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15話 宰相家への深入り

今日の天気は晴天で、雲一つない。

訓練場には兵士たちの大声が響き渡り、武器を交わす音がしているだろう。

汗を流し、肩を叩きあって鍛錬をしているに違いない。


我は、宰相一家の屋敷でハイネ宰相に睨まれているが。



「では、今日は内政における国民の鎮静方法を教えよう。ディルクレウス、君ならば国民不満での暴動を止める初動はどうする」

「軍隊を配備して首謀者を叩き、見せしめに公開処刑にする」

「よろしい、ディオメシアの内政の脆弱さがはっきり分かった。腹筋100回」

「何がいけないのだろうか」

「初動といっただろう初めに最終手段を持ってくるバカがどこにいる」

「はははっ、お父様はどんな身分でも容赦がないんだ。せいぜい床にはいつくばって俺を見上げるんだな」



ここは、書斎。

本が壁一面に並ぶ、宰相屋敷の一部屋。

ハイネ宰相の仕事部屋らしい。


そこに机を並べ、ジークと宰相、我の三人で顔を突き合わせていた。


そして渡されたのは大量の本。

当然のように開始される、国家運営のための勉強。


訳が分からなかった。

政略結婚を成立させるため、一人でも多くとの実戦経験を積みたい。

だというのに、戦いから引き離されてしまうとは想定外だ。


仕方ないので床に寝転がり、腹筋を始める。

特に苦ではないのだが、間違った返答をする度に煽るジークが目ざわりだった。



「ではジーク、答えてみろ」

「はい。初動としては国民への調査を大々的に行い、動く姿勢を見せます。そして陰でスパイを動かして反発する勢力を特定させます」

「80点。だがいいだろう……ディルクレウス、わかったかね?国家運営におけるタブーは『即時殺害』だ」

「なるほど……勉強に、なる」

「しっかり覚えていきなさい。お前は大国になる国の王なのだろう」



ハイネ宰相は、厳めしい。

今日宰相屋敷に呼ばれ、こうして対面しているとよくわかる。


訓練を受けた日とは違い、今日の彼は宰相らしいと言えるのだろう。

歴史ある軍事国家ヴァルカンティアを頭脳で支え、国民を豊かにしている要。


ディオメシアの内政は、貴族や側近たちが主だって動かしていたので詳しくは知らない。

知ったとしても、あの愚王の政策の上で成り立っていたもの。

腐敗する国を立て直すため、我が学ぶ必要はここにもある。



「よし、100回終わったな。では次、近年のヴァルカンティアを例に挙げて、作物が不作の年の対応と豊作の年の対応をまとめ、比較してなぜそれを行ったのか考察をしろ。やり方は」

「お父様ージークー。軽食持ってきたわよ、今回は私が作った蒸し鶏とトマトのサンドイッチ!」



書斎の扉が大きな音を立てて開く。

そこには、軍服に身を包んで盆にサンドイッチを載せたアンナがいた。


以前手合わせをしたときも感じたが、アンナにはドレスよりも動きやすい服装のほうが似合うと感じるのはなぜだろう。

あまりに彼女が騒がしいからかもしれない。



「え、なんでここに……お父様、どうして書斎にまで招いたんです?この間まで気に入らないと話していたのに」

「アンナ、そんなに邪険にするな。これからディルクレウスはうちで面倒を見るんだぞ」



自然に放たれた宰相の言葉に、手が止まる。


初耳だ。

そんなこと、一つも聞いていない。

今、我に割り当てられたのはヴァルカンティアにある宿屋の一室。

そこで一ヵ月を過ごすものだと思っていた。

実際、既にヴァルカンティアに来て二週間だ。

だがまさか、ヴァルカンティア中枢と言っていい彼の家に、世話になれるだと?


なんという嬉しい誤算。

懐に潜り込むのは無理かと諦めかけていたが、杞憂だったようだ。



「はぁ!?俺聞いてない!」

「私もだ!そんなの贔屓だと思われる。もし彼が武闘会で勝ったらなんと言われるか」

「別に問題はないだろう?武闘会に八百長はない。あったとして、勝ち残ったものがすべてだ。アンナ、わかっているね?」

「納得できない。今日だって、勉強を見せてやれとしか言わなかった」

「ジーク。お前も強情だな……そろそろ言葉遣いも指導しよう。お前も外交に出ていい年頃だからな、次ディルクレウスに舐めた口をきいてみろ」

「だってこいつは」

「言ったな?腕立て100回、王をコイツ呼ばわりするな」

「なんで!?お父様だって王様扱いしないって言ってたのに」

「王様扱いはしない。だが、お前が口もきけないクソガキになっていいとも言っていない。口ごたえしたから追加で200回」

「ク……宰相様の仰せのままに!!」



アンナはこちらを睨む、ジークは歯を食いしばって腕立て伏せをする。

なんと不思議な。

やはり、この家で最も強いのは父であるハイネ宰相なのだ。


それにしても、なぜいきなり態度を変えたのだろう。

アニータに殴られたことといい、先ほどの回答ミスといい、あまり好意的なものを示せていないのは明白だ。



「ハイネ殿、なぜ態度を変えた。他国の人間を家に置くなど、反発があってしかるべきだろう」

「ああ、それは」

「ただ今戻ったぞ!!総員、母の帰還を喜ぶがいい!!」



再度、書斎の扉が強く開かれる。

そこにいたのは、アニータ女将軍。

アンナと同じ赤髪で、同じような笑顔で、まるで数分前と同じ光景を見ているようだ。


アニータはアンナを抱きしめ、ジークの頭を撫で、ハイネ殿と軽くキスをする。

なんとも皆抵抗なく、これが普通であるというように。


そして我の前に来た彼女は、挑戦的な笑みを浮かべていた。



「ハイネから聞いている。滞在中、ひどくしごいてやるからそのつもりで」

「あ、ああ」

「時にディルクレウス、君の好きな食べ物は?」

「特にはないが、強いて言うのであれば魚が」

「魚だな?ハイネ、今日の夕飯は魚にしよう!5人で食卓を囲もうじゃないか」

「アニータ、俺は夜に会議があると言っただろう。それに、今日は腸詰だと決まっていた」

「腸詰は明日にすればいいし、その会議なら私が駆け回って事前に解決しておいた。まったく夜に集まるなんて、男どもは酒盛りの口実が欲しくてならんのか」



カッカッカと笑うアニータは、ものの数秒で決められていたハイネ殿の予定をすべて変えた。

隙のない立ち回り、容赦のない行動力。


ハイネ殿といえば、困ったように笑ってすべてを受け入れていた。


外国である以上、仕方がないことなのだが何度でも思う。

女が男より強く、妻のほうが夫よりも権力があるのはヴァルカンティア特有なのだろうか?


それとも、誰しもがこうあれる可能性を秘めているのだろうか?

……いいや、ありえない話か。



「言っておくが、我が家に入り込めたからと安心するなよ。武闘会は容赦ないからな」



アンナは、我に近寄ってそう呟いた。

頭一つ分は下の、我より細いその体に少し鳥肌が立つ。


話しかけてもらったのはいい兆候だろう。

こちらも、好印象を与えなくては。

なのだが、返事はできなかった。


息がつまって、声が出せない。


笑顔が作れていたかは、よくわからなかった。

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