14話 闇夜の来訪者と錯乱
夢を見た。
久しぶりに、姉様達の夢を。
もう何年も会っていないのに、ドレスのレースの細部まで思い出せる。
ここは、あの愚王の私室か。
姉様達が、一人ずつ愚王に直談判していた。
『お父様、まだ嫁げません。ディルクレウスはまだ幼いんです。母親代わりは必要でしょう』
『黙れ。戦いに行けない女の癖に、親に逆らうか』
『それは……ですが、内政を管理しているのはわたくしや妹で』
『とにかく、遠方の国に行ってもらう。あそこは製鉄が盛んだ、ディオメシアの役に立ってこい』
大姉様。
そうだ、大姉様が我を引き合いに出して結婚を断り続けるから、使用人に連れられてこれを見た。
『いやです!そんな、わたくしまでいなくなったら誰がディルクレウスを守るんですか』
『使用人がいるだろう、お前たち姉妹は何かと弟を引き合いに出して断りを入れるな』
『誰のせいだと……!そもそも、お父様が兄様たちを使い潰すから』
『ほう、末の弟の前で、兄たちがどうなったのかが言えるのか?』
小姉様も。
同じように連れてこられて、これを見て……。
何かを、言うように頼まれたんだった。
使用人が、よくよく言い聞かせてきた台詞を言った。
『姫様方の幸せのために、どうか言ってあげてください』
それを、あの場で、言ったんだ。
姉様たちをディオメシアから政略結婚に出すための、台詞を。
あれを、言わなければよかったと思う。
だが今は、言ってよかったと心から感じる。
それなのに胸が痛いのは、なぜだ?
姉様たちは、政略結婚の暗黙の了解を達成できるだろう。
『夫の意に添うように振舞う』
王より立場の強い王妃など、この世に存在しない。
だから、ディオメシアで生きるより幸せに生きているんだ。
他国に守られ、祝福のない子を産み、幸せだと報告を受けただろう。
そう、我がいないほうが、呪いがないほうが、我さえいなかったら。
もっと早く、幸福になっていたであろうに。
夢が遠ざかっていく。
まぶたを持ち上げる。
ぼやける視界の中で、即座に状況判断をした。
外は夜、周囲には簡素なベッドと、眠る何人かの男たち。
毛布が掛けられた体は冷えることがない。
痛みは背中だけ、どうやら着地方法を間違えたと見える。
そして何より、我の腹に跨る影を。
「よう、お目覚めか王様。のうのうと実に最悪な寝顔の提供ありがとう」
耳に聞こえたのは、聞き覚えのある声。
低すぎず高すぎない、女に変装しても違和感がない声。
そして、奇妙に軽装で体の線が出る衣服。
我の胸を狙って、突き立てられる剣。
「お前にはほとほとあきれたから、お命貰いに来た。いいだろ?うちの姫さん愚弄して、アニータ様にぶん殴られて、国に帰れるか?」
人が乗っている。
我より小さい、細い、体の線が良く見えて。
月光で顔が見える。
茶髪に、どことなく中世的な顔の、ジーク、そうだジークだ。
男だ、違う、彼は殺しに来たのか。
そうだ、ジーク、ジーク。
あいつらじゃない。
「国際問題なのはわかっちゃいるが、痛い目見せたいんだ。もし死んだとして、ディオメシアならヴァルカンティアが束になれば……おい、聞いてんのか」
違うんだ、こいつは男で黒髪じゃない、女じゃない。
ツキじゃない。
あの時、側近に持ち上げられて。
違う、あれは過去だ今じゃない。
跨ってる、どうして、殺すためだ。
「あ、ああ、ごめん、ごめんなさい」
「命乞いかよみっともない。はいはい、ちゃんと謝れたならちょっとは気も晴れるってもんだ」
ツキじゃない、ツキじゃない。
彼女は同じように我に跨らされて。
死にそうで意識が飛びそうで薬が心臓の音を強くして。
足だ、一瞬見てしまった。
太ももが近くて、側近たちが脱がすその手を止められなくて。
息が、できなかった。
そうだったあの時も死にそうで。
なのに側近たちがぼくたちを強引に。
「ぼくの、ぼくちがう、どいて、やめて、ツキを乗せないで」
「おい、寝言は寝て言えよ誰と間違えて」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ぼくが男だから、バカだったから、なにも、できな」
「ちょ、錯乱すんなよここ病院で」
「う、わぁぁぁぁぁあ!!!」
跨っていた人を、薙ぎ倒す。
金属が落ちる音が大きく響いて、人の声が増えていく。
どうでもいい。
なにか、なにか凶器はないか。
床を見れば、すぐそばによく研がれている剣。
先ほど胸に刺さろうとしていた、短剣。
それしかない。
それがいい。
悪夢から逃げられるのであればそれで。
剣を奪い取って、大きく振りかぶる。
狙うは下腹部。
いらないものは、切ればいい。
殺せばいい。
死ねなくても、ここで切り捨てればそれで!!
「んなにしてんだお前!!」
声がした。
強い力で、剣を握った右手を掴まれる。
邪魔をする腕は、すぐに力負けしていく。
先ほど薙ぎ倒した腕に、似ている気がする。
「だいじょうぶ、ぼくはだいじょうぶだから」
「なにいってんだクソ、錯乱してんのか!?」
「いらない、こんなのいらない、だいじょうぶ、だいじょうぶだから……!!」
「イチモツぶった切る男がどこにいる!?おい手伝ってくれよオッサンたち!!」
「ジークの坊主何してんだこんなとこで!?」
「それよりこっちだバカ爺!力、つよっ……」
たくさんの手が、伸びてくる。
なんで邪魔をする。
こんなものはいらないだろう。
呪いを次世代につなぐだけのもの。
被害者を増やすだけの。
もう蘇生されるのはぼくだけでいい。
王族は絶えていい!!
「おおおおおお!!!!」
ひと際大きく野太い声がした。
そして、後ろから攻撃が降る。
頭を吹き飛ばすような、容赦のない殴打。
また、頭が揺れる。
この感覚、アニータにも受けた痛み。
ああ、ようやく周りが見える。
寝ていただろう患者の男たちが、ジークが、息を切らせながら拳を握っている。
なんと、ヴァルカンティアというものは。
野蛮で、気持ちの良い国民性だ。
また、我は意識を失った。




