25話 純ヴァルカンティアの化身
「打つ打つ打ちまくる!!アラン王子怒涛の打撃~!!」
「ディルクレウス防戦一方!!さっきまでの快進撃はここで止まるか~!?」
戦いの様子を事細かに大声で説明するのが煩わしい。
アランの音が聞こえないだろう。
奴の放つ一撃を予測するのに、微かな音すら聞き逃せないというのに。
「おらぁ!!はっ、すごい、すごいぞディルクレウス!!ここまで僕についてきたのは君が初めてだ!!」
白い歯を見せ、笑顔を浮かべるアラン。
試合前と違うのは、その笑顔に戦いの狂気が混ざっていることだ。
やはり、ヴァルカンティア人の血が濃いというのは事実らしい。
先ほど我が付けた頬の傷も、頭をかすめさせて付けた流血も、全くものともしない。
それどころか、傷つけられる度に動きが高まっていく。
「ほらほらほらほら!!早く次だ!!」
口の中がまずい。
煩わしくて地面に吐き出すと、赤い唾液と白い歯が出てきた。
こちらの負傷は先ほど顔に受けた拳、それに攻撃を防いだ全身の消耗。
負傷具合は互角、だが……。
アランは一撃一撃が、段違いに重い。
正面から受けた剣戟は、ここまで数試合終えたとは思えないほど力強く容赦がない。
何度も防ぐこちらの腕が痺れるほどに、アランの力はこれまでの相手とは一線を画していた。
その上、足も速い。
一瞬の踏み込みで、矢のように鋭く素早い一撃を放つ。
「ほら来いよ!!」
「ぐっ、くそっ」
「まだまだこんなもんじゃないだろう!?もっともっと見せてくれよ」
先ほどまで正面に居たのに、一蹴りで方向転換してこちらの右側へ移動する。
予測通りだ。
こちらも足の向きを変えて体重を乗せ剣を振り下ろし、アランの剣を止めた。
そのまま少し力を緩め、安全に力を受け流すもすべては流しきれずに食らってしまう。
攻撃の筋は実に単調。
彼の人格を表すように、曲がりがなく大木のように太い。
脚力を利用した移動の方向は予想外なものが多いが、体術はそこまで得意ではないらしい。
アランのような相手は、予測自体は難しくない。
むしろ、楽に勝てる手合いだ。
彼の持つヴァルカンティア人特有の超人的な筋力も予測し、最小の衝撃で受けきれるよう対策をしていた。
だがそれらすべてが無に帰しているのかと錯覚するほど、彼の純粋な力は強すぎるものだった。
「はぁ、はぁ……楽しい。楽しいなディルクレウス、僕の力をここまで受けてくれるなんて」
「これが楽しい様相に見えるのか」
「僕はね、ずっとすべてに手加減してるんだ。だってそうじゃないと、同胞を殺しかねない。そんなの、ずっとつまらなかった……でも、君はなんて頑丈で恐れ知らずで、最高なのか!!」
また跳躍だ。
一瞬消えたかと錯覚するほどに早い移動。
周囲の微細な音に耳を傾ける。
足音は聞こえない、空を切る剣の音もなし。
とすれば地面ではない。
咄嗟に左に転がり、距離をとってすぐに起き上がる。
やはり、先ほどまで我がいた地面に深々と突き刺さる剣としゃがむアラン。
上から狙ってくる予測は当たった。
だが、だんだんと跳躍力が上がっている。
音が聞こえないほど上に跳ぶとは。
あれが垂直に向かってきたら、次は受け止め切れるか?
剣を両手で構え直す。
鋼の重さが、右腕の骨に響く。
怪我を理由にあまり使っていなかったがいい選択だった。
右腕がちぎれようと、我にとっては問題ではない。どうせ治る。
だが、同盟を組もうとしている他国の王の腕を次期国王が落としたとあれば問題だろう。
さて……。
そろそろ頃合いだ。
「さあさあ!!ディルクレウスも一発」
「まいった。我は降りる」
「……は?」
「右腕も限界だ。貴殿の力は恐れ入った、勝ち残るのはそちらがふさわしい」
剣を下ろし、地面に突き立てる。
我の声は、観客にも届いているだろう。
耳がいいヴァルカンティアの国民だ、意図は伝わる。
想定では手心を加えて、攻撃を受けきれずに場外へ出る予定だった。
だが、アランの肉弾戦といえる威力にそんなものは不可能だ。
本気で防戦をしてしまったが、かえって良かっただろう。
力量差を認め、力での勝ち負けではなく理性的な幕引き。
これならば、負けようが角は立つまい。
アランも先に進むことができ、我もアランを立てることで好印象を残す。
最善だ。
そのはずなのだが。
「ふ、ふふ。終わる、のか?」
「終わりだ。……なぜ皆喜ばない、貴殿の勝ちだろう」
笑いをこらえるようなアランは、片手で顔を覆う。
頭からの出血を気にも留めず、拭うこともしない。
これで終わりのはずだ、なのになぜ。
観客は、歓声を上げない?
「君は、そこにいるのに?枠の中に、生きて、立っているし、倒れてもないのに」
「それがどうした」
「父母の前で、アンナの両親の前で、ここは、力を示す神聖な場所!!」
「怒っているのか」
「ああ、そうだよディルクレウス……そんなの、許されない」
聞こえたのは、地を蹴る音。
先ほどよりも強く、熱く、風が一瞬止まるほどの気配。
考える前に体が動いていた。
右腕で突き刺した剣を引き抜き、足を踏ん張る。
それとほぼ同時だ。
獣が飛び込んできたのは。
「降参なんかうち(ヴァルカンティア)にはねぇんだよ!!!!」
剣が悲鳴を上げる。
火花が散る。
まっすぐに打ち込まれていない剣は、それでもこちらのすべてを切り裂かんとしていた。
何とか押し返し、視界から外れようと転がって移動する。
ただ2秒ほど、受け流すために剣を交えただけだ。
それなのに、全身が小さく震えている。
恐怖ではない、高揚でもない。
これは、筋肉が震えている。
間違いなく、これまでのどの敵よりも力強い。
これはもう次がない。
受け止めることなど不可能だ。
それほどまでに、すべてが別物になっている。
「冷静になれ。これ以上の戦いは無駄だ」
「ふざけるな、ふざけるな!!逃げるな臆病者!!」
アランの目から、しずくが垂れている。
涙ではない、その色は真っ赤だった。
地面に落ちるのもまた赤。
剣を握る手から、血が滴り落ちていた。
これは誰だ?
あのアランか?
息を荒くし、まるで手負いの獣のようにこちらを殺そうとする瞳。
切っ先をこちらに向けて、叫ぶその姿。
次の一撃で、こちらを殺すと宣言しているも同義。
観客は、静まり返っていた。
気圧されたのだ、この、我と同い年の青年に。
我は、見誤った。
ヴァルカンティア王族は、ただの象徴ではない。
人の姿をし、人の理想を体現しながら、人を越えてしまった恐ろしき何か。
これに手心を加え、安全に終わらせるなど無理な話だったようだ。
「死ねぇぇぇぇ!!!!」
直情的な攻撃が、アラン自身が迫ってくる。
避けるか?いや、これを避けるのは印象が悪い。
受け流すか?この体ではそれもできないだろう、無様なことになる上に無駄な治療が発生する。
ならば一つしかない。
死ぬだろうがこの身で受ける。
どうせ死んでも生き返る呪いだ。
瀕死になればディオメシアに連絡が行き、頼んでもいないのに側近が蘇生のためにやってくるだろう。
そのままディオメシアに戻り、アランに恩を着せて同盟を締結させる。
最も格好の付き、次につながる終わり方のはずだ。
我は剣を下ろした。
立ったまま、全身でアランを受け止めるために。
獣は、すぐ目の前にいる。




