102話 消えた声
事は順調に進んでいた。
ディオメシア内には、不満を持つ属国の兵や、反乱軍が蔓延る。
月光国が何とかしようと動き回っているようだが、流れは変わらないだろう。
あと一年もつかどうか。
それが、我とレオンが導いてきたディオメシア王政の終わりであろう。
反乱軍に首をとられるでも、王政を打倒すると革命を起こされようとかまわない。
不死の呪いを消すために、我が血と、不死の呪いを知るものと、蘇れと望む者。
その3つが、すべて瓦解すればいいのだから。
「ディルクレウス王、失礼いたします。軍備のことでお話が」
一人きりの執務室で、大臣の声を聞く。
何年繰り返したかわからないこのやり取りも、終わりが見えてきた。
前に立つ大臣は老齢で、我が王になったときから変わらず働き続けている男。
貴族位を持つ者の中で、この者を含めまだ大臣として働く者に、我は敬意を持っている。
ディオメシアは、我が望む通りの泥船だ。
亡命した貴族も少なくない。
だが、逃げずにディオメシアのために働くのだ。
どれだけ重圧があろうと、国民に罵られようと。
我の無謀な政に異を唱えながら、覆せないとわかれば頭脳を使って民を守るよう動く。
ディオメシアがまだ、形を保っていられるのは大臣の力だった。
「拡充のための苦言であれば聞かん。民がどう思おうと、必要なのだと言い聞かせろ」
「王よ、あなたが変わってしまわれた理由は、この老いぼれにはわかりかねます。ですが、今回は別なのです。じきに大きな戦いになりかねない、きわめて、大切な」
「そう言うとは珍しい。申せ」
「はっ……世界一の武器庫を持つ、タイタニー社をご存じですか。大国を容易に潰せるとまで言われた大倉庫。武器を買い占めながら、そのすべてをしまい込んでいた」
「大規模な戦いが起きないようにと、タイタニーの翁の食えないところだ。何度打診をしても売ろうとしない」
「それが、その大倉庫が、昨日解放されたとのこと。世界中に武器が大量に流出し、ディオメシアの海岸にも武器が大量に運び込まれたと、報告が……!!」
血の気が失せている大臣の顔は、珍しくもない。
ディオメシアはとうに反乱分子への対応で弱っている。
その中で、大量の武器を手にすれば何が起こるか。
そして、ディオメシアに着いたということは、他国にも流れ着いた可能性がある。
武器を潤沢に持った勢力のぶつかる先は、何であるか。
それは、愚かな先人たちが歴史の中で語っている。
「戦争になるだろうな。ちょうどいい」
「何がちょうどいいのですか!!陛下に仕え続けて二十年ほど。この大臣、今回は言わせていただきます!!なぜ、どうして、この国の未来をお考えにならないのか!!!!」
「我が血に頼る未来など、消し去るためだが」
「な、なんということを。そんな、それでは我々は、あなた様がこの国を大きくするために、戦いをしていると、信じていたのです!!」
「肥大しただけの国はいらん。戦争が起きるのであれば、そのまま我が汚名をすべて被り、首を切って死ねればなによりだ」
何一つ嘘は言っていない。
大臣たちは、呪いを知らない、王族の絶望を知らない。
ただ純粋に、ディオメシアを愛していた者たちだ。
涙を流しているのだろうか、片手で目元を覆っている。
悲しみなのか、我への憎悪なのか。
推測は立てられるが、確定できるほど感情を知っているわけでもない。
この大臣含め、ただディオメシアを愛した者たちが、踏みつけられる戦争だ。
意味があるかと言われたら、その痛み自体に意味はない。
だが、それを言って何になる。
これは復讐、因縁の切断、野望の成就、ディアーナの解放。
それをすべて知ったとき、この大臣を絶望に叩き落とすのはすぐにわかることだ。
大臣がよろけながら部屋を出ていく。
そして入れ替わりにやってきたレオンは、常と変わらないしかめ面。
大臣に怪訝な顔を向けるだけの奴に、安堵した。
「なんですか?会話は聞こえていましたけど、何がそんなに悲しいんでしょう」
「お前ならわかるか、大臣の泣いた意味」
「全く分かりません。俺はエラが過ごした土地であるというだけで、この国には何の思い入れもない」
「七年ほど貴様はこの国にいるだろう」
「だから何なのですか?故郷に帰ったところで、ルシアンが治める国に居場所はない。エラのものがもらえれば、それでいいですから。いい加減、渡してくださいよ」
「あれはやらん。他の物をやっただろう」
「エラが、社交界デビューの時に着たっていうドレス。あれは逸品だったと聞く、もう着る者もいないだろうに、なぜ渡してくれないのですか」
「執着するな、醜い」
「……あなたが、それを言うのか。おかしなところで後妻にこだわる」
エラが着た、空色のドレス。
あれは、エラのものではなく、アンナのものだ。
ディアーナが、ドレスを用意できなかったエラのために着せただけの、貸しもの。
他の人間が着たのであれば問題だが、アンナであればそれくらいは許すだろう。
だが、渡せるものか。
アンナが減ってしまう。
アンナの遺品たちが、あれ以上減るのは我慢ならない。
それを、レオン、貴様は知らないだろう。
何年も、真実に気付かない貴様には。
「戯言を吐くな。戦いはどうなっている」
「市街地まで反乱軍やらが来ています。俺と、兵たちが何とか制圧してますが手が足りない。出撃したらどうですか?昔は戦場で、あれだけ殺してきたのに」
「ディセルの兄様が何を仕掛けてくるかわからん。お前は我の指示通り動け」
「ただの手紙に、そこまで踊らされますか。馬鹿正直に王宮にいろって言葉に従うなんて」
「ここまで順調に事が進んでいる。貴様が文句をつける筋合いはない」
ここから、戦いが激化していくだろう。
反乱分子たちが、武器を持って王宮に攻め入る日も近い。
口角が上がってしまう。
やっと、やっとだ。
やっと絶えることができる、呪いから、生から、きっと蘇ることなく。
「表情豊かですよね、笑顔が恐ろしいです」
「ああ、笑っていたか」
「……はい。見せないほうがいいと思います、じゃあこれで」
レオンが腕をさすっていた。
我が口角を上げれば、いつも奴はああなる。
何を考えているかなど、分析に意味はないのでしない。
奴は、餌さえあれば裏切ることはないのだから。
「アンナ、やっとだ。終わりは近い」
つぶやいたその言葉に、返事が返ってこなかった。
咄嗟に、周囲を見渡す。
見えるはずなどないと、知っていたがそれでも。
頭に、アンナの声がしない。
「……アンナ?」
ああ、なぜだ。
腕が、寒い。




