106話 旧友の声音
最小限の動きで最大の効果を発揮する。
それがヴァルカンティア宰相、ハイネ殿が良しとする戦法。
人間とは思えない力を発揮するヴァルカンティア人の中で、そうでないにも関わらず最強戦力に数えられるだろうジーク。
奴が一瞬、あざ笑うように笑い、口を大きく開けた。
「は!!!!!!!!!!!!」
「っ!?!?う、がっ」
「来たな」
形のない、威力を持った攻撃。
声弾と呼ばれる、ヴァルカンティア独特の攻撃方法。
耳を狙って平衡感覚を奪い、果ては脳を揺らして戦闘不能にできる妙技。
レオンの倒れる姿が目に入る。
だが、ジークの目は我を見ていた。
大きく開いたジークの口に、手を突っ込む。
手袋越しに感じる熱さと、我の手を噛んでいるジークの歯の硬質さが伝わってくる。
「眠れ」
「ごっ、んがっ」
そのまま口内の手を突く。
指先にあるものを挟み、その奥まで手を差し入れて飲ませた。
そして数秒の後、ジークは大人しく力を抜き、白目を剥く。
我の手だけを支えにぶら下がる奴の体は、まるで死体に似ている。
「い、いた……み、耳が」
「レオン、ジークを地下牢に入れろ。治療も必要だ、医者を呼べ」
「医者って、そんなのここで殺せばいい。気絶してるなら今しか」
「紫晶草を丸呑みさせた。毒に耐性があるだろうが、ジークはヴァルカンティア人ではない。死なれては困る」
通常の痛みであれば、ジークも耐えるとわかっていた。
窒息も、奴は耐える訓練くらいしているだろう。
あの時、一本ずっと身に着けていた紫晶草がなかったら、こうはならなかった。
しおれたものを紙に挟んでいたが、まさか昏倒させるとは。
「お前も耳の手当てだ。ヴァルカンティアの声弾は効く」
「なんで、効いてないんですか。俺より近くにいたのに」
「痛みを感じる体ではない。早くしろ、仕事も山積みなのを忘れるな。我は戻る」
そうして、我はジークを捕らえた。
地下牢で奴が目を覚ましたと聞いたのは、それから3時間後。
そのまま声弾で牢番の耳を壊したと聞いたのがその30分後。
我が地下牢に行き、ジークと対面したのはさらに10分後のことだった。
奴は大きく重い石製の椅子に縛りつけられていた。
両手足は椅子の足に括られ、首も椅子から離れぬよう縄で拘束。
すべては、我の指示通りだ。
「荒い真似をした。随分と暴れたらしいな」
「……あれぇ。どちら様ですか?俺あなたみたいな毒ぶち込んで顎骨折るような知り合いいないんですけどね。痛くてしょうがないですよ、喋れば喋るほどズキズキして。今こそ紫晶草で作ったヴァルカンティア謹製鎮痛薬が欲しいところなのですが」
「相変わらずだな。お前はアンナにどれだけ投げられて舌を噛んでも、無意識の煽りと無駄口はやめなかった」
「なんのことだか。娘追い出しておいて、専属使用人の俺が友好的に話すとでも?後妻まで迎えようとしておいて、アンナの名前呼ばないでくださいよ気色悪い。あーあ、アンナが化けて出ても知りませんよ。あれでいてヤキモチ焼きの嫉妬しいで、輿入れまで何回『あいつ別の女と婚約なんかしてないだろうな』なんて聞かされたことか」
「そうか、アンナがそのようなことを言っていたとは知らなかった」
「……チッ、相変わらず、都合のいいところしか聞こえない耳で羨ましい」
「具合は。毒は抜けたか」
「この状態を見て、それを心配するとはイカレていますね。王宮侵入した不審者にかける言葉としては優しすぎて、胃液が出そうです」
ジークは、変わっていなかった。
憎まれ口も、無礼な物言いも、それでいてアンナへの情が見える部分も。
昔のままだ、それが喜ばしいとは。
だというのに、奴はこちらを殺気のこもった瞳で睨みつける。
七年前は、どれだけこちらが来るなと言っても別邸に現れ、嘲笑うように嬉々として情報を運んでいたというのに。
やりすぎだということか。
ジーク相手に手心を加えれば、無駄な時間がかかるだけだ。
それに、この程度の痛みであれば奴は耐えるはずだが。
「なんのことだ」
「俺を生け捕りにしたのは、あのディアーナ様の行方が知りたいからでしょう?それはいいですよ、俺だって情報が欲しくてここまで来たんです。でもご丁寧に自決用に仕込んでた毒まで取り上げて、用意周到で恐れ入る。痛くて痛くて、泣きそうだったんですけどね。かわいそうだと思いません?」
「ディアーナの行方を知っているならば吐け。そうでなければ」
「死ね、とでも?いいですよ別に。言う気はないですし、覚悟なんかずっと前に決まっていますし、スパイなんかそれが仕事みたいなもので」
「我の側近になれ。こちらにつけば、ディアーナを最終的に守ると約束しよう」
頬に、生ぬるいものがかかった。
何かなど、確認するまでもない。
ジークが唾を吐いたのだ。
三日月のように口角を吊り上げ、バカにするような表情に変化する。
何が奴の琴線に触れたのだろう。
アンナを貶める発言はしていない、ディアーナではなくこちらにつけと言ったことが理由なのであれば、簡単に死ぬとなぜ言った。
お前は、ただ死ねる人間だというのに。
「何のつもりだ」
「俺は、お前なんか知りません。アンナの思いを、あの王女の苦労を、ここまでどんな思いでディオメシアを動かしていたのか見てきた俺は、もうお前の旧友なんかじゃないんですよ」
「怒っているのか」
「怒る?ああ、怒ってますよ。俺は、お前のことが嫌いです。初めて会ったときから嫌いです。人間らしくなくて、鈍感で、真面目で、不器用で、アンナをちゃんと愛しても嫌いでした」
「知っている」
「エラを後妻にして、ディアーナ様を追い出して、国を潰そうとして、そんなお前が、なんで。どうして……そんなに、人間らしくなってるんだよ……!!」
ジークの座る石の椅子に、何かが垂れる音がする。
うつむくジークの顔から垂れるのは、我が失ったもの。
わからない、感情をアンナからあれほどもらったのだが。
アンナ、君の義兄弟が泣いている。
優しさというものはまだわからないが、有益な交渉だったはずだ。
医者も用意した、逃げられては困るので対策はしたが。
拷問もしなければひどい尋問もしていない。
それなのに、怪我をさせた時よりも、ジークが苦しそうな理由がわからない。
「拒否します。何も話しませんし、王女様の身柄くらいじゃ俺は動かない。金も地位も名声もいらない」
「ジーク」
「黙秘します。顎も痛いですし……それとも、王様直々に拷問でもしてくださいます?謁見したこともない大物からの痛みなんて、興奮で眠れないですね」
地下牢は、寒い。
今は肌以上に、心臓が寒い。
何かを失うときの寒さが、久しぶりにやってきた。




