100話 始まった新たな生活
悪夢を見ていた。
我ではない我の、おぞましい人生の追体験。
政略上での結婚だと、アンナをないがしろにして他の女へ目を向ける。
ディアーナに興味を持たず、ただ望んだものを与えて放置する。
おぞましくもエラを汚す。
声も出せず、動くこともできず、目を背けることさえもできず。
愚かを煮詰めたような人生を、同じ顔の何者かが過ごす様。
それは、憎いあの先王によく似ていた。
これは、我なのだと。
何の根拠もなく、ただそれだけを理解していた。
その男は、ヴァルカンティアやソルディア、ステラディアや多くの属国に裏切られた。
逃げまどい、捕らえられ、ディアーナ共々処刑台へ送られた。
そして、まさに斬首の刃がディアーナの上に落ちる。
「起きてください!!いつまで寝てるんですか!!!!」
耳元で破裂する、男の声。
その声が聞こえた瞬間、世界は白く弾けた。
目が、開く。
ここは我の、私室のはずだ。
声の主は、寝台のすぐそば。
目を吊り上げたレオンが、紙の束を手に立っていた。
「なんだ、貴様なぜここにいる」
「起こしに来たんです!!もうとっくに大臣たち集まってるのに、いつまで寝てるんですか」
「頼んでいない」
「頼んでなくても、オレが側近なので。早く身支度整えてください」
「指図するな」
「オレだって指図したくない。寝起き悪いってわかっているのに、わざわざ起こしに来ただけ感謝すべきでは?ったく、メイド長がやめてどれだけ経っていると」
「起こし方が荒い。品性をもう一度身につけろ」
「なかなか起きてこないほうが悪い。じゃあ、俺は戻ります。朝食が欲しかったら使用人呼びつけてください」
「パンに、適当に具材を挟んだものがいい」
「オレに言わないでくれませんか」
「持ってこい。すぐに向かう」
「……チッ。わかりましたけど、今日は『授与日』なの忘れないでくださいよ!!使用人扱いしやがって」
やり取りの後、レオンは音を立てて扉を出て行った。
毎回、丁寧なことだ。
あいつは粗暴な面が目立つが、頭は切れる。
それでいて頼まれたことは必ず遂行する責任感がある。
つい些事を頼んでしまうが、すぐに軽食を持ってまた現れるだろう。
一年ほどだろうか、ディアーナが失踪してからそれほど経つ。
兄弟国は統一となり、様子を見ていたがルシアンはうまくやっているらしい。
ディアーナがいなくなったことで、繋がりが切れるかと考えていたヴァルカンティアとの同盟も、なぜかハイネ殿は継続を申し出た。
ディオメシア国内も、戦い以外の方法で民に不満を生ませる仕組みが出来上がりつつある。
王政を排斥するための布石は、着実に敷かれている。
だが、快い感情には、さほどならなかった。
身支度を終え、部屋を出て、向かったのは厳重に鍵がかかった部屋。
ここで、狂犬への『餌』を吟味しなければならない。
手近な場所にあったヒールを適当につかみ、部屋を出る。
そこに待ち構えていたのは、やはりレオンだった。
片手に軽食、片手に本、両腕は塞がっていた。
だからだろう、口から垂れかける涎を拭いもせず、目を血走らせる姿。
「その顔、何度見ても人間とは思えんな」
「……ください」
「後でだ」
「エラのヒール!!今日は、今日はくれる日でしょう!?なんでだ、エラのものがあるのに、我慢だと!?」
「大臣たちが待っているといったのはお前だ。行くぞ」
「嫌だ!!いやだいやだ!!今だ!!渡さないと俺は出ていく!!」
「だから何だ。貴様幼子にでもなったか」
「俺が出て行ってみろ!!後悔するぞ、政も、兵も、民も!!もう俺は、ディオメシアの右腕だ、わかっているだろう!!」
「貴様ができることは我もできる。思い上がるのであれば、授与日は3か月に一度にしよう」
「ヒッ、や、やだ。違います、ちゃんとやる、やってやる。だからそれだけは、今だって二か月に一回なのに」
「レオン貴様、一年経っても礼儀が中途半端だな」
「偉大なディルクレウス陛下、どうかご慈悲を!!」
「誰がそこまでしろと言った」
ずっと昔、ディアーナがまだ3歳ごろだろうか。
その時に見た、廊下に寝転び駄々をこねる姿を思い出す。
わがままをアンナに突っぱねられ、大声で泣いていたのは懐かしい。
なぜ、似たような光景をレオンで見たら、名状しがたい感情になるのか。
何歳だ貴様、もうすぐ20ではなかったか。
大きな図体をして、情けなくも乱れる様が見るに堪えない。
軽食は無事だったので、パンを掴み上げ、レオンの横をすり抜けた。
あれの癇癪は放っておくほうがいい。
男の涙を見て何になるのか。
「待て!!待ってください!!ヒール置いていけ!!」
「早く来い。今日はディアーナ専属使用人の動向を探させる」
「でも、エラが」
「仕事を終えたら下賜してやる。貴様の趣味が悪い部屋にでも飾れ」
「は、はい!!」
ヒール一つで、何でも言うことを聞く。
エラのものを与えることで成り立つ、まさに狂犬の飼育。
側近一族よりも、欲がわかりやすく叶えやすいだけに使い勝手がいい。
歩く途中に見える、レオンの部屋。
横目で見れば、部屋の中には紙や、これまで下賜したエラのものが壁に、床に、執着を込めて飾られている。
「……趣味が悪いことだ」
「え、何か言いましたか」
「貴様の収集癖は度し難い」
「陛下も、亡き王妃の遺品に溢れた部屋を大事にしているでしょう。それと同じです」
「同じなものか」
貴様に、我とアンナの何がわかるというのか。
我々は、正しく繋がりがあった。
アンナは、我の共犯者だ。
唯一の、理解者だった。
だがそれを説こうが、レオンにわかるはずもない。
理解されようという考えすら、浮かばない。
「行くぞ」
「言われなくても」
今日もディオメシアを運営していく。
いずれ、すべてを壊すために。




