107話 非道の人間
それから数日、ジークは一つも口を割らなかった。
それでいて、飄々とした態度を崩さず、退屈そうに牢に繋がれていた。
「また牢に行くんですか。さっさと殺せばいいのに」
「ジーク以外、ディアーナの足跡をたどる手立てはない。」
「拷問役からは何の報告も上がってない、牢番を声弾で倒れさせる、言葉巧みに扉を開けさせようとする。労力が見合ってないのに、まだやりますか」
「我の行動を止めさせるか。随分と命知らずになったな」
「6時間に一回、きっかり行かないでくださいってことです。仕事が山積みなのに、最高権力者がいなくなったら仕事が止まる」
ジークの牢に向かう道すがら、すれ違ったレオンは苛立ちを隠さなかった。
近頃はうまく眠れていないのか、目の下には隈がある。
無理もない、月光国の動きが活発化しているのだから、今後の動きや兵たちの指揮をどうするか、決めることは山積みだ。
実によく働いている。
あの側近一族とは、雲泥の差。
奴らが多人数で取り掛かっていた仕事を、一手に引き受け続けて数年が経つ。
この国家状況にあって、逃げ出さず淡々と仕事を続ける。
実にいい側近だ、我に捕まったのが運の尽きだが。
「大人しくいるのだな。今日は看守が無事とは」
「耳栓させたでしょう?道理で言葉で精神崩壊誘っても、声弾で気絶を狙ってもできなかったわけです」
「人間を無暗に壊すものではないと、ヴァルカンティアでは教わらないのか」
「では民の生活を抑圧して軍事に金をかけているのに、民を救わないというのは義父のヴァルカンティア宰相ハイネ様の教えでしょうか?」
ジークは、変わった。
まるで我々の過ごした記憶がなくなったかのように振る舞う。
軽口も飛ぶが、それが親密からくるものではないことはすぐにわかった。
眠らないよう絶えず水をかけ、拷問官に体を打たせ、数日。
早く話せ、そうでなければ我が配下になれと何度言おうと、首を縦に振らない。
むしろ、生ぬるいとまで言う。
誰が、昔馴染みに苛烈な拷問をさせたいものか。
ただただ、攻めあぐねていた。
言葉と裏腹に、忠義に篤い男を、動かす手立てがないままに。
「……何の音だ」
「音?いきなりなんで」
突然に、牢全体が揺れていた。
小刻みに揺れるたび、牢の天井から石の破片が落ちる。
何か大きなものの動く音が、耳を、足の裏を、全身を包むようだった。
徐々に治まるその地響きの音と共に、牢に繋がる扉が開かれた。
それは衛兵の一人で、ひどく息を切らせている。
毎回のことだが、我への連絡時に息を切らせて来るものが運ぶ知らせは、大抵ろくなものではない。
「申し上げます陛下!!月光国が、月光国が崩壊を始めたと、多くの人民があふれ出しています!」
月光国が、崩壊した?
ディオメシアの地下すべてに根を張るといわれる、ミクサ率いる国が。
民衆が地下から溢れ出ているということは、住んでいた者たち皆居場所を追われているということ。
月光国がなぜ地下にいたのか、どうやって多くの人間を収容していたのか。
それはもはやどうでもいい。
重要なことは、この大事をどう利用するか。
国家崩壊の最後の柱、月光国が機能不全であれば。
それは、我らの願いの成就に大きく進む。
「聞き捨てならない一大事。ディオメシアとしては、ほぼ隣人と言って差し支えない月光国の危機じゃないですかなんてこと。ほらほら牢屋にいては王の名折れというもの、さっさと出てくださいませんか?」
「ジーク、貴様はこの状況でもよく喋るな」
「そうですか?常と変わりませんよ、喋るだけで顎痛いし空気は悪いし腹は減るし。あなたの顔を見なくていいというだけで多少はマシになりますね」
「そうか、最後の抵抗はそれで十分か」
「抵抗?生憎と生きているだけで反抗期なもので」
「お前の返事一つで、数千人が死ぬといってもか」
「何馬鹿なこと言ってるんです?殺戮でもするんですか?そんな大っぴらに人なんか殺せるわけがないでしょう、溢れ出た人民を殺すにしても大掛かりすぎてできるわけが」
「殺すことに、直接手を下す必要はない。これが最後だ、我の命令に従い、ディアーナを欺むけ」
「何度でも言いますけどね、俺はそのつもりなんかないわけで」
「お前は、数千人を見殺しにできない」
怪訝な表情のジークは、わからないのだろう。
この国が、どれだけ王に頼って生きてきたことか。
国庫の豊かさ、穀物の裁量、行商の物量。
そして他国から簡単に侵略できない、武力。
どれだけ支持を落としたくとも、どれだけ不平不満を集めても、王というものを排斥せんとしなかった民衆が何をするか。
困ったものたちが、どうするのか。
我には、手に取るようにわかる。
そうしてもう一度、別の衛兵が牢の中まで駆けてきた。
その狼狽、焦り。
どうやら、事態は我の予想通りに進んだらしい。
「申し上げます陛下!!大変です!!門の前に」
「大勢の月光国民が押し寄せているだろう。その中にはディオメシアの民も大勢いるはずだ」
「な、なぜそれを」
「そして避難の援助を求めに来た。王宮は広い、備蓄も十分、数千人規模の人間を数日食わせるのに訳もない。予想通りだ、それ以外にまだ報告があるのか」
「いえ、陛下のおっしゃる通りです。ですが、その中の一人が陛下を出せと申しており」
「何?……誰だ」
「はっ。長い髪を編んだ、異国の服に銃を持つ、ミクサと名乗る男です」
大枠は、予想が当たった。
だが、まさかあのミクサが表立って王宮へやってくるとは。
自国の民を守るためか、それとも先日の我の真似事か。
ジークを見やる。
表面上、変わらぬ笑顔で衛兵を見ているが、その内心はどうであるか。
調べはついている、ディアーナの専属使用人の一人が、現月光国の幹部。
そして月光国は、アンナが道を作り、ディアーナが解放への扉を開いた国。
ジークが知らない顔をするには、あまりに重い民のはずだ。
「衛兵、レオンに伝えろ。『即座に門を開き、全員収容の後、ミクサを殺せ。その後収容した民全員を閉じ込め、餓死させよ』」
「よいのですか。そのようなご命令」
「構わん。ジーク、我と賭けをするぞ」
「えぇ?完全に空気と化してた俺にまだ何か?大変なんですからいい加減俺に構っていないで、事態収拾に勤しめばいかがですかぁ?」
「ミクサを、生け捕りにしろ」
「おっかしいですねぇ。今あなたはレオンにとんでもない命令を下そうとしてたのに、なんで俺なんか」
「お前がミクサを生け捕りにできたら、避難民全員を面倒みよう」
「そんな義理ありませんね。俺がヒーローになりたいがために、バカみたいな賭けに乗る正義感溢れる男だとでも?それに、言うとおりにしたらお前に下ったようで気分が悪い」
「そうしろ、と言っている。はじめに言っただろう、すべてはお前の返事一つだ」
ジークに近寄り、奴の左手の拘束のみを断ち切る。
そして懐に入れていた短剣を鞘から抜き、腹あたりに置いた。
他の手足は自由ではないが、奴がここから逃げ出すには十分だろう
言葉もなく、睨みつけるジークの目。
そこに情けなど、一つもない。
自覚していることだ、この賭けがどれだけ、人間を侮辱しているか。
「ミクサは貴賓室の寝台に寝かせ、ずっと見張っておけ。我は、事態の収拾を図る」
「本当にやる気なんですか?俺は動きませんよ、ミクサだって青臭いし、そこまで気に入ってないのに」
「ディアーナの専属使用人だろう、貴様は」
その言葉を最後に、牢を出た。
あえて、牢番はつけなかった。
それから数十分後。
唯一空いていた貴賓室に向かえば、何故か怪我をしているミクサが寝台に眠っていた。
床に座り、瞬きもせずそれを監視するのは、ジークだった。
こうして我は、数千人の人質と、有能な駒と、影響力のある青年を獲得した。




