108話 終わりの前日
時は瞬く間に過ぎていく。
ここ一か月の時間の流れは、息つくごとに日付が過ぎていくようだ。
寒い冬に入り、陽が落ちる速度も増していく
蝋燭を使用人に点けさせていると、執務室に飛び込んできたのは3人の姿。
「この馬鹿はどうにかならねえのか?二言目には短絡的な策ばっかり提案しやがる、ワシの案を鼻で笑うばかりで能がない」
「なんだと!?貴様の陣頭指揮はめちゃくちゃだろう、隠密ばかりで地下のモグラじゃないか。貴様の国のような陰湿な手を、俺のような高貴なものが使えるか!!」
「月光国ボスのミクサ様と呼べよ、負け犬。正面突破ばかりの力押し戦法とは芸がない、本当にソルディアの王子だったのか?まんまと今日の訓練でワシに盤上ひっくり返されたくせに」
「あれは事故だ!!毒だの薬だの奇襲だの怪しげなことばかり。卑怯とは月光国のことを指すのだな」
「負け惜しみもほどほどにしたほうがいいぞ。温室育ちの坊ちゃんはこれだから困る」
「はいはい、若人たちどいてくださいよ。これ、報告書です。スラム特別保護区内の現状は戦いに向けて一直線。女も子供も男たちも、ディセルの指揮のもと気持ち悪いくらい統率のとれた連携で、王宮まで攻め入る日はすぐそばでしょうね」
「あ、ジーク貴様」
「あと、レオンじゃなくミクサに報告させてください。老体にはあなたのキンキン声が響いてしょうがなくて。あいたたた、腰が」
「はっ、ディアーナの専属使用人が聞いて呆れる。体調管理もできないのか?生憎俺はまだ若いのでな」
「いえ、レオンの負けっぷりが愉快すぎて転んで腰打ちました。訓練なのに無様すぎて」
「このっ」
王宮は、にぎやかさを取り戻していた。
駒が2つ増えただけで、なぜここまで騒がしいのか。
ミクサは逃げ出さないよう、レオンと行動を共にさせた。
ジークには、数千人の命を背負わせた。
その結果、ディオメシア国内の把握や、反乱に備えた兵たちの質は格段に上がったといえる。
属国兵たちの民衆襲撃も、他国からの侵入も、すべてを防ぎ、無駄な邪魔が入らないように。
そうすれば、国内の不穏分子は一つだけとなった。
ディセル兄様が率いている、反乱軍。
我の首を真に落とすだろう、希望。
野望の成就はすぐそこまで来ている。
あとは、一つを残すのみ。
「よく聞け。数日のうちに、冬至が来る」
「とうじ?ってなんだ。ワシは初耳だ」
「モグラは知らぬか。一年でもっとも太陽の上る時間が短い日だ、よかったな、一つ常識が身についた」
「へぇ。月光国じゃあ日照時間よりも、口の利き方と賢い人的運用を学んでいたんでな。ああ、レオンはそれも学べなかったのだったか。かわいそうに」
「若人は血の気が多くて困りますね。……で聞きますけど、冬至が何ですか?」
「もう一度聞くぞジーク。ディアーナは、どこだ」
「知りませんねぇ。数日あればどこへ行くにも自由な時代ですから、ひょっとして海を渡っているのやも?」
「そうか」
やはり、ジークは仲間の情報だけは何があっても渡さなかった。
ステラディア王、ルシアンの右腕となったメリー。
ジークと同じくヴァルカンティアスパイだろうアテナ。
月光国幹部にして、ミクサの右腕コマチ。
そして、七年間消息すら知れなかったディアーナ。
個々人の情報を一つも渡さない代わりに、奴は多くのものを渡してきた。
その一つが、スラムの情報。
ディセル兄様の状況や、軍備、人員、戦法。
どれだけディオメシア側の利益になろうとも、我の命令に従おうとも。
仲間を売ることだけは、しない。
ハイネ殿に仕込まれた精神力か、ディアーナが育てた忠誠心か。
だが話さないのであれば、もはやどうでもいいことだ。
「ミクサ、ジーク。貴様らには我の目的を言っていなかったな」
「知りたくもねぇ。それを聞いたら、ワシの民たちを解放してくれんのか」
「貴様次第だ。……口の利き方に気をつけろ。補給を断つことも可能であることを忘れるな」
「ディアーナ王女の奪還、ですか?自分で追い出した王女を取り戻すのに、ここまで大掛かりにするにはやりすぎな気がしますがねぇ」
「ディオメシアを滅ぼすためだ」
暦を見れば、冬至まであと数日。
終わらせるには、最も都合がいい。
窓の外には、冷たい風が吹いている。
多く雪が降るのも、遠くないだろう。
静かになった部屋の中、3人とも押し黙ったままだった。
「スラムの狙いは、現王政の打倒。新王制はディアーナを担ぎ上げる腹積もりだろうが、それは許容できない。王政を無くすため、我は長い年月を捧げてきた」
「それをすることで、民はどうなる。ワシは、ディオメシアなんか知らんが、民が路頭に迷い、混乱に巻き込まれることはわかる。それでも王か」
「……ミクサ、貴様には、民衆を収容している館の鍵をやる。勝手に出ていくがいい」
「勝手なことしますねぇ。俺が苦渋3杯くらい飲んでやっと捕まえたミクサを、そんな簡単に開放するんですか?さすが末っ子ムーブ、察してちゃんでしょうか」
「ジーク、貴様も自由にしてやる。12月22日、反乱軍も動くだろう。王宮までディアーナを連れてこい、それ以外は何も望まない」
「何のつもりだって言ってるのがわからないんですか?レオン、あなたも何か言ったらどうです?さっきまでのやかましさをここで発揮しないで、いつやるんですか」
「俺は、知っていた。時が来た冬至の日に、すべてを終わらせると」
「んなバカなことがあるかよ。一日で国が終わるわけがねぇ、月光国みたいに、全部がなくならねぇ限り」
「そのための布石はすべて打ってきた。数千人を確保できたのは誤算だったが、予定通りだ」
その日は、何かと都合がいい。
新体制を打ち出すのであれば、太陽がここから伸びていくという暗喩。
ディアーナを担ぎ上げるのであれば、誕生日。
ディセル兄様であれば、意味を持たせるはずだ。
我はその考えを逆手に取り、倒される準備を万全にすればいい。
消えるのは我だけでいい。
元凶を、王などもう不要だと民衆に刻み付けてやまない怪物。
「内戦が起き、王宮内にいた民が逃げ出し、多くの国から恨みを買った。これだけ揃えば、ディセル兄様がディアーナを擁立しようと、王政を継続させようなどと言う勢力は消える。ご苦労だったな、あとは好きに動け」
「俺は残る」
何の感慨もなかった。
だが、その言葉に返事があった。
その主に、驚きはしない。
奴であれば、我と同じほどこの世界に飽いている男であれば、選ぶだろうと。
声を上げたのは、レオンだった。




