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111話 素直とは遠い情

幼い頃より、ディアーナを示す色は鮮烈な赤だった。

王族としてガーネットを与えられたディアーナの、名を表す赤。


我が唯一知っている、娘の好きなもの。

アンナ譲りの赤銅色の髪とよくなじむ、火にも似た幼姿。


だが、この部屋に入ってきたディアーナは違った。


目を疑ってしまった。

あまりに、出会ったころのアンナに似た容姿。

深紅のドレスに身を包み、堂々と歩く姿。


女性となりつつある娘の、それを。


ジークは、約束を果たした。

死ぬ前に、また会うことができた。

胸にこみあげるものが何か、よく理解ができない。


だが、体は、声は、裏腹の行動をとっていた。



「お前を探させていたんだがな、まさか戦いのさなかに戻ってくるとは。母親譲りか?じゃじゃ馬だな」

「どうして、ここに」

「礼儀はどうした。娘といえど、王への挨拶もできないのか」

「ディアーナ様、私が」

「いえ。メリーは下がって居なさい」

「でも危険ですよ……!」

「あなたが行けば、斬られても文句は言えないのよ」



己の臆病さに嫌気が差す。

無事だったのか、怪我はしていないか、七年間何をしていたのか。

なにより、会えたことが言いようもないほど高揚していることを。


そのすべてが、なぜ口にできないのか。



「あの、お父様。ここで何を」

「こちらの台詞だ。お前こそ、なぜ探されているとわかっていながらすぐに王宮へ来なかった」

「……わたくしを、ディオメシアから追い出したのはお父様が組織した軍でしてよ」

「我が『戻れ』といったら戻れ。貴様は、我の物だろう」



呪いではないことなど、一番わかっている。

アンナであれば、もっと直接的に伝えただろう。

あるいは、歓喜の抱擁くらいはしていたはずだ。


一言、会えたことの喜びが、一つも口を出てこない。


そのせいだろう、ディアーナからの視線が厳しいものになっていく。



「生憎と、言うことをただ聞いて大人しくしていろだなんて、お母様に教わらなかったんですもの。わたくしは好きなように動くし、好きなときに戻っただけですわ」

「……そうか、構わない。ただお前が王宮に居ればそれでよかった」

「わたくしをだしにして、国民の支持を得ようとするお考えかしら?だとしたら謝らなくてはいけませんわ、お父様」

「謝る?なんのために」

「わたくし、もうお父様には従わない。王宮に来たのは、お父様から王位をいただいて、この戦いを止めて、わたくしが女王になるためですもの!」



運命というものは、存在するらしい。

我が先王の王位を簒奪した時のように、ディアーナまでも同じ道を辿るのか。


王位など、渡したくもない。

ここで途絶えるためにどれだけの犠牲を払ったことか。

すべては、お前が自由になるためだった。


それを、なぜこの口は素直に告げられない。


ならば、仕方がない。

ディアーナの心を折るほかない。

決闘として、戦いを挑まれたのであれば大義名分はある。


手加減は慣れている、怪我をさせない程度に追い詰めればいい。



「だから、お父様。これから玉座の間でわたくしと戦いましょう?戦好きなお父様ですもの、実の娘の誘いとはいえ、断る理由はないわ!」

「なぜ玉座の間なんだ」

「……ぎょ、玉座の間のほうがわたくしにふさわしいからですわ!!」



ディアーナと、王宮を歩いたことは数えるほどしかない。

どれも幼い、小さな足が我に追いつこうと必死に動く姿ばかり。


それが今は、少々足早だが難なくついてくる。

レオンが、あれだけ成長するほど年月が経っているのだ。

ディアーナも当然、変化がある。


玉座に繋がるこの廊下を、また赤銅色髪の人間と歩くことになろうとは。

アンナ以来、なかったことだ。

それが、戦いへの道だとしても。


玉座の間には、ディアーナの専属使用人が一人、すでに到着していた。

あれは、ルシアンの右腕をしているメリーだろう。

魂胆としてはわかる、腕力で敵うはずもないディアーナであれば、ここに罠が仕掛けられているとみるべきだ。


ディアーナが無策で来るとは考えられない。


我が持つものは長剣一振りのみ。

だが、これでいい。

鞘から抜き、ディアーナに向ける。


視線が混ざる、この時。

アンナに似た顔で、髪で、だが瞳の色は我と同じ色。


この剣を、実の娘には向けたくなかった。



「行くぞ」

「臨むとこ、ってうわぁあ!?」



決闘を始めようとした矢先。

大きな揺れが全身を襲う。


同時に耳に届くのは、大きな爆発音。

連続するその音たちは、階下からしていた。

煙の臭いはすぐに鼻をかすめ、何かが燃える音がする。


まさか、火薬倉庫が燃えているのか。

実に賢い手だ。

敵を追い詰める策としては、視覚的にも有効だろう。


階下から登ってきた火の粉が、玉座の間の床を炎に包む。

どうやら、これを見越して床に油でも仕込んでいたか。

燃える玉座の間で、動ける範囲が狭まっていく。


だが、それはお前も同じ。

十数メートル下の地面まで、我であれば生身で飛び降りられる。

ディアーナ、同じことができるか?


気を取り直して、レオンに向ける威力の半分ほどで踏み込む。

驚いたような表情をするディアーナだが、一拍後には体勢を整えて待ち受ける。


構えは、ヴァルカンティア式武術のもの。

半身で相手を捉え、攻防どちらでもすぐに動きやすく、何より攻撃を避けることに特化した動き。

ジークの教育だろう、隙はない。

だがそれは、お前が相当な強さだった場合だけだ。



「お、お父様!ほ、本気でわたくしを殺すのですか!?お父様の娘を!」

「お前は我から王位を奪いたいのだろう。ならば、我が手を抜く理由があるか?」

「で、でもわたくしはこの国唯一の後継ですわ。この国のためにも」

「知ったことか」



剣で怪我をしないよう、刃ではない剣の面をディアーナに寄せる。

加減はしたが、短剣を使って受け止めたディアーナの身のこなしは見事だ。


ディアーナは距離をとるように数歩下がるも、重心が安定していない。

足元が見えないが、長いドレスの裾とわずかに見えたのはヒールだろうか。


それでよく勝負を挑んだものだ。


軽く小突けば気絶するだろうと踏んで、ディアーナの背後をとろうとした。

手刀を首に打てば、そう手を伸ばす。



「っ!!メリー弓!!」

「はい!!」



ディアーナの勝気な笑みが見上げてくる。

それを感じ取った次の瞬間。

明確な攻撃の意志が、背後にした。


咄嗟に腕をその方向へ向ける。

防具のある左腕で攻撃を受けるのは、慣れた動き。


そして瞬きする間もなく、左腕に太い矢が突き刺さった。

血が流れているが、指は動く。

骨が砕けているようで、妙な方向に曲がっている。


矢を引き抜けば、女の引きつり声が聞こえた。

メリーと呼ばれた専属使用人だろう。

だがディアーナは驚きもせず、声も上げず、我から目を離さない。


この体はとうに痛みが存在しない、ここからの戦いに支障はない。

だが今の位置、左腕で受け止めなかったら、心臓を貫いていただろう。

我をここに誘導し、矢を仕掛け、一撃で殺す算段だとしたらよく考えたものだ。



「小賢しいな。この程度では何も残らない」



あっけない。

決死の覚悟で来るというものは、これだけだったか。


ディアーナは歯を食いしばり、さらなる策に出る。

事前に用意していたのだろう、壺を割って周囲に広がる炎の勢いを強めた。

状況が変わったことに乗じ、我を刺そうと短剣を突き立てるが、その程度何の障害にもならない。


いや、よくやったと褒めるべきだろう。

策自体は悪くなかったが、相手が悪い。


これで終わると、息をつきかけた。


それを待っていたかのように、その男は現れたのだ。



「あーぶっ殺したい人間1位みぃつけたー!!」

「……ジーク」



窓を突き破り、ディアーナを助けるように庇うその姿。

我に、一度もおもねらないその態度。


我を忘れたとは思えない、常と変わらぬその表情を。



「やぁどうもどうも。今回あなたの命ちょうだいしてよさそうなんで、数年越しに命くださいディルクレウス様!」

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