112話 蘇る声、奇策
円状に、炎が取り囲んでいた。
へたり込むディアーナの前に立ち、両手に短剣を構えて守るのはジーク。
すでに何か所か怪我をしているのが見えるが、気にした様子はない。
奴らしい、あの頃の瞳でこちらを見る顔は、戦いに高揚していた。
「気を付けないと、燃え死にますよ?戦場でマントに火が燃え移ったときの貴方は実にケッサクでしたね。ル、ク、ど、の?」
「……我の名を、呼ぶな」
「あっははは!なんだ覚えていらしたんですね!?よかったよかった、殺しがいがあるってもんだ!」
ジークが跳ぶ、鋭い刃が容赦なく降り注ぐ。
一撃ごとが重く、それでいて素早い。
斬る一撃と、突く二撃、さらに反応速度を速めて急所へもう一撃。
両手で多彩な動きを見せるジークの攻撃を避けることは、骨が折れる。
こちらは長剣一振り、片方を防げばもう片方に攻撃される。
ならば、こちらも全身を使うまで。
大きく剣を薙ぐように斬り、ジークとの距離を稼ぐ。
そして再度近寄るジークの剣さばきを、蹴りの形で受け止めた。
靴の裏に仕込まれてるのは金属板。
強い力で突けば、腕も痺れる。
だがそれも読んでいたのだろう。
ついに投擲してきた短剣を、左腕で防ぐ。
肉の刺さる音がするが、ひるむことはない。
「死ねぇ!!」
「愚かな」
何度剣を交わしたか、拳を合わせたか。
ジークと手合わせをした昔を思い出す。
何度勝ち、何度負けたのか思い出せない。
アンナを通して、何度も会話をした。
何度も、話ができないと不機嫌なジークを見た。
アンナが死んでも、ディアーナのためだと懸命にお前は動いていただろう。
憎まれ口で、ディアーナが心配だったのだろう。
無理な話だ、ジーク。
ここまで我々が関わっておいて。
あの牢獄で、お前など知らないと言った。
その恨みを我に持ちながら、他人のふりなどできるものか。
「ジークさんもうやめてっ!!立たないでくださいっ!!」
「メリーやめなさいっ!!あなたが行っても足手まといよ!」
「なんで、ディアーナ様、ジークさんが、ジークさんの、左腕」
「わたくしたちが手を出していいものではないの!!わきまえなさい!!」
手加減などできない。
互いの流血で、白い床が赤く染まる。
考えるより先に体が動く。
予備動作、反射、視線、そのすべてが無意識の中で次の攻撃を予測する。
何度も的中し、何度も外し、その度に傷が増えていく。
そしてついに、我の剣がジークの左腕をとった。
ここで止めておけば、そのような思考すらない。
肉の断たれる、ちぎれる音。
ジークの左腕が、ちぎれかけで垂れ下がっている。
ようやく攻撃が止まった。
水音を立てて、ジークの体が倒れる。
寄ろうとしたが、だるさで足が動かない。
足元を見れば、ジークにも劣らないほどの血だまりがあった。
ジークも我も、黒い服を纏っている。
気が付けなかった、いつの間に満身創痍だったのか。
「俺が何で、ディアーナ王女の専属になったと思いますか?アンナの専属でもなかったのに、なんで面倒な小娘についたと?」
「我への復讐か。バカバカしい」
「そのバカバカしいことが、俺を生かしたんだよ。お前を殺せるチャンスが巡ってきたんだ、十年は無駄じゃなかった。返せっ……俺たちの、ヴァルカンティアの……!」
血を吐くような言葉だ。
だが、今はジークが羨ましい。
お前の言葉は、いつも何度も曲がり相手に伝わりにくいだろう。
ここまで、わかりやすく感情を口にできるのだな。
我に同じ力があれば、伝えたい言葉がすべて、伝えられたならば。
アンナを失った悲しみを、お前と分かち合えただろうか。
「ジークさん!」
「メリー……じゃま、ですよ」
「あ、えと、こ、こんなに怪我して、痛かったですよね……」
次から次へと、何をするつもりだ。
これまで存在感がなかった専属使用人の娘一人、ジークを今更何ができる。
切り捨てるのは容易い。
だが、それは、正しいことだろうか。
ディアーナのために、我のために。
ヒールの音が鳴る。
この場で、その音を出せるのは一人しかいない。
「お父様は、本当は心根が優しくて強い。そうお母様がおっしゃったことは、嘘なのかしら」
戦いに最も不向きな装束で、我より力が何もかも劣るディアーナが。
何度でも我の前に立ちはだかってきた。
専属使用人に任せ、この場を逃げればいい。
なぜそれを選択しない。
いつまで経っても、お前は言うことを聞かないのだな。
「ここからは、わたくしが相手をするわ」
「我に、勝てると?」
「勝てなくとも、勝てる戦いにするのが務め……お母様は、きっとそうおっしゃるわ」
ディアーナは丸腰だった。
武器を持たず、月光国のような毒瓶も持たず。
ただその姿が、炎そのものを現したようだ。
時間が経ったのか、火の勢いは増していく。
ディアーナが動くごとに、足を挫かないか、ドレスに火が燃え移らないか、目が離せない。
そして、ディアーナは口を開いた。
「『ルクは、お父様は不器用だから。お前が助けてやってほしい』」
それは、ディアーナの声ではない。
忘れるはずもない、聞こえなくなって久しい声。
アンナの、声だった。
「やめろ」
「『本当は心優しい、お前のことをいつも気にかけている』」
「その声を出すな!!」
「『ルクは私の唯一だ』」
「アンナの声を、出すな!!」
「『この子は私たちの生きた証になる』」
ディアーナが口を動かすたびに、アンナの声がする。
アンナに似た姿で、アンナが言うだろう言葉を浴びせてくる。
嘘だ、これは偽物だ。
なぜだ、何が起こっている。
血が足りない頭で考えたが、それはわからない。
攻撃は何も受けていないのに、目が回る。
「『さよならだ、ルク』」
「アンナ?」
「『地獄で待ってる』」
そして何かが弾かれる音。
それは我の前、設置されたボウガンのようなものから、左腕を貫いたものと同じ太い矢が放たれる。
同じ手には乗らない。
剣で矢を切り捨てようとした。
だが、それはできなかった。




