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18話 強い女の弱み

「『ああいけません。私は庶民の女、この恋は実らないのです』『そんなことを言うな、お前さえいれば王冠などいらない』……これのどこが面白い」

「音読するな恥ずかしい!!もっと秘かに読むものだろう!?」

「アンナ嬢が読めと言ったから読んだだけだろう。何を秘する必要がある」



あれから二人で書店を出て、まっすぐに宰相家へ戻る。

そして我は、アンナ嬢に腕を引かれ、強い力で誘導されたのだ。


彼女の、私室へ。


抵抗はしたのだが、アンナ嬢の握力はひどく強いのだ。

握られた手がミシミシと音を立てるなら、折られるよりも無抵抗のほうがいい。


本棚に本が敷き詰められ、よく使用している剣と彼女専用の鎧が飾られている以外は簡素な部屋。

女性の部屋に入るのはいかがなものかと考えていたのだが、事態は急展開を迎える。


戸を閉められたと思えば、先ほどの書店で買っただろう本を押し付けられたのだ。

『断じてこれは私の趣味ではない!!これはその、あ、新しい軍略の参考にしようとしていただけだ!』

そう顔を赤くして主張するアンナ嬢は、何やら焦ったように口数が多い。


それを無言で眺めていただけなのだが、勝手にアンナ嬢は一人で「別に愛読書ではない」「誰にも言うな」「いや、やっぱり忘れてくれ!」と一通り騒いだ挙句に「やましいものなどない!!読んで確かめろ!」と本を押し付ける始末。


指示に従って読んだというのに、何が気に入らないのだろうか?



「ただの本だ。これに何がある」

「何って……ヴァルカンティア宰相の一人娘が、こんなもの読んでいるだなんて格好がつかないだろう」

「恰好がつかない、なぜだ」

「お前も言っただろう退屈だと!散々こき下ろしていた。女々しくて、何の生産性もないと言いたいんだろう?……フン、私の弱みを握って満足か」

「弱み。これは弱みだと」

「まさか、ここから私に取り入るつもりか?生憎だが、その手には乗らんぞ」



昨夜から感じていたが、アンナ嬢は人間の心情を決めつけて話す癖があるのではないだろうか。

彼女の性格がどうあれ、それが原因で政略結婚をやめると誤解されたままだった。

我としても、彼女をディオメシアに嫁がせることは利が感じられなかっただけ。


それにしても、ロマンス小説は弱みになるのか。

知らなかった事実だ。



「ロマンス小説を読むと、剣筋が鈍るのか?腕力や体力が貧弱になるのか」

「あるわけがないだろう。そんな魔法のような効果」

「ならば弱みにはなるまい。我はロマンス小説を読むアンナ嬢から、一度も勝てたことがないのだから」

「は、はぁ?今更戦いの腕を褒めても、好意的になんて見ないぞ」

「我はアンナ嬢と結婚はすでに考えていない。純然たる事実だ」



嘘などない。

ヴァルカンティアにいる間、何度もアンナ嬢と手合わせをしたが武器があろうとなかろうと関係なく負けている。


そのような強さがあれば、それだけで彼女は彼女として愛されるだろう。

人格、行動力、両親の功績、己の強さ、軍略について学び続ける努力。

ロマンス小説が、彼女を貶める想像はできなかった。



「思い出した。我の姉様達も秘かにロマンス小説を読んでいた」

「う、嘘だ。ロマンス小説だぞ?庶民向けの、下品な表現だってある」

「識字は問題ない。今は言語の違う国へ嫁いだが、言語能力も高い姉様達だ」

「そういう問題ではないだろう……私を、擁護しているのか?」

「読みたい本を読める学を得たならば、それをいかんなく発揮することの何が悪い」



アンナ嬢に本を返す、これ以上見返す理由もない。

だが、彼女は本を受け取るとそれを抱きしめた。


そのまま下を向いてしまう。

それほどまでに読みたい本だったのか。

批評を受けたのは苦しいのだろうか?


だが、仕方がない。

この内容を楽しむ人間の気が知れない。



「ありがとう。ディルクレウス」

「なにもしていない。だが、一つ聞く。この本をなぜ選んだ」

「なぜって、興味があったからだが」

「そうか、ならば深く見ないことを勧める」

「どうしてだ。これは私が買ったものだぞ」

「その話はすべてが嘘だ。王と結婚し幸せになった庶民の娘も、末永く幸せに過ごした生活もない」

「何を言うんだ。これは創作で」

「あとがきまで見るがいい。その被害者が我だ」



そのままアンナ嬢の部屋を後にする。

彼女が追いかけてくることもなく、引き止められることもない。

せいせいしていたのだが、少し歩いて気が付いてしまった。



「ジークの毒について、聞き忘れた」



また戻るというのも、無駄だろう。

この後どう過ごすべきか。

我も本を読んでみるか、宰相殿の部屋から過去の軍略についての本を借りるのもいいだろう。


だが、結局字を読む気にはなれなかった。

与えられた部屋の中、双剣術の構えを何度も行い、剣を振り、時間を潰す。


夕飯の時間には5人で食事を摂る。


今日アンナ嬢と市場で鉢合わせたことは話さず、淡々と胃に詰め込んでいく。


馴染めない空気の中で、それでも食事は良い味だった。


武器休みといえど、0時を過ぎれば訓練をしてもいいはずだ。

我はまた、真夜中に庭へ降りる。


変わらず月の光が強い。

雲もほとんどなく、風は肌に刺激なく、乾いていた。


シャツを脱ぎ、適当に放る。

双剣術、できなくとも敵を殺すのに問題はない。

だが、さらなる力を手に入れるために覚えなくては。



「今夜もか。努力家にもほどがあるぞ」



錯覚を覚えた。

昨夜と全く同じ状況、同じ人物が、同じように毛布をもって現れたのだから。

変わらずのネグリジェ、だが彼女の手にはもう一つ握られている。


今日購入した、本。

内容が不快感しかもたらされないもの。



「昼間のこと、聞いてもいいか」

「どの話だ」

「この本、モデルについて。それが気になったから、今日は来た」



決闘が始まるのだろうか。

いや、彼女の目は昨日と違って棘がない。

構える様子も見せない。


酔狂だ。

その事実を聞くために、真夜中に起きてくるとは。



「この身分違いの恋は、ディオメシア先王がモデルと書いてあった。ディルクレウスの、両親なのか?」

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