4話 ミルンと地獄の鬼ごっこ
睾丸を放置したまま、焚火でぬくぬくと暖を取っていると、爆速犬耳幼女のミルンが、凄い勢いで迫って来た。
「流さああああああんっ!」
肉探しが、無駄骨だったとも知らずに。
「流さんっ! お肉が探しても見つからないお肉っ! お肉どこに行ったのお肉っ!」
涙目になりながらも、まだ鼻をスンスンとしてるけど、スキルの中に入れちゃったから、無味無臭だと思います。
「おにぐうぅぅぅっ!」
「……必死だなぁ」
ほらほら、濡れパンがマシパンになって、この場所を漂っている、芳ばしい小麦粉の香りを、そのお鼻で受け止めるんだ。
手でパタパタと、煙をミルンへ向けてみる。
「流さんパンですか!?」
「パンだぞ」
「パンっ……じゅるっ」
一瞬で笑顔になったな。
涎がエグい程出てるミルンのお口が、今にもパンを食そうと、モゴモゴ動いてるぞ。
素晴らしき可愛さで、癒されます。
「ほれ、ミルンの分はこれな」
「パンっ! あむっ……」
「んじゃ俺もとっ……これはっ」
石で焼いたからか、やたらと美味いっ!
砂糖が良い感じに溶けてるわぁ。
「モゴモゴ……これがっ、パンっ!?」
「尻尾が回ってるなぁ。魔法の発動が上手くいって、何とか火を着けれたんだ」
「もう使い慣れてる……モゴモゴ」
「ミルンの教えのお陰だな」
「このパン、モゴモゴっ、何の魔法使って、モゴモゴっ、火を付けたんですか?」
ミルンは魔法に興味深々だな。
パンを口いっぱいに頬張りながら、尻尾を振り振りと聞いて来たぞ。
仕方無いな、見せてやるか。
「見逃すなよ? 小さなー声でー火よーっと」
「……?」
「あれっ? 何も起きないな……んっ?」
俺が首を傾げると、ミルンも同じ様に、パンを頬張りながら、可愛らしく首を傾げている。
「んーっ、何も起きないな。失敗か?」
いまいち発動条件が分からんぞ。
さっき発動したのは、マグレなのか?
そう思っていたら、ミルンが急に、ボロ小屋の屋根上に目を向けた。
「っ────」
「どうしたミルン……おっ、あそこか」
火種浮かんでんじゃん
「何であんな所に。ちょっと火種取ってくるわ」
屋根の上は手が届かないので、長めの枝を拾って、火種の回収に向かった。
「ん──っ、んんっ?」
ボロ小屋の上に、背伸びをしながら、木の枝を向けるが、火種に届いてる感じがしない。
何だこれ?
「流さん離れてっ!」
ミルンのその声で、俺は気付いた。
「あぁ、凄い上空にあるのか、火種……?」
あれ火種?
空に浮かんで……火の玉?
どゆこと?
後に聞いた話によると、その魔法は、神話の中に出て来ると言われる、属性魔法の最上位。
範囲指定された場所へ、浄化の光を降らせ、対象を尽く殲滅する、神級魔法────
《ファイヤオブジャッジメント》
────火の玉に集束された光が、徐々に強烈な光を放ち、ミルンのボロ屋へと、光の柱を撃ち立てた。
「あ──っ、何これ?」
「ミルンのおいええええええ──っ!?」
土煙を巻き上げながら、天から落ちて来るその光の柱の前で、ミルンは膝を付き、耳と尻尾をペタンっとしながら、その破壊を、見ている事しか出来なかった。
ミルンが泣いていた。
灰を抱き抱えながら。
ミルンが泣いていた。
灰を放り投げて。
ミルンが泣いていた。
在りし日の思い出を胸に。
ミルンが泣いていた。
俺はただ、そっと側から離れる。
ミルンが立ち上がった。
俺は、ミルンを刺激しないよう、音を立てない様に、こっそりと準備を完了させる。
リュックを背負って、屈伸体操、おいっちにっと。さて、どっちに行くか。
川は深そうだから駄目。
山は豚野郎が居そうだから無理。
それじゃあ……森だな。
ミルンが、ゆっくりと、振り返った。
笑顔が張り付いている。
手に持つのは、豚野郎の斧。
「ふぅ……世話になったな、ミルン」
笑みを作り、ミルンに背をむけ────『ミルンのおいえええええええ──っ!!』
俺は脱兎の如く、森へと駆け出した。
「また走るのかよおおおおおお──っ!?」
さあっ、始まりましたっ! ミルンと地獄の鬼ごっこっ! 便座が恋しい中年独身男・小々波流と、睾丸モゴモゴ生食をかます鬼役・ミルンで、お送り致しますっ!
逃げる小々波流っ!
鬼に捕まれば、即あの世行きのこのゲーム。果たして、鬼のミルンから無事、逃げ切る事が出来るのでしょうかっ!
「なーんてやってる暇ねえええええええっ!?」
ミルンの脚が速いんだよっ! あの斧持ってっ、豚野郎より速いのって、どう言う事なの!
ブオンッブオンッ────『ミルンのおいええええええええええええええっ!!』
「うひっ、バーサーカーかよっ!?」
ジグザグに走っても、ミルンのサイズだから意味が無いしっ、何でまだ、追い付かれていないのか分からんわっ!
「っ、ミルンが消えたっ!?」
足を止めて、周囲を確認する。
あの速度だ。先回りされている可能性も有るし、下手に動けば……殺られてしまう。
ガサガサッ────
「慌てるな……今のは風の所為だ……」
ガサガサッ────
「木を背にして、視界を広く持て……」
ガサガサッ────
「どこだ……どこから来るっ……」
『ミルンのおいえええええええい』
ゴズンッ──「でええええええっ!?」
上から斧を振り下ろして来たああああああっ!? 後少しズレてたらっ、俺の頭が縦に割れてたよねミルンさんっ!
「また消えたっ……」
コレはアレだ……遊んで殺る気だぞ。
何で俺、異世界に来てまだ間も無いのに、死にそうな目にばかり遭うの? 真っ当な人生を送って来た、一般人よ? 今まで悪い事なんて、何もした事無いんだよ?
ガサガサッ────『ミルンのおいえっ!』
「来たああああああっ────!?」
走れっ!
走るんだ俺っ!
森の中で迷うよりっ、今は命が最優先っ!
中学の時はっ! 短距離走だけは速かったんだっ! だから脚を止めるな腹肉邪魔だああああああああっ!!
そうして走る事、何分だろうか。
ミルンの迫る足音が聞こえず、体力の限界も近くなり、足を止めて周囲を確認する。
「ふっふっへっ……ミルンが居ないっ、かはぁ」
撒いたのか? 取り敢えずっ、一休みだな。
木を背もたれに、しゃがんで周囲を警戒。
リュックを下ろして中身を確認する。
炭酸飲料に、カップ麺と、残った濡れパン。
「もうっ、このパン食うしかないか……」
さっき食べたパンだけじゃ、正直足りなさ過ぎて、力が出ない。水分を摂りたいが、炭酸水が無くなると、確実に詰む。
「パンだけにするか」────バリっ!
うひっ……袋破く音でビビるとか。
「菓子パンがしおしおじゃん……」
コレも貴重な食料だけど、この腹減りは無視出来ない。でも、しおしおなんだよなぁ。菓子パンは、サクッと食べたい派なんだよ。
「嫌ならミルンが食べる」
「これ食うのか? それならやるよ。ほれっ」
「あむっ! モキュモキュ……微妙」
「だろ? やっぱりサクサクが一番だよなぁ」
「ミルンは、お肉が食べたいです」
「お肉か。それは無いな──っ。はっはっはっ」
「お肉なら目の前に……」
はっはっはっ────「目潰しっ!」
地面の土を握り、ミルンの顔目掛けて投げ付け、即座にリュックを背負って走り出す。
「ぷぷっ! 流さん卑怯っ!?」
「斧持ってるミルンにっ、言われたく無えええええええええええええ──っ!!」
走れ──っ、走れ──っ、兎に角走れっ!
ミルンに追い付かれない様にっ、全身全霊を込めてっ、走り抜けええええええっ!!
『にーがーさーなあああいっ!』
森一面に、ミルンの声が響き渡る。
アレかなぁ……ミルンはこの森の主なの?
若しくは森の精?
違うよね?
どう見ても、犬耳っ子だもんね?
「狼さんかなああああああっ!」
『ミルンのおにぐううう──っ!』
「追って来たああああああっ!」
ヒュンッ────「おおおあああっ!?」
転がる様に身体を前に向けると、頭があった場所を、ズヒュンッと斧が通り過ぎていく。
「ミルンっ! 本気で殺す気かっ!」
ミルンは、斧を振りかぶる遠心力を上手く使い、更に追撃して来た。
「今度は脚っ!」
無様に飛び跳ねて、何とか回避したものの、ミルンがその勢いのまま身体を捻らせて、下から斧を振り上げようとしている。
「ちょっ、そこは駄目だろっ!?」
飛び跳ねている為避けれない。
狙われているヶ所は、一刻前に血塗れミルンが、モゴモゴと食していた部位。
斧がその部位目掛けて、振り上げられる。
「そこをっ!」
空間────────────
「潰されてったまるかああああああっ!!」
────────────────収納!!
ミルンの頭上に、大量の元豚野郎の肉を、雨の様に降らせて、その視線を誘導する。
「お肉っ!?」
ミルンが勢いを殺し、元豚野郎に目を奪われた瞬間、俺は何とか身体を捻り斧を回避つつ、更に森の奥へと駆け出した。
『まっ────』
遠くで響くミルンの声が、少し寂しそうに聞こえたのは、幻聴に違いない。




