110話 終焉の朝、持ちかけられた暗殺
城壁の上、兵士たちを鼓舞するレオンは、獅子のようだった。
「皆の者!今日は愚かにも、王に宣戦布告をした卑しき人間どもを退治する日となる!」
レオンの大きな声は、よく通る。
誰もがその内容を聞き逃さないように、逃げられないように、聞こえなかったなどと誰も言い訳せぬように。
レオンは続ける。
堂々と、雄々しく、獰猛さをその目に宿して。
「本日は俺が指揮を執る!貴様らの上が誰かは知らないが、ディオメシアより上回るものはいない。俺の言葉は、陛下のお言葉と心得よ!!」
レオンの声に、大きな歓声を上げる兵。
だが、それはどうでもよい。
彼らは攪乱。
我が最後まで反乱軍を苦しめたという証人。
うまく動けばいい。
レオンが話している間に、王宮に戻る。
これ以上できることはないだろう、そう考えていたのだが。
消えたと思っていた人影が、我の前に立った。
出会ったときと変わらない、胡散臭い笑みを湛えて。
「王様、なにしてんだい?レオンが大演説中だろうに」
「貴様こそ、既に逃げたのではないのかミクサ」
「今出るところだ。面倒極まりないけどな、あんたには借りができた。何千人もの月光国民を、ここまで食わせて守ってくれたこと、奴らのボスとして感謝する」
「知性はあるらしい。何事だ、王宮にいる危険性は話したはずだが」
「安心してくれよ。あんたの邪魔はしない、ただ、借りっぱなしは性に合わない。例え、あんたが望み通り今日死ぬとしてもだ」
「だったらなんだ。我に何を返す」
「あんたの後妻、エラの行方。ワシは知ってる」
「エラの行方だと。やはり死んでいなかったか」
「あ、やっぱり気づいてたか。認めたくないけど、ディアーナ王女サマは凄まじい怪物だよ。爆発も何もかも演出して、エラを長年逃がしたんだから」
ミクサは、口元を隠して話す。
どのような表情をしているのかはわからない。
この話が全て嘘である可能性もある。
だが、信じたい話だ。
月光国は独自の交易ルートを多数持っている。
その中の一つに紛れ、逃げていたとなれば現実味がある。
そうか、ディアーナは月光国に協力を仰いだのか。
賢明な判断だ。
我が、いかに役に立たないか。
それは、自身がよくわかっていた。
「エラは、今どこに」
「知ってどうする?もう死ぬのに、会いに行くのか?おすすめしないよ、だってエラはディアーナ王女サマの味方だ。たくましい女商人になって、立派だよ」
「ならば、お前はなぜここにいる。わざわざそれだけを話すために来た訳がない」
「なんでわかった?」
「貴様、剣と銃、毒薬瓶も持っているな。暗殺か」
ミクサの口元が弧を描く。
月光国民の顔立ちは、ディオメシアの民と比べて表情が読み取りづらい。
両手を広げるようにしたミクサの感情は、明確にはわからない。
それでも、ミクサに関して想定していることはある。
彼は、我とは違う死線を何度もくぐっている。
そして、多くの民を抱える頂点。
そのような人間は、無益に武装することはない。
「我を殺すか」
「違う、レオン」
「奴は何もしなくても今日死ぬ。エラと同じ場所に行くと」
「だからだ。数日見たけど、あいつの執着はとんでもない。それに、エラに関しては逃がしたワシとしても責任がある。それに、コマちゃんも動向気にするはずだし、ワシが間違いがないように仕留めれば安心だろう?勘違いするなよ、あくまでお前じゃなくコマちゃんの要望を先回りしてだな」
「ならなぜ我の前に姿を見せた。借りを返すと宣言しなければ殺せないのか」
「そうじゃない。だって、レオンは右腕だろう?迷惑被るのは、そっちのはずだ」
律儀なのか、愚直なのか。
だが、悪くない話だ。
たしかに、レオンはここまで育てた駒、失えば惜しい。
だが、もしもだ。
エラが生きていると、奴が知ればどうなる。
ディアーナの味方だというのであれば、最悪王宮に乗り込むだろう。
あの、妄執の獣を、エラに会わせるのか?
どうやら、ミクサは気が利く。
面倒を買って出ようというのだろう。
「ならばミクサ、最後に我の命令を聞け。奴の命運、これまでのレオンの研鑽に賭けよう」
「随分な言い草だな。確実に殺すんじゃないのか」
「あれは我が育てた駒。エラに危害を加えることは許容できないが、奴の好きにさせる気もない。……エラの部屋で待機しろ。レオンを連れていく」
「あの暗い部屋で?なんでまた」
「奴が唯一、気を抜く場所だ」
「えっ、ちょ、待てよ!」
ミクサの声がする。
だが、振り返らない。
大演説を終えたレオンに、仕掛けなければならない。
最後の訓練だ。
奴に施せる、最後の試練を。
「何ですか、いきなりいなくなるなよ。最後の姿くらい兵に見せて士気を上げれば」
「言い忘れていたことがある。貴様が所望していたエラの青空のドレス、それを用意し損ねていた」
「え!?嘘だ、全部くれるって、ふざけるなよ!!」
「そうだ、だから今しがた、エラの部屋に運ばせた。行くか」
「当然だ。エラの伴侶として、それ以外ない!!」
息を荒くして、レオンは歩みを進める。
ミクサが潜んでいる、エラの部屋へ。
何年たっても、エラが絡めば知能が低くなる。
それさえなければ、どの国でも重用される人間になれただろう。
それを利用したのは我だが、かかるのはレオン自身の過失だ。
「本当に、いいんですね。ついに、エラの青空のドレスを俺に!?」
「お前は十分働いたからな」
「長かった。ああっ!すべてこの時間のために、エラの物を手にすることだけが俺を生かすすべてで」
「貴様、指示はすべて出したのか」
「はい!配置、攻撃方法、防衛手段、王宮に入らせない守りも万全です!俺がいなくてもきっと兵たちは動く!」
レオンの言動に、ありもしない空想が浮かぶ。
もしも、エラが正式に我の娘として王女であったならば、レオンは、どうなっていただろうか。
いいや、考えても詮無いことだ。
エラの部屋の前に立つ。
その後は、何もしない。
「エラ!!」
レオンは、勝手に部屋に飛び込んでいく。
どう待っているかなど予想もつかないが、ミクサによって痛めつけられるだろう空間へ。
扉が閉まる。
中に入ったレオンを確認して、その場を離れた。
エラのものに囲まれて死にたいというレオンの言葉に、思うところがないわけでもない。
最期の瞬間を彩る方法は、自由だ。
それであれば、最後に一度だけ。
アンナの部屋に歩みを進め、扉を開く。
中の遺品たちに目をやりながら、アンナが使っていた寝台に腰かけた。
そのまま、体を横たえる。
アンナが死んだときのように。
遠くで、戦いの音がする。
戦いは、始まったらしい。
この国の悪王が、まさかこのような場にいるとは誰も思うまい。
深く呼吸をしても、もうアンナの匂いはどこにもなかった。
胸元に手を置き、目を閉じる。
そのときだった。
「メリー、そこにいてくれるかしら?わたくしちょっと探し物があるの」
「ディアーナ様、探し物なら私も」
「時間が惜しいわ。わたくしだけで十分」
閉じていた扉が、開かれた。




