26話 決勝の相手
それは、実にあっけない終わりだった。
死ぬことは怖くはない、痛みも同様に。
こちらの覚悟は決まっていた。
刺殺は慣れている。
心臓でも腹でも顔でも、刺せばいい。
だが、倒れたのは我ではなかった。
ドサッと人間が力尽きる音。
静寂の中、その音は大きく地面を擦り、妙に大きく聞こえた。
耳が痛いほどの静けさが数秒、そしてすぐに大きな声が突き抜ける。
「た……倒れたー!!倒れたのはアラン王子!!」
「まさか!!まさかの展開です、アラン王子体力切れー!?」
「ディルクレウスが降参といいましたが、もちろん武闘会にそんなものはありません!!」
「よって勝者は、ディルクレウスー!!」
浮き上がるほどの歓声が、全身を包む。
皆が両手を上げ、飛び跳ねる。
息を詰めていた観客は、感情を爆発させていた。
「アランよく頑張ったなぁ!!」
「あんたもよくやったよ!!」
「あのバカ力相手に良く立ってた!!」
「いい戦いだったよ!!」
観客の白熱した歓声、アランを称える声、その中に混じる我への声援。
なかには微かに悪態をつくような罵声もあったが、それでも大多数がアランと我を褒めるもの。
勇敢なアランに、ほとんど耐えるだけだった我へかける言葉としては過分なものだ。
だが、大きな拍手に力が抜ける。
これはおそらく、勘違いだ。
良い感情ではないだろう。
だがそれでも、予想以上の笑顔にため息が出る。
我を、祝福していると考えてしまう。
居心地が悪い。
すぐに立ち去ろうと足を出したのに、力が抜けて膝から崩れてしまう。
地面に倒れる直前、左肩を掴まれた。
白い服を着た、恰幅のいい男と細身の女。
どうやら医師だろう、同じような服の人間がアランのほうにも駆け寄っている。
「おい、大丈夫か?どっか怪我……は、右腕折れてるんだったな。他あるか?」
「歯が折れた、加えて全身の消耗。打撲になりかけてる箇所が」
「あなた戦いの後なのに冷静すぎるわよ。治療、今すぐほしい?」
「いや、手を煩わせるほどではない」
受け答えをしながらアランを見る。
彼は医者たちによって担架で運ばれていた。
はみ出した腕は、はち切れたように血が流れている。
顔も、血だらけだ。
運ぶ医者たちが呆れたように「体力切れなんて30人目だ」と言い捨てている。
ヴァルカンティア人の健康など知らない。
だが死なないのであれば、問題はないだろう。
意識がないはずだが彼は運ばれている間、締まりのない笑顔だった。
戦闘狂というのだろうか。
その心根が、恐ろしい。
「治療しないんだったら、次すぐに決勝だ。戦えるのか?」
「そうよ、今だって筋肉が痙攣してる。無茶は武闘会じゃ当然だけど、連戦は後が怖いわ」
「それは死ぬかもしれないということか」
「そうじゃなくて、全身疲労と筋肉痛で起き上がれないって意味で」
「ならば構わん。放っておけ」
死を覚悟したが問題なく生きている。
想定外だが、悪くない終わり方の上に勝利までした。
運はこちらに味方しているらしい。
優勝しようがどうでもいいが、実績にはなる。
息をつけば、医師の女が水と果物を差し出してきた。
遠慮なく水を飲み干し、柑橘だろう果物にかぶりつく。
どちらも染み入るようで、頭が冷える。
酸味が口の中でひどく染みた。
それでも、夢中で食べていた。
体が、欲しているとしか言いようがない。
どうやらこの体は、まだ生きることに貪欲になれるらしい。
「うまいか?ほんとはこういうのいけないんだけどな。お前さん、今のままじゃすぐに倒れちまうから」
「治療も拒否するなら、これくらいはさせてちょうだいね」
「……ああ」
あのジークが負けるとは思えない。
次はアランのような消耗はしないだろう。
焼き切れるほどに脳を使った戦いになりそうだ。
体が動くうちに、終わらせなければ。
もうしばらくすれば、体が疲労を正しく感じてしまう。
「ジークはどこだ、早く終わらせる」
「何言ってんだ?お前結果見てないのか」
「あなたの対戦相手は別よ」
「何?ジークの相手は包帯人間だろう」
「そのまさかなんだよ。アンタらより早く勝負着いちまった、相手さんお待ちかねだぜ」
男に促され、中央に書いてある紙を見る。
そこには、二つの名前だけが残っていた。
『決勝 ディルクレウス対ジョン』
あそこに書かれるのは勝者の名だろう。
まさか、あのジークが負けたのか?
アランのように体力切れを起こすような男ではない。
何があったというのだ。
水と果物の皮を医師に渡し、急いで歩き出す。
こうしてはいられない。
ジークの姿は、すぐに見つかった。
貴賓席、宰相夫妻の前に立ち、頭を撫でられている彼を。
ジークは何かをハイネ殿とアニータ殿に必死に伝えているが、夫妻は笑っていた。
バカな。
アンナ嬢を、彼の言う家族をかけられた戦いに負けたというのに。
勝ち残ったのは、我と誰ともわからない包帯人間だ。
許せるのか、お前は。
アンナ嬢を幸せにできる人間が、皆負けたというのに。
「最後の戦いだ、さぁ始まるぞ!!」
「みんな準備はいいかー!?」
「これで決まるぞ、最強!!」
周囲の視線が降り注ぐ。
早く戦いの場に行けと急かすように。
現状の異常さに、最悪さに、誰も待ったをかけない。
いいや、構わない。
勝てばいいだけだ。
その上で結婚などしないと宣言すればいい。
アンナ嬢にも結婚する気はないと言ってある。
ここで包帯人間を負かせば、アンナ嬢が不気味な結婚をすることもない。
だというのに、なぜか気分が悪い。
今更、アランの攻撃が効いてきたか?
「頑張れよ王様!!」
「いい戦い、期待してるぜ」
「アランの分も頼むぞ」
「お前に賭けた甲斐があった!!」
これは期待だろうか。
ヴァルカンティアの人間でもない我に、それをかけるのか。
一歩ずつ正方形に足を踏み入れる。
一歩ごとに、体が軋む音がする。
完全に目測を誤った。
ジークは必ず勝つと考えていた。
だから全力でアランの相手ができたというのに。
こうなるのであれば、早くアランを勝たせて戦いを終えるべきだった。
結婚が白紙になったなら、彼女はまた怒鳴るのだろうか。
「最後の決勝最後の決闘!!ここでこの武闘会最強が決まる!!」
「応援の準備はいいか!?」
「戦いの準備はいいな!?」
正方形の中、包帯人間はわずかな視界でこちらを見ているのだろう。
片手に短剣、長剣の双剣術。
我がまだ習得できていない、ヴァルカンティアの戦い方。
お前が誰でも、仮に過去に会っていようが関係ない。
不幸せにするならば、怒鳴られるくらいがいい。
愛剣は刃こぼれしているが、まだまだ切れる。
未知の相手だが、まだ頭脳も体も動く。
剣を両手で握った。
良く手になじむ、相棒よ。
「始め!!」
すぐに終わらせる。
お前に、負けてやる理由はない。




