103話 紫の花畑を見に
時計の針が回るたび、ディオメシアに悲鳴が積み重なっていく。
今日はあの地域が襲われた、昨日はあの村で殺しが、おとといはあの町で反乱軍が。
それらすべて、我が望んだことだ。
国民が、我を厭うように、王などいらないと自ら動くように。
一斉に押し寄せ、王宮をとり囲み、我を引きずり出して首を刎ねないかと期待した。
だが、事態はうまく運ばないようだった。
「レオン、今日の報告を」
「兵たちと、徴兵に応じた男たちの働きで国民の犠牲は減っては来ています。でも、減ってるだけだ、なくなってはいない。属国の兵たちは、ディオメシアの民ならお構いなしに殺す」
「民たちの様子は。蜂起しそうな気配はないか」
「民たちは、ない。最近、ディセルがいるスラム特別保護区のほうがきな臭いって噂ですけど」
「この期に及んで、まだ耐えるというのか。我のような王に希望を託して、なんになる」
「ならそういえばいい。そうすれば嬉々として血祭りですよ」
「殺せとこちらから促す蜂起に、何の意味がある」
「難儀なものですね、徹底的に懸念を消さなければ、蘇るかもしれない恐怖におびえるなんて。なぜそこまでこだわるんですか」
ただ死ぬだけでは意味がない。
祝福を知る人間がいなくなり、蘇生を望む者が消えなければいけない。
残してはおけないだろう、このようなおぞましい王座など。
今でもどこかで、ディアーナは生きているのだろうから。
万に一つ、王座に就くこともないように。
王位排斥はどれだけ促しても、民が決めなければ成しえない。
すでに数か月が経っている。
調査の結果、ディセルの兄様がスラムの賢人として反乱軍を率いているだろうことも分かっている。
月光国が、地下から出て地上のディオメシアの民を救済していることも知っている。
助けは、健全な国であれば喜ばしい。
このような、呪いに蝕まれた王座などない国であれば、どれだけ幸福だったか。
何も考えない時間が欲しい。
この状況を見ないでもいい、逃避を。
そうして、レオンの持つ髪の一枚に目が留まった。
戦いではないものの、報告書。
「それは何だ、見せろ」
「何って……ああ、特に面白くもないものです。月光国がディオメシア内に持つ領地で、変な植物が育てられてるって噂について」
「そのような報告、これまでなかっただろう。どんな植物だ」
「え?あ~……報告によると、紫晶草……なんですかこれ、聞いたことがないな」
紫晶草。
ディオメシアではほとんど見なかった、紫の花。
毒にも薬にもなる、アンナの好きな花。
それが、月光国の管理下にあるというのか。
動かずにはいられなかった。
馬を用意させ、剣を携え、単身で王宮を出る我にレオンの怒声があったことは覚えている。
気が付けば農道を駆けていたのだ。
冷たい風に当たるまで、自分が何をしているのかを自覚できないことに驚いた。
それでも馬を止まらせてやれない。
走らせ続け、ついに月光国の領地である村までつくと、民たちは驚いていた。
腰を抜かすものもいたが、些末なことだ。
「お、おうさま、なんで、こんな田舎なのに」
「おい、この村に紫晶草があるというのは本当か」
「なんでそれを!?あっ、い、いや、なんのことだか」
「毒のある花だ、栽培を許可した覚えはない。隠し立てすれば村ごと取り潰す」
「それだけは!!それだけはやめてください!!ここの村は近隣から逃げてきた奴らも多い!!」
「我を紫晶草のある所まで案内しろ。謀れば、ここにいる全員を仕留めることは容易い。覚えておけ」
村人のうち何人かが、我の言葉を受けて走り出す。
向かうのは、領主のもとだろう。
この戦乱の中、元凶ともいえる我が尋ねれば仕方のないこと。
だが、迷惑だ。
我は話をしに来たのではない。
ただ、花を見に来ただけだというのに。
我は、聞きたいだけだ。
アンナの声を、そばにいるという確信を。
我の中にいるという、アンナそのものの存在を。
あの寒気を覚えた日以降、我の声に応えなくなったアンナを、もう一度。
「初めて間近で見たぜ、ディルクレウス王。いきなり来て横暴するのは、家族揃って同じか」
待たされたのは、10分程度。
領主の館から歩いてきたのは、この村に似つかわしくない装いの男だった。
背が高く、線の細い、長い髪を三つ編みにしている男。
纏う服装は、ディオメシアではまず見られない異国風の、裾の長い外套。
腰に銃を差し、こちらを睨みつける視線には、ハッタリではない殺気が乗る。
月光国の特徴を、全て乗せたような男。
かつてアンナがディオメシアに救済した民と、同じ特徴を持っていた。
「貴様、名は」
「わかっていてもそっちから名乗ればいいだろ。だが、ワシは寛容だから名乗ってやる……ワシはミクサ。月光国のボス、頂点、象徴だ」
「大仰なことだ。まさか、地下のモグラの頭領が来るとは」
「こっちだって驚きだ、まさかこんな田舎の辺境に、花だけを求めて狂王サマが突撃してきたって言われりゃあ……何が狙いだ」
「大事にしろと言った覚えはない。言葉以上の意味もないが、貴様はわからないのか」
「へぇ?……酔狂だな、さすが王女サマの親父ってところか」
隙が無い。
我が剣を抜けば、間髪入れず銃を抜くだろう。
月光国は、規格外の薬生成術を持つという。
勝手に王宮を出た以上、面倒は煩わしい。
ここで戦う気は毛頭ないが、ミクサと名乗った青年はどうか。
レオンと年は変わらないだろうが、格段に貫禄と威圧がある。
ここまで我と渡り合おうとする者は久々だ。
一国の王として、若いながら相当なものを経験したと見える。
「花を、見せてもらおう」
「……わかった。おい、村の奴ら退避させろ、ワシと王サマだけで行く」
村人なのか、月光国の者なのか、何者でもどうでもよかった。
ミクサの後に続き、道を行く。
何もない畑ばかりを抜け、土を踏み、少ない人数で歩む。
その間、ミクサは我に何もしてこなかった。
「ついたぜ、ここが毒の花畑だ」
隠すように作られた、広い花畑。
紫色の、アンナがあの日好きだといった花。
息をつくほどに鮮やかな紫が、傾く時間が早まった夕日に照らされて揺れていた。
美しいと、感じたその心というもの。
アンナに見せたい、この光景を。
アンナ、見ろ。君の好きな花だ。
そう心中で呼びかけるが、我にだけ聞こえる声は返ってこない。
「ここならいいだろう、お話ししようぜ王サマ」
「話すことなどない」
「あるだろ。この、クソみたいな戦乱を着々と作った張本人として」
ミクサの声は、穏やかなようで殺意がこもっていた。




