ではなく、最近の、どこだ、どこで?
いや、理由を。
今問われている答えはなんだ?
我が、もし彼女をディオメシアに連れて行ってしまったら。
想像しただけで、悪夢を見そうだ。
いいや、この想像こそが悪夢。
「不幸せに、したくない」
「なぜ?」
「……わから、ない」
「まったく、本当にお前は世話が焼ける!!」
包帯の声が、変わった。
明るく、騒がしくて、聞き覚えのあるもの。
やっと、ああ、わかった。
疲労は恐ろしい、簡単なことを見落とす。
だから、だから観客は湧いたのだろうか。
包帯の正体を、察していたから。
わざと出していただろう低い声。
そのまま我の体を引き上げ、肩を貸す力強さ。
細身でありながら、それを感じさせない戦闘センス。
双剣使い。
そして、初めて手合わせをしたときに伸された、記憶。
包帯が彼女の手で緩んで、片手で解かれていく。
日の光を浴びて、美しく輝く赤毛と緑の瞳がよく見えた。
「アン、ナ、じょう?」
「そうだ。最後まで気が付かなかったのは、お前くらいだぞ」
彼女の顔が見えた途端、アンナの名前を呼ぶ声が口々に広がる。
次第に大きくなった声は、すぐに一つになっていく。
「アンナ、アンナ、アンナ!!」
「カッコいいぜお嬢~!!」
「本当にやっちまったな!?」
「まさか3人全員ダメとはな~」
話が全く見えない。
まさか、彼女自身をかけた武闘会に本人が参加しているなど想像もしない。
アンナは歓声に応えるように、笑顔を振りまいて歩いていく。
肩を借りている我も、そのまま従うことになる。
だが向かう場所は、医者の方向ではなかった。
「試合、私のものは一つも見なかっただろう。みんな戦い方でちゃんと察してたぞ?」
「医者に行く、放せ」
「ただの疲労だろう?そんなものは後でたっぷりさせてやる、今は付き合え」
「どこへ」
「あ、父様母様、ジーク!!おじ様、おば様―!!」
歩いていく方向は中央部分だった。
ちょうど、貴賓席周辺。
国の重要人物がいる、注目される場所。
そこには、朗らかに出迎える王、王妃。
大笑いのアニータ殿と、渋い顔のハイネ殿とジーク。
嫌な予感が当たってしまった。
何をされるのか、見当もつかない。
なぜ、負けた我が連れてこられた。
せめて自分の足で立てれば。
無理だ、アンナ嬢の支えがなければすぐに崩れ落ちるだろう。
何と滑稽か。
多くのヴァルカンティア国民が見る中で、負けた辱めを受けるとは。
屠殺される動物の気分だ。
あるいは処刑される罪人か。
多くの目が、我を射抜いていた。




