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113話 終の死

罠を設置したのだろう。

我を混乱させようと、小賢しい手を使ったのだろう。


ならば、これすら策略か。


ディアーナが、剣の届く範囲に立ったのだ。

矢が当たる場所、ディアーナの位置であれば頭に当たる。


躊躇いもなく、矢に当たりに行く姿勢。

守るように、両手を広げるその姿。



「いけない」



思わず、手を伸ばしていた。

無防備なディアーナの手を引く。


それが、最後だった。


痛みではなく、衝撃。

腕よりも体すべてを揺らす、強度。

口から零れる鉄の味、耳元で嫌に大きく響く己の鼓動。


心臓を貫通するのは、大きな矢。

ああ、これは、死んでしまう。

何度も死んだ身の上だ、致命傷の判断はつく。


ここまで、似てしまうのか。

親殺しを、娘にさせてしまったのか。


横目で見たディアーナは、床に尻もちをついていた。

怪我は、ない。



「汚いやり方を、覚えたものだな。我が、お前を庇うと見越していたか」

「賭けよ。わたくしを、お父様がどうでもいいと判断していたら、成り立たなかったもの」

「まさか、もう一つあったとはな……」

「お父様相手に、正攻法で勝てるわけがないでしょう」



痛みの中で、ジークの咳が聞こえた。

そうか、理解してしまえば容易い。

変装の名人であるジークにかかれば、馴染んだアンナの声を模倣するのは、訳もないこと。



「お願いがあるの、お父様。この戦いを終わらせましょう?このあと蘇生を行って、わたくしに王位を授けるように宣言してくれれば」

「嘘はつくな。この戦いは、我の死の周知なしに、終わりはしない」



この傷からして、あと5分と持つまい。

死は、久々だ。

だが、今回は意味がある。


我が死んだとわかれば、ディアーナが逃げおおせれば。

ディオメシアの王政は打倒されたこととなる。


望み通りだ。

もう蘇りたくはないのだが……


かすむ視界の中、足元に、何か輝くものを見つけた。

白と赤に染まる床に、不釣り合いな破片たち。



「あ、ああ」



深く息を吐きながら、力を振り絞って膝をつく。


忘れるところだった。

当たり所が良くなかったのだろう。


足元に散らばっていたのは、昨夜から持っていた、ディアーナへの髪飾りだった。


銀色の縁取り、黒の印影、赤の宝石、緑の宝石。

死が近い中で、ただそれだけが良く見えた。


指先で、細やかな破片を一つ一つ拾う。

わずかに指先に刺さる感覚が、そこに物があると教えてくれる。



「なにを、しているの」

「我は死ぬ。蘇生はするな、そのまま王となれ」

「そんなのこちらに都合が良すぎるわ」

「我の願いは、ようやく叶う。それだけでいい」



死ぬ前というものは、すべての感覚が遠くなる。

そう記憶していたのだが、不思議と耳が良く聞こえた。


ジークの苦しげな声、ディアーナの困惑、か細い呼吸音はメリーだろうか。

彼らは、我が何をしているか見えているだろう。

こちらからは輪郭すら朧気だが、声だけである程度の心情を察することができる。


破片を拾い、手のひらに集める。

金属同士の擦れる音の中に、水音が混じっていた。

血で濡れてしまっているのだろう。


指先に伝わる、硬質なものがなくなった。

すべて、拾えたらしい。


気が付けば、音も遠くなっている。

顔を上げれば、赤いものが見えた。


その髪色は、どんなに朧気でも見間違うことはない。

ディアーナは、我のすぐそばに、いる。



「手を出せ。おまえのものだ」



手の平を逆さにして、破片をすべて落とす。

粉々だろうが、ようやくだ。


これで、返せた。

手づから、ディアーナへ。


受け取れたのだろうか、それはもう見ることは叶わない。

それでも、満足だ。



「すべて、受け取ったわ。でも、どうしてこんな……お父様?」



父と呼ぶ声だけが、聞こえた。


我を、呼んでくれる誰かがいた。


もっと我が賢王であったならばよかった。


我はディアーナを、しがらみから解放させることは、できなかった。


だが、これはわかる。


我は今、幸せなのだ。


そして、暗闇に包まれた。

死が、慣れた感覚に包まれて。


この世界から、切り離された。

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