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105話 侵入者

その日は、昼間から多忙を極めていた。

涼しくなってきた季節、これから採れる農作物の状況を確認。

国民の畑からどれだけが流通するかの予測。

新規の輸入物の精査。


この上に、ディオメシアを混乱させている、反乱軍や属国の対応。

徴兵した者たちの訓練状況、武器の入手経路。


戦いだけしていればよかった頃とは話が違う。

泥船となったディオメシアを支える大臣はさらに数を減らし、我とレオンの負担は大きくなっていた。


近頃は、使用人たちに資料の伝達を頼む始末。

着実に王政崩壊の道を進んでいる証拠だが、多忙すぎることは苛立ちを呼ぶ。



「陛下、西の村々の生産量の算出完了しましたので、ここに置きます」

「それはレオンに渡せ。奴が東側の資料と共に対応する」

「ですが、先ほどから姿が見えないのです。庭にもいらっしゃらず」

「自室だろう。呼べばいい」

「ですが、レオン様は我々使用人がお部屋に行くと酷く、怒鳴られるので」

「それでも呼べ。どうせエラの品に酔っているだけだ」

「ですが、ですが……この間、一歩部屋に入ったメイドが、斬りつけられたことが……」



使用人の顔をようやく見れば、それは年若い娘。

顔色が悪く、ひどく恐れた表情をしている。


何年も前、側近一族の一斉粛清を行った時も同様のことがあった。

年若い娘の、そのような表情に息苦しくなるのは、なぜなのか。

実に使用人の若年化は、悩ましい。


我が生まれる前から仕えていたメイド長がまだいたならば、叱咤してレオンを逆に怒鳴りつけていただろう。

もし、を言っても状況は変わらない。



「わかった、我が行く。レオンに灸を据えるが、次呼び出しを渋ってみろ。すぐに解雇だ」

「あ、ありがとうございます!!」



礼を言われる筋合いはない。

忙しさにかまけ、近頃レオンの躾をおろそかにしていたツケだ。


ついでに庭で剣の素振りをする。

近頃は前線に立てていないのだから、レオンに多少厳しい稽古をつけるべきだろう。


それにしても、奴のエラへの執着はおぞましい。

七年かけてエラのものを集めた奴の部屋は暗く、空気の淀みが見えるまでになった。

あの中で、エラと生きる奴の気が知れない。


部屋の付近までくると、大きな物音がした。



「ぐっ、き、さま」

「あなたは剣術は実に一級品。ですがあの頃と同じ、ステゴロで来る相手に弱い…助かりました。間合いさえ詰めれば俺の領分」

「まさか、貴様はジークか?ディアーナの専属の」



紙の音、足音、体を打ち付ける音。

それに加え、聞き覚えのある声。


空耳ではなさそうだ、レオンが会話をしている。

よくも入ってきたものだ、警備の厳しくなっている王宮だというのに。

いや、奴からすればこの程度は生ぬるいということか。


扉は、開け放たれていた。

そこにいたのはメイドの服装に身を包んだ人間。

レオンを伸している最中のその構えは、体術を得意とするもの。

一撃の重さに加え、俊敏に何度も攻撃を重ねるために、ヴァルカンティアで完成された武術。


聞こえるよう、何度もノックをする。

二人の視線が、こちらを向いた。



「貴様。見ない顔だな」

「ははっ、まさかディルクレウス王と謁見できるとは」



姿は違う、だがこの声音を忘れはしない。


忘れるものか、アンナと3人で学んだあの動き。

時が経とうと、我の中で生き続けるヴァルカンティアでの記憶。


ジーク、お前、初めて会った時も変装をしていたな。



「久しいな、ジーク」

「おや、これはまずい」



流れるように剣を抜き、一瞬足に力を貯めて肉薄する。

レオンに向いていた意識を我に変え、メイド服の裾の長いスカートをわざとはためかせて視界を遮りに来た。


それで止まれる力ではない。

迷うことなく胴体部分に剣を差し込むが手ごたえはなく。

どこにいるかなど確認する前に、手近にあったエラのヒールを天井に投げた。


鈍い音、それと共に肉に当たった無反射音。

カーテンの閉め切られた、光のない部屋はジークの得意だろう。

我が、何者も構わなくなれば、その限りではないが。



「あああ!!エラのヒール!!貴様ぁ!!!!」

「ええ!?この流れで俺に攻撃します!?やめましょうよ俺無実だってのに」

「エラの手紙踏みやがってクソがぁぁぁあ!!!!」

「差別する男は嫌われますよレオン王子~」



エラのものを汚されれば、レオンが怒り狂うことは必至。

床に無数に散らばる、エラとの文通と言って憚らない紙どもを踏めば、ここまで怒る。

ましてや部屋の中を逃げ回り、エラのものに触れてしまうジークはレオンにとって獲物。


長年の躾で、我に攻撃はしてこないがジークは違う。

狭く暗い場所は得意だろうが、エラのものを守るレオンの執着を前にすれば、ジークにも刹那に満たない隙が生まれる。


わかっていたことだが、ジークは簡単に倒されない。

殺す気もない。

ディアーナに繋がるだろうものが、わざわざ飛び込んできたのだから。


出入り口のカギをかけ、ジークの逃げる軌道を予測し前に立つ。

七年ぶりの彼は、あまり変わっていないように見えた。



「甘いですよ!!」

「どうだかな」



我の長剣を、手持ちの短いナイフで受け止めて受け流す。

戦いの基本であり、戦士であるよりも日陰の泥臭い戦い方を学んだジークらしい動き。

予想通りであれば、そのまま左拳が顔に飛ぶだろう。


その腕を掴み、ジークの体の勢いを利用して引き倒す。

しかし、それは読んでいたジークによって勢いをすぐに殺され、離れようと重心が後ろに下がる。


これを、追撃するも諦めるも悪手だ。

十何年も前から、組手でジークに勝つ勝率は五分。

七年会っていないとはいえ、弱くなっているはずがない。



「死ねぇぇぇえ!!」



こちらに剣を振りかぶろうとするレオン。

我々二人を相手取り、どうにか回避をするだろうジーク。


2対1のこの状況、我に腕を強く捕まれていることで、動ける範囲は狭い。

ジークの次の一手、それを予測した我はあるものを握りしめた。


何としてもジークを、ここで捕らえるために。

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