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19話 幻想破壊の現実

市井で見つけた若く美しい娘を、王の命令をかざして呼び寄せた。

何も知らないままやってきた庶民の娘を囲い、王宮から出ないようにさせた。

兄様姉様が必死に止める中、ディセル兄様が望んだことで、孕んだ子供を下ろさない決断がされたこと。

そして子を産ませ、死んだあとは墓も建てずに遺体を処理したことも。


それが、我の知る生みの母と愚王の物語。

すべて見てきた兄様姉様が語る、我の生まれた経緯。


呪いについては話していない。

語るうちに、あの愚王は呪われた子供を増やしたいだけで母という女などなんとも思っていなかったのではないか?と考察してしまう。


兄様姉様が止めたのも頷ける。

自分たち以外に、不死の呪いの被害者を増やしたくないという思いだったのだろう。


何もロマンスなどない。

百歩譲って、あの愚王と母が愛し合った結果に我が生まれたのだとしよう。

死後に存在しなかったかのようにすべての記録を抹消し、遺体を捨てるように処理した事実は変わらない。


本の中のように、自分の子と、王と、たくさんの子供たちに囲まれて穏やかに過ごすことなど夢にもならぬ空想。


故に、恋などという性欲と我欲にまみれ、手に入れんと強引に走る者があったとするのであれば。



「恋などというものは、唾棄すべき感情だろう」

「それは違うだろう?夫婦というものは簡単に吐かれないのだとお父様もお母様も言う。きっと先王はディルクレウスの母を愛していたはずだ!」

「愛?恋を愛と混同するな、吐き気がする」



我は、子細を語って聞かせた。

対峙して、話すまで部屋に戻らないと覚悟を固めたアンナ嬢を前に、煙に巻くことなどできない。

彼女もハイネ殿の教育を受けているのだ、我が策をめぐらせたところで意味などない。


だが、間違いだっただろうか。

彼女は随分と怒っているようだ。


声をあまり荒らげると、誰かがやってきた時に説明が面倒なのだが。



「なぜそんなことを言うんだ。実の両親だろう」

「愛というものは、兄様姉様が我に与えた温かさと理解している。相手を思い、相手のために尽くし、時には嫌われる痛みや怒声や泥をかぶってまで守ることだと。それを父親や母親から感じたことなどない」

「それは、理由があったんじゃないか?それに、愛し合わなくては子はできない。ディルクレウスが生まれた理由だろう」

「親というものは子を好きに操る。操るために、血を残すという理解不能な行為を望まれつくられる生きた人形に過ぎない。なぜ否定しないんだ?アンナ嬢も似たようなものだろう」

「私が、だと?」

「ハイネ殿はジークに毒を飲ませた。何度吐いても体調が悪くなるほどのもの、それで安心した。やはり、我の考えは間違っていない」



忘れていたが、ジークは我と市場で別れた後あの量を食べきったのだろうか。

夕食では毒が抜けたのか、元気に完食していた。


彼が訓練場で二度吐いたことも、顔色が悪かったことも、ハイネ殿は知らないのだろう。

拾い子は表面上だけの息子。

裏では痛めつけ、壊しているのか。


特訓などとはよく言ったものだ。

アニータ殿も周知しているのだろう。

あの二人も、我の良く知る親という悪魔だったと知れば怖くない。



「もしかして、ジークへの特訓のことを言っているのか。それを引き合いに出して、自分の勝手な主張を私に聞かせているのか。そんな胸が悪くなる妄想を、私に聞かせて気を悪くするとは思わなかったのか!?」

「妄想ではない。ジークの服毒、我の生い立ち、証言すべてがその事実を物語る」

「間違っている。お前のこれまでなど私が知ることはできないが、少なくとも我が家はそんな環境ではない!!」

「アンナ嬢は丁重に保管されているのだろう。唯一血の繋がった娘で蘇ることもない人間など粗末には扱えない」

「口を慎め。今していることは、宰相家への侮辱だぞ。何も知らないくせに」

「むしろ感謝してほしいものだ。これで我へ嫁ぐなどという愚行をする気もなくなっただろう」

「尊敬する両親を貶されて、何も知らないくせに好き勝手に言う奴を好きになるとでも?」



アンナ嬢は我に掴みかかった。

我の腕を掴み、力強く引かれて顔を近づけられる。


月明りの中で、ここまで近づいてようやく緑の目が見えた。

炎の色でもないのに、森のような緑が燃えているようだ。


我は、彼女を怒らせてばかりだな。

媚びようとも思わないせいだろうか。

『好き』などと、恋愛由来の感情を政略結婚に持ち込もうと考える時点で嫌われるしかない。


いじらしく、可憐で、強く気高く、好きな本を隠れながら読む15歳のアンナ嬢。

ここで我が摘むには、あまりに美しすぎた。



「こんな我を好いたならば、その性根を疑う。アンナ嬢の感性は間違っていない」

「どうしてだ、どうしてなんだディルクレウス。お前はなぜわからない」

「感情という話をするのなら、やめろ。慮るということは苦手だ」

「違う。我が家のことで言えないことは確かにあるがそれ以上に……お前は、わかっていない」



痛みを感じるほどに強い握力。

細腕で我を掴みながら、アンナ嬢の声は震えていた。


歯を食いしばり、痛みに耐えるように。

わかっていないと言われるのは仕方がない。

その表情がどうして生まれるのか、どう思考してもわからないのだから。



「あと一週間で我はヴァルカンティアから去る。その後で対等同盟を組ませてもらおう、政略結婚はなしだ。アンナ嬢は本のような良い男と出会って番えばいい」

「お前はどうするんだ。結婚が必要だったんだろう」

「適当な政略結婚を他国に吹っ掛ける。アンナ嬢よりも適当な女であれば誰でもいい」

「そいつがお前の努力も、優しさも、寄り添えることも、苦しいことも受け止められるのか?ちゃんとディルクレウスを愛してくれるのか!?」

「我にそんなものはない。側近を黙らせるための置物に、そんなものは求めない」



アンナ嬢の手を掴んで離させる。

思ったよりも弱い力で離れた彼女の手は硬く、ツキと同じくらいの大きさなのに全く違う戦う手だ。


この手は、これから愛というものを生み出すのだろうか?

恋などという汚いものから。


想像すらできない。



「もう戻る。アンナ嬢も早く私室へ」

「バカだ、お前はもっと幸せになるべきなのに」

「言葉を返すようだが、我のことを知らないのに何を言う」



不死の呪いを身に積んだ男のことなど、知ってほしいとも思わないが。


そのまま我はアンナ嬢を置いて私室へ戻った。

寝る前に、アンナ嬢に掴まれた腕を見る。


見事手の形に痣になっているので、笑ってしまった。

侮れないほどに、強い女だ。

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