114話 とある旧友の秘密な些事
戦いは終わった。
あれから早一週間が経つ。
ディオメシアがどうなったのか、背後に何があったのか。
それは、また別のお話。
そんなものは、語れる元気がある奴がやればいいんです。
実は王女様が偽物だったとか、本物のディアーナが諸国と和平を結んでディオメシアの女王となってしまったとか。
なんやかんやで生きのこったレオンが、エラの部下として商人になったとか。
俺達専属使用人は生き残ったとか。
あの俺たちの王女様は、死んだとか。
どこかにありますよ、詳細なお話が書かれた書物。
けれど、俺には語る元気がありません。
メリーかアテナかコマチか……はたまた魔女か。
あるいは、その全員が、仔細を語ってくれるでしょう。
見たい奴は見に行けばいい。
「体痛いですねぇ……薬切れてきました。誰か持ってませんか~来てくれたら目撃者潰しの上で薬強奪させていただきますよ~」
ディルクレウスとの戦いで負った傷がじくじく痛む。
あいつ、本気で戦ってましたから。
これまでの鬱憤とかが溜まりに溜まって、興奮で通常以上の動きが出てなかったら普通に死んでます。
そんなところは、まさか青年期と同じだなんて知りたくありませんでした。
左腕は使い物になりませんけど、生きているなら儲けものです。
包帯ぐるぐる巻きの不審者状態ですけれど。
まったくまったく、俺たちのディアーナ王女は人使いが荒いったらない。
生傷が絶えなさ過ぎて、訴えたら勝てませんかね?
あ、もう死んでるから意味ないんでした。残念無念。
「本当に俺ってやつはなんて気が利くんでしょう。しかもとんでもない働き者で、しっかり『察して』後始末までしてやるんですから……誰か追加報酬くれませんかぁ~……」
さあ、こっからはちょっと蛇足な時間。
おしゃべりジークさんでも、ちょっと仲間には言えないヒミツの仕事。
好き好んで、真夜中に一人で誰も入らなさそうな森なんか、来るわけがありません。
ずりずりと、スコップとのこぎりと火打石、ついでに火薬の入った麻袋を引きずる。
向かうのは人が立ち入らない森の奥。
そこに残した、最後の仕事のために。
「はぁ~あ、損な役回りですよね俺は。なんだかんだで二重三重スパイの上に、いけ好かないディルクレウスの命令まで聞いてやるなんて。さては前世が天使だったのでは?そうに違いありません……誰も突っ込まないって、それはそれで盛り下がるんですけど」
夜の森の中は、人の気配一つありません。
大きな独り言に返事をくれるのは、せいぜいフクロウか木々の騒めき。
いっそ大声で歌ってやろうかとも思いましたが、やめておきましょう。
だって、到着しましたから。
藁に、小枝に、倒木。
人間が踏み入らない場所ですが、念には念を入れて俺が隠した、秘密の場所。
今日は満月、月明かりで物がよく見えます。
俺は訓練の成果で、新月だろうとよく見えます、何という超技能。
「はいはい、死んでますか~?あ、ちゃんとお変わりないですね。本当に不気味ですこと」
ポイポイとすべてを退け、お目当ては見つかった。
黒い、大きな外套に包まれたカタマリ。
片腕で何とか平らな場所に移し、中をあらためる。
血が固まったのだろう、剥がしづらいですが確認。
彼は、ディルクレウスは、そこに静かに死んでいた。
死んでいる、今は。
「王族は、肉体が揃っていれば、地下教会で祈るとすぐに蘇生する。だが、それをしなくても死んだ体を10年面倒みれば、自然と蘇生する……今なら、お前が何であそこまで躍起になって悪王やってたのか、少しだけ察せますよ。すこ~しだけですが」
顔は、きれいなままだった。
俺との戦いでついた傷、ディアーナ王女の罠で最後に食らった貫通傷。
何の気なしに傷に触ってみましたが、出血はない。
すべてしっかり残っている。
それが、どれだけ異常か。
多くの死体を見てきた俺なら、よくわかる。
一週間、隠していたとはいえ野外に放置されて、腐敗一つない。
しかも、死んだすぐあとにここに運び込んだ時と、現在で傷がわずかに違う。
ほんの少しだけ、皮膚が埋まっている感覚があった。
「……やっぱり。だと思いました、不死の呪いは民衆から忘れ去られないと、続くものなんですよね。やっぱり、来てよかった」
左手はちぎれてしまったので、片手ですが道具がある。
ある程度の大きさにして、火薬の量を調整して、燃やしてから骨も念のため砕いてしまいましょう。
安心してください、これでも後ろ暗い仕事のエキスパート。
人一人消すことなんて、わけありません。
死体処理なんて、レディーにさせられませんよね。
「じゃあ、ちゃんと死にましょうか。いろいろ言いましたけど、昔馴染みということでタダでいいですよ。ちゃんと、アンナに会わせてあげますから、」
ノコギリを手に、遺体に近づく。
本当に、誰にも見られなくてよかった。
細かく細かく、汗水たらして作業を続ける。
細切れにすることなんか不可能で、ある程度分解したら穴を掘って中にすべて入れる。
火薬を目分量で入れて、ついでに小枝とかを放り込んで火をつけた。
「あーあ。これでお別れと思うと、なかなか感慨深いですよ。よかったですね、あなたはディオメシアを滅ぼす寸前までいった悪王として、歴史に残りますよ。アンナの功績なんかはきっとそのうち忘れ去られるんです。というか、あなた最後まで娘の正体に気づかなかったですよね?それでよく父って呼ばれていい顔で死ねたものです、呆れ通り越して軽蔑通り越して哀れで……ああ、なるほど」
燃えていく黒い外套。
燃えていく、家族が愛した男。
ずっと立ちはだかった、壁。
それが、まさに骨になって乾いていく。
まだ燃える炎からひとかけら取り出して、指で挟めばあっけなく粉々になった。
「俺、やっとアンナがお前を選んだ理由がわかりましたよ。誰にも、言ってやりませんけど」
若い娘たちも、新しい国家を率いる真の王女も。
世界を動かしていく悪王の落胤も、胡散臭い男も、執着しすぎる奴も。
誰も知らない話です。
だけど、俺だけは覚えていますよ。
あなた達夫婦が、幸せに終われただろうこと。
「あー寒い。早く戻らないと、怒られますね」
暗い夜の森。
誰も知らないで、祝福を持つ男はこの世から消えた。
これでおわり。
どうぞ地獄でお幸せに。




