1話 幸せの日々
王宮は、大好きなものばかりだ。
花も、庭も、本も、勉強も、剣術も、大好きだ。
でも、なによりぼくは家族が大好きだ。
手に紙の束を今日も掴んで、王宮を走り回る。
今日は天気がいいし、お姉さま達だったらお庭にいるかも!
走って、走って、お姉様二人のいる東屋についたときには暑くてしょうがなかった。
「ディルクレウス?もう、また走り回って。こんなに小さい坊やを放って使用人達は何をしているの?」
「小お姉様はまだぼくを子ども扱いする!ぼくもう7歳だよ」
「ふふっ、そうね。あなたの足に、みんなついてこられなかったのかもね」
「そうだよ!大お姉様の言う通りさ」
「もう、お姉様はディルクレウスを甘やかしすぎです!」
「あら、あなただって年の離れた弟が可愛くて仕方がないでしょう?」
優しく頭をなでてくれる大お姉様。
ちょっと口うるさいけど、遊んでくれる小お姉様。
嬉しくて、でもちょっと恥ずかしい。
だから、頭を撫でる手を払って「ディセルのお兄様どこにいるか知ってる?」と聞いた。
「その紙の束、また書き取りの練習を見てもらうの?ディセルは忙しいんだから、わたくしたちが見るわよ」
「やだ。ディセルのお兄様がいい」
「な、なんですって!?」
「こらこら、怒らないの。ディルクレウスの面倒を一番見ていたのは、ディセルでしょう?今日は何を書き取りしたのかしら」
「あのね!『ディオメシア建国伝説』!ディオメシウスが何度倒されても戦うところ書いたんだ!」
始祖のディオメシウスが、何度も何度もみんなのために立ち上がるところ。
本を読んでいるときもドキドキして、かっこよくて、だから字の練習に紙にたくさん書いたんだ。
だけど、大姉様も小姉様も、なんだか悲しそうな顔をしていた。
目を合わせて、大姉様が首を振って、小姉様が何か言おうとしてやめて。
それで「よく頑張ったわね」って小姉様がいうんだ。
ぼくにわからないことを、ぼくにわからないようにお話してる。
「ねぇ、なにかぼくいけないこといった?」
「そんなことないわよ」
「じゃあどうして悲しそうなかおするの?教えてよ」
「……ごめんなさいね。それは」
「なんで!?ぼくもうわかるのに!ディセルお兄様にも賢いって言われたんだよ」
お兄様お姉様たちはみんな大人だ。
5人のお兄様たちもたくさん戦いに行って、二人のお姉様たちも王宮でいろんな人に指示を出している。
ぼくだけ、まだ七歳だから子供って言われるのはしょうがないかもしれないけれど。
でも、子供じゃないもん!!
「いいもん!!お姉様たちきらいっ!」
「ディルクレウス!!あなたなんてことを!?」
「違うの、あなたにはまだ早いから。大きくなったら」
「もう知らない!!」
持っていた紙の束も、全部東屋に置きっぱなしだ。
だけど、嫌だったんだもん。
どうして、仲間外れにするんだろう。
王宮内を走る。
使用人達も、ぼくをみていやな顔をしている気がする。
どうしよう、どこに行ったらいいんだろう。
前を見ないで走っていたら、角で誰かにぶつかった。
ぼくは後ろに転んで尻もちをついた。
「いったぁ……もう、何するんだ!ぼくはディオメシアの王子だぞ!」
「ハッ。庶民の腹から生まれた悪王のくせに、偉そうなのね」
庶民の腹って言葉が、どんな意味なのか。
知ってるよ、いやな貴族とか、使用人達がたまに言うもん。
それで、いつもお兄様とお姉様が怒ってくれるから。
「いやしいおうじ」って、笑われたことがあるから。
だから、怒ってやろうと思ったんだ。
ぼくだけお母さんは違うけれど、ちゃんとお父様の息子なんだから。
頭が高いぞ!って。
でも、できなかった。
「う、あ……誰……?」
見上げると、黒いローブで全身真っ黒の女の人がぼくを見下ろしている。
赤い髪がきれいだなって思ったのに、その人はぼくを睨みつけてきた。
こんな人、王宮で見たことないのに。
初めて会ったはずなのに、ぼくはとっても嫌われているみたいで足が震える。
動けないでいると、その人は舌打ちをした。
「お前をここで殺せたらどんなに……」
「お、おねえさ」
「ディルクレウス王子!!こんなところにいたのですか!?」
後ろから大きな声がした。
急いで振り向くと、そこにはメイド長がちょっと怒った顔をしてこっちにやってくる。
怒らせたら怖い人なのに、ああどうしよう!
前には黒い人、後ろにはメイド長!
ぼくはぎゅっと目をつむった。
だけど、メイド長が「お一人で何をされているんです?」っていうから、驚いて目を開ける。
ぼくの前には、誰もいなかった。
足音も何もしなかったのに、黒い女の人は消えちゃったんだ。
言い返したかった。
ちゃんと謝れって言いたかったのに。
その女の人には、何も言えなかった。
「さっき黒い人が」
「何を言っているんです?今日は新しい世話係が来るからお部屋にいてくださいと言ったでしょう」
「でも」
「でもじゃありません。ディルクレウス様に合うように、年の近い優秀な子を迎えたんですからね」
メイド長が、ぼくの言葉を遮って後ろについていた女の子を前に出す。
使用人は、だいたい大人だ。
子供がいても、あんまり数は多くない。
その人は、ぼくより背が高かったけど、お姉様より小さかった。
ぼくを見て、ちゃんと礼をして、目を見て笑ってくれた。
「はじめましてディルクレウス様。あたしはツキと申します。これから、よろしくおねがいいたします」
黒い髪は、ぼくのと違ってつやつやしてる。
顔立ちも、あんまり見ない。
なんだか、お兄様達が使う剣みたいな、すっきりした人だった。
「これからおそばにお仕えしますからね。ディルクレウス様も、上の方々に負けない王子に育っていただかなくては」
メイド長がその後なのに言っていたのか、あんまり覚えてない。
ぼくはただ、年の近いと友達ができるかもしれないって嬉しくて。
一番年の近いディセルお兄様でも10歳以上年上の大人だったから。
怒られるのも構わないで、ツキの手をとった。
「ツキ!!これからよろしくね」
ツキは驚いた顔をしてたけど、手を握り返してくれた。
ぼくの初めての、友達。
うれしくて、その日は眠れなかった。




