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16話 月夜の女と最善の思案

宰相家に世話になり、昼はハイネ殿からの座学にアニータ殿の訓練へ参加。

夜は5人揃っての晩餐。

忙しいはずなのだが、ハイネ殿もアニータ殿もこの時間だけは必ず屋敷に戻ってきた。

国の中枢一家だというのに、特段豪華ではない簡単な夕食。

目的は今日会ったことを語り合う、家族の空間。



「今夜はジークを特訓するぞ。近頃座学ばかりで個別指導は久方ぶりだからな。食事の後で地下室へ」

「ええっ!?お、俺ディルクレウスとの手合わせをする予定が」

「お父様、ジークは暇さえあれば暗器を投げつけて奇襲しているだけだよ。性根を叩きなおす必要があるんじゃないか?」

「ハハッ、アンナの言うとおりだな。7では、アンナはこの母と手合わせ……といきたいところだが、今夜は戦術見直しの資料に目を通さなければ……すまない、アンナ」

「お母様私は問題ない、しっかり訓練は積んでいる。それより最近しっかり休めているだろうか?遅くまで明かりが点いているのを見たよ」

「ふむ、たしかに。ではハイネ、真夜中以降は寝室に戻ってもらうぞ。夫婦として久しぶりに共寝もいいだろう?」

「そういうのは二人きりの時にしてくれないかアニータ。ディルクレウスもいるんだぞ」

「義理の息子になりたいと言うのであれば、まずは我が家を知ってもらうのが一番だろう?不快だったか、ディルクレウス」



4人で騒がしい食卓は、不快というよりも慣れないに近い。

幼いころに兄様姉様達と和気藹々とした食卓を囲んだ覚えはある。

だが、もはや記憶の奥底だ。


ヴァルカンティアにやってきて3週間。

この屋敷で世話になってもう一週間。

武闘会まであと三日、帰国まではあと一週間。


だというのに、我は未だ良い返答がわからずにいる。



「いいや、問題ない」



それしか返すことができない。

その返答に、ハイネ殿とアニータ殿は気を悪くした様子も見せず頷いていた。

ジークは気に入らなさそうな視線を向け、アンナは見定めるような顔を隠しもしていないが。


訓練は楽しいと言って差支えない。

座学も知るほどに視界が開けていくようで、心地よい。


この晩餐の会話だけが、ずっと言いようのない不快感を膨らませていた。





真夜中。

宰相家の庭にて、我の両手には剣が握られていた。


満月だけが照らす庭には、ディオメシアのような彩色豊かな花々はない。

芝生に高い木々、平坦にならさせた簡素なもの。

武力の国を象徴するような、訓練場のような庭だ。


右手には使い慣れた黒曜石のあしらわれた長剣。

左手には、ヴァルカンティアで手に入れた短剣。


昼間見た、双剣部隊の動きを思い出しながら、双剣使いたちの動きを真似ていく。

敵の急所を攻撃するための長剣、敵からの斬撃を防ぐための短剣。


ディオメシアにいては知りえなかった戦い方に、自分も習得したいと真似てはいるがなかなかうまくはいかなかった。



「こんな時間に、上半身裸で何をしているかと思えば。そんな基礎をなぜ今やるんだ?」



闇夜の中、かけられたのは女の声だった。

こちらに歩み寄る足音、月明りに照らされて浮かぶ姿。

日の光よりも、彩度の低い赤い髪と、緑の瞳。

毛布を持った、アンナがそこに立っていた。



「遅い時間に女が外に出ては危険だ」

「我が家の庭だ。それに、この国で私に手を出すものはいないさ。なんだ?世話になっている分際で文句があるのか」

「我が一人で剣を振るっているのを見たところで、得はないだろう。そのような姿では冷える」



アンナはネグリジェのようなゆったりとした服に身を包んでいた。

文化は多少違うだろうが、姉様達もあのようなものを着て眠っていたはず。

遅い時間に、寝ていただろう時間に、わざわざここにやってきた真意が読めない。


アンナは口を少しとがらせると、こちらに躊躇なく歩み寄ってきた。

そして、我の左手から短剣を抜き取る。


あまりに自然に、抵抗する間もなかった。



「左手があまりにお粗末なのが、見ていられなくなったんだ。私の部屋からだと、この庭は良く見えるんだ」

「放っておけばよかっただろう」

「私に負けるとはいえ、お前は強い。もしジークも王子もぶっ倒して頂点になってみろ。双剣術もできないのかと笑われる。そんな男に嫁ぐ私まで、できないと思われるのは癪だ」



ほら、長剣でいいから左手に持て。

そう言う彼女は投げやりのようで、既に気迫のある左手の構えを見せる様は真剣だった。


随分と気位が高いのだろう。

愛読書は軍議の議事録と、世界中の戦術について書かれた研究書だと噂されていた。

このような男に付き合って起きてくるなど、相当なもの。


ならば、言わなければならない。

我は、手を貸されるべきではないことを。



「誤解をしているのであれば解こう。我は、政略結婚のために武闘会に参加する」

「聞いている。同盟の証だろう?今更おじけづいたならば生憎だが、武闘会に参加を表明したら撤回はできないんだ」

「ハイネ殿との座学で、政略結婚を使わずとも同盟を結ぶとこは不可能ではないとわかった。今や我にとって、結婚は必須ではない。結婚なしでヴァルカンティアと同盟を組む手筈を進めている」



側近たちにはまたうるさく後継をといわれるだろう。

もしかすると、ツキの時のような強硬手段に出ないとも限らない。


だが、この娘との結婚は避けたい。

思い通りにならず、賢く、強く、我よりも強くあるアンナ嬢とは。


月明りの弱い光では、彼女の顔に影がかかってよく見えない。

日の光であんなに鮮やかなのに、どうしてこうも読めなくなるのか。



「はっ、お笑い草じゃないか。お前も、有象無象と同じように『こんなじゃじゃ馬と結婚できるか』と投げ出すんだな?」

「聞き覚えのないことだな」

「数年前、同じように政略結婚目当てできた王子はそう言い捨てて出てったよ。ちゃんと、愛する我が国民が自主的に痛めつけて丁重に返したけれど」

「それと我が同じだと」

「どうせそうだろう。心配するな、そんなことは慣れている。別に結婚なんてしたくもなかったしな!!」



アンナ嬢の左腕から、短剣が飛ばされる。

かなりの重量があるはずのそれは、我の額を狙ったもの。

すんでのところで避けると、短剣はそのまま背後にある木に突き刺さる。


それを眺め、アンナ嬢に視線を移す。

だが、その時には誰もいなかった。


毛布の塊だけが、芝生の上に転がっている。

目を離したのはわずか数秒であるが、とんでもない逃げ足だ。



「そういう意図は、無かったんだがな」



だが、向こうも結婚をしたくないのならばちょうどいい。

武闘会は手を抜いておくか。

いや、あえて優勝して我の力を見せつけ、理由をつけて結婚を断るほうが今後交渉が楽だろうか?


月明りの中、剣を振る。

アンナ嬢のことを考えるより、余程こちらの方がはかどっていた。

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